【コラム】中国単信(34)

日本の横暴老人たち

趙 慶春


 日本には「亀の甲より年の功」ということわざがある。亀は1万年生きると言われていて、それに比べると人間の寿命は短いけれど、年長者の身につけた知恵や技術は貴重で、学ぶべきだという意味である。中国語にも「姜是老的辣、酒是陳的香」(生姜はひねた方が辛く、酒は古い方が味わい深い)といって、年長者の経験からくる知識や知恵を大切にすべきだという意味のことわざがある。
 筆者も日頃から、お年寄りの行動や考え方には見習うべきことがたくさんあると思ってきた。ところが最近、訪日外国人の口から日本の横暴な、あるいは非常識といっていいような老人の振る舞いに対する不満の声が聞こえてくるのが増えてきているようで、日本の自慢の“おもてなし”は大丈夫なのか、と気になり始めている。
 それらの声をすこし拾ってみよう。

●その1 来日数回に及ぶ観光客

 日本人は、例えば電車の中では譲り合い、列を乱し席を奪い合うことなどしないと思っていたが、電車で移動中のこと、車内に乗り込んできたお婆さん2人は、小柄で痩せていたので、座席に座っても2人分の席で隙間ができるほどだった。ところが両足を思いっきり広げて、とてもみっともない座り方をしていた。「なぜ?」と見ていると、もう一人、遅れて乗車してきた老女が彼女たちの席まで行き、腰をおろしたのである。
 要するに席取りをしていたわけで、そんな現場を目撃して驚いたという。
 また別の日に、車内で目の前に立っている人がいるのに、そのお婆さんは自分の荷物を隣の席に置いたまま、荷物で席を占拠していても平然としている姿を見て、日本人の礼儀正しさが噂ほどではないと思った。

●その2 筆者が勤める大学の短期留学生

 4人が横1列に並んで歩いてもまだすれ違える歩道を前後2人ずつで歩いていると、後ろからやってきた自転車に乗ったお爺さんに、いきなり「一列に並んで歩けよ、常識だろう」と怒鳴られた。自転車は自分たちを十分に追い抜けるのに。その証拠に自分たちの前を横3人で歩いていた中学生たちにはそのお爺さんは何も言わずに追い抜いていった。
 なぜ怒鳴られなければならないのか? 自分たちが中国語で話していたからなのか? それなら明らかな民族差別なのではないのか。

●その3 北京大学教授ファミリー

 伊豆の世界遺産「韮山反射炉」を観光した。どこから参観しようかと迷っていると、はっぴを着ていたお爺さんが声をかけてきた。最初はちょっと警戒したが、その話に耳を傾けてみると、地元の有志会の方で無料ガイドをしてくれるというのだった。説明は上手で、写真を撮ろうとすると、もう一つの世界遺産(富士山)も入れて写真が撮れるスポットや、近くのゆかりの江川邸まで教えてくれた。
 あとで知ったのだが、そのお爺さんはただの定年後のボランティア活動家ではなく、地元の市議会議員だったのこと。このお年寄りのおかげで楽しい日本の一日を過ごせた。
 ところが、夕食を外のお店で済ませ、ホテルへ戻る道すがら楽しくおしゃべりをしていた娘が急に黙ってしまい、そればかりか自分の背中に回って、下を向いてついてきた。不審に思い、前方を見ると、なんと一人のお爺さんが木の下で堂々と立小便していたのだ。どうりで娘が下を向いてしまったわけだが、昼間の親切な日本人のお年寄りと、夜、木の下で立小便をしている老人とが同じ日本人だとは思いたくなかった。

●その4 日本の国籍を取得した40代OL

 ホームでの電車待ちのとき、自分は先頭に並んでいたので、黄色い線のホーム側に立って、携帯電話を操作していた。すると一人のお爺さんが黄色い線の線路側の、足を踏み外せば下は線路という狭い「通路」を歩いてきているのが、ほんの間近かになってわかった。自分はちょっと携帯を引き寄せたのだが、そのお爺さんは私の前を過ぎるとき、いきなり殴りつけてきたかと思えるほどに荒々しく私の携帯を私の胸あたりに押しつけてきた。自分はびっくりして声も上げられず、ただ歩き去っていく相手を見つめているしかなかった。かなりの年配に見えたが、自分にはわけがわからなかった。
 お爺さんが前を通り過ぎるときにもっとはっきり自分が避けなかったからなのか? それなら黄色い線のホーム側を強引に歩く方がずっと危険で、非常識ではないのか? あるいは日頃から携帯やスマホを歩きながらも見続ける(操作し続ける)者が気に食わなかったのだろうか? それにしても分別が十分にあるはずのお年寄りが暴力を振るうとは。

●その5 アルバイトをしている女子留学生

 地元の常連客が多い居酒屋でアルバイトをしていると、そうした常連客は、たいてい気さくに話しかけてくる。ネームプレートを見て、自分が中国人だとわかると、なおさらのようで、特にお年寄りがよく声をかけてくる。常連客の数人のお爺さんは、最初は親切に声をかけてきていると思っていたのだが、次第に中国に関する自分の知識をひけらかし、自分の武勇伝を自慢げに話し、なかなか自分を放してくれない。まるでクラブのホステスと勘違いしているかのようで、身体にまで触ってくるので気持ちが悪くなる。
 自分の祖父の年齢ぐらいだというのに、なぜこうも厚顔無恥なのか呆れてしまう。日本の若い男子は「草食」系と呼ばれる人が多く、弱々しげなのにお年寄りがこんな状態というのは、いったい日本はどうなっているのか?

 中国には「夕陽紅犯罪」という言葉がある。権力を握っている老人が罪を犯すことをいう言葉だが、「夕陽紅犯罪」こそ最も怖いと中国では言われている。なぜなら、青年や中年の者が罪を犯す時は、多少なりとも自分の将来を考え、手加減をする。しかし老人だと怖いもの知らずで、犯罪も極端に走る可能性が高いというのである。

 今回紹介したお年寄りたちの行為は、犯罪とは言えないだろう。しかしこのようなお年寄りたちの横暴さ、非常識は社会に対して、その影響は決して小さくない。高齢化社会に入った日本のお年寄りたちが、まだまだ社会の一員であり、「おもてなし」日本の一翼を担っているのだという自覚を失ってはならないだろう。多くの日本人が世界に向けて日本の「おもてなし」をアピールしているとき、こうした一握り(だと信じているが)の横暴な老人の無自覚な行為が「国の品格」を貶めることにもなることを知ってほしいと願っている。

 (筆者は女子大学教員)


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