【オルタの視点】

日本の平和憲法は「過去」でなく「未来」である

エマニエル・パストリッチ


 東アジアの安全保障における日本の役割は世界の関心を集めているが、残念ながら、従来型の軍事力を主張する日本の保守派の動きは、「普通の国」の地位を獲得することがその前提条件であると考え、東アジアにおける政治的緊張を急激に高め、日本が長期的にいかなる意図をもっているのかについて、深い憂慮の念を抱かせている。

 多くの日本国民は、このように急激に軍事力強化を推進する合理的理由、そして平和憲法による軍事行動の制限をなくし、日本が世界じゅうに軍事技術を提供することに疑問をもっている。

 日本はそのような目的のため、憲法9条の「陸海空その他戦力はこれを保持しない」という明確な規定を逸脱して解釈することを可能にする「集団的自衛権」という曖昧な概念を採用している。

 日本の保守派はG7の一員としての国際的責任を担うために軍事力を行使できる「普通の国」にならなければならないと主張する。しかしながら、実際のところ、世界第7位の軍事予算をもつ日本は、すでに軍事費支出においていかなる普通の国をもはるかに凌(しの)いでいるのである。

 世界のリーダーとなり、国際的な問題において中心的な役割を果たしたいという日本の願望は確かに理解できるものではある。日本には強い経済力、複数の最先端技術、注目すべき文化的伝統がある。だが、日本国民は次のように自らに真摯に問うてみる必要がある。「日本が世界のリーダーになるには、平和憲法を放棄するのがいいのか? それともこれを守り、活かすのがいいのか?」と。

 私たちが生きるこの時代に大いにかかわりがあると思われる平和憲法という「提案」に対して、たくさんの人たちが眉をしかめてしまう。最近、日本の安全保障に関する代表的な専門家であるロバート・デュジャリックは、言葉の限りに平和憲法に対して拒絶反応を示して、「9条は…危険な世界で生き残るのには不向きである。気高い魅力あるものではあるが、政策とはいえない」と書いている。

 だが、「平和憲法」と世界で生き残るということが相容れないというのは、一体、どういったことであろうか? 疑いなく、今日における最大の脅威はアジアの沿岸部主要都市を荒廃させ、食糧生産の大幅な低下をもたらし、世界に広大な居住不能区域を生み出てしまうであろう気候変動である。NASAゴダード宇宙研究所元主任のジェームズ・ハンセンを中心におこなわれた最近の研究では、地球環境を維持するために温度が2度上昇することを防ごうとする国際的合意の範囲内にとどまっていると、南極とグリーンランドの氷河が溶けてしまうのを回避しえないと指摘している。その必然的結果として、東京・上海・釜山といった多数の主要都市が海水に浸かってしまうであろう。

 「平和憲法」は、そのような生存の脅威に対応するために世界じゅうの国々と連携しようとする日本にとって大きな利点となりえるだろう。たとえば、平和憲法にもとづき、温暖化する世界における生存には関係のない戦車や戦闘機などの技術ではなく、気候変動問題という新たな非軍事的な脅威のために専ら資源を活用するように国家に求めることができる。その結果、軍事的圧力によって圧迫する日本ではなく、安全保障問題における初の真のリーダーとしての日本となることができるであろう。

 すでに日本は、悪化する一方の環境に対応する気候変動への適応と緩和のための、太陽光や風力、バッテリーその他のシステムに関する高度な技術をもっている。過大な軍事力によって深刻な問題に直面するアメリカを日本の安全保障戦略のモデルにしようとするのではなく、むしろ、すべての専門家が合意する安全保障上の脅威に焦点をあてて、より建設的な方向へと行動すべきだ。

 自衛隊を完全に9条の実現をサポートする組織へと改編することは可能であり、9条を否定するものではなく、むしろ、憲法9条の真の制度的革新のモデルとなりうる。

 たとえば未来の陸上自衛隊は、世界じゅうの土地の劣化や森林破壊に対処する、砂漠化と膨大な資源との世界的な戦いに力を注ぐことができるだろう。

 海上自衛隊は海面の温度上昇と酸性化による世界の脅威に対抗することに注力することができる。また、気候変動に関連した人道支援をおこなうとともに、海洋での乱獲をやめさせることができよう。航空自衛隊は空から地球温暖化の影響を調査し、大気に関する問題への対処にその資源を充てることができるであろう。

 軍事の改革というのは簡単なことではない。しかしながら、安全保障の優先順位を根本的に再考することを余儀なくされるのは、歴史上はじめてのことではない。 この挑戦を、日本が勇敢な革新と制度改革の伝統に復帰する機会だととらえれば良いだろう。このような安全保障戦略は、地球温暖化という新たな脅威に特化した安全保障のネットワークの中心を日本に構築し、アジア全域そして世界じゅうの国々との密接な関与を必要とする。

 従来型の軍事の枠を超えるこのような改革は、非現実的な平和主義ではなく、安全保障の質的変化に対応するための日本の歴史的な決断である。日本はかつて完全に自主性をもって平和憲法を選択したとは言い難いが、今日の日本はみずからの運命を選択し、みずからの意志で気候変化の脅威に対処するために世界各国と調整をおこなうリーダーとなることができるのである。

 (筆者は韓国・ キョンヒ大学教授・アジアインステイチュート所長)

※この記事はハフイントンポスト2015/08/14を著者の許諾を得て加筆し転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。


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