【コラム】槿と桜(105)

最近の韓国の若者たちの対日感情

延 恩株

 2019年7月、韓国の世論調査会社の韓国ギャラップが当時の韓国人の対日観を調査していました。その時の調査結果は、日本に対して「好感」は12%で、「非好感」は77%でした。この当時、韓国人の対日感情は極めて悪く、韓国ギャラップが調査を始めて以来の最悪の数字だったそうです。
 これには理由がありました。

 2018 年10 月30 日、韓国の大法院(日本の最高裁判所に相当)は、日本が朝鮮半島を植民地としていた(1910年〜1945年)時期に新日本製鉄 (現新日鉄住金)の軍需工場で労働を強制された韓国人元徴用工らに対する賠償支払いを命じる判決を下しました。これは新日本製鉄の上告を棄却したもので、日本企業に対する元徴用工への損害賠償が初めて確定しました。その後、大法院は複数の日本企業に次々と損害賠償を命じる判決を出していきました。
 一方、日本政府は日本による朝鮮半島植民地化時代の戦時賠償問題は1965年に結ばれた日韓請求権協定によって最終的に解決されたとの立場でした。韓国大法院の判決に強く反発して、当時の安倍政権は2019年7月1日、半導体やディスプレイ、メモリーチップ製造に不可欠な工業製品3品目の韓国向け輸出管理の厳格化を決めました。
 この日本の対抗措置に反発した韓国人は当時の文在寅政権の日本製品不買の呼びかけに応じ、この運動は一気に広がっていきました。
 なお日本の安倍政権は2019年8月28日に韓国をホワイト国(大量破壊兵器などの拡散を防ぐための輸出管理が整っていて、輸出した品が第三国に流出し大量破壊兵器に転用される恐れがない国)から正式に除外しました(なお、現在は「ホワイト国」という名称は廃止されて「グループA」が正式名称となっていて、岸田政権によって「グループA」に戻されました)。
 そのような時期に対日観調査を実施したわけですから日本への嫌悪感が強まっていたのも当然でしょう。当時、日本製品不買運動が大きく盛り上がり、日本への批判運動が各地で起きていましたから、母が心配して私の身に危険な事が及んでいるのではないかと連絡してきたことがありました。もちろんそのようなことはまったくなかったのですが、それほど韓国内では日本への反発、非難が激しかったのです。

 韓国での対日感情の変化はこれまでも主に政治的な問題や両国政権の外交政策などで、良くなったり悪くなったりしてきていました。しかし、2017年5月に韓国では文在寅氏が大統領に就任すると、対日強硬政策が目立ち始め、一方、日本でも安倍元首相の対韓強硬政策で両国の関係はすっかり冷え込んでしまっていました。
 こうした両国の政治的な関係はそれぞれ国民の対日観、対韓観にも微妙に影響を与え続けて2022年5月に尹錫悦大統領が就任するまで、対日感情は良好とは言えないまま推移してきていました。
 そのため20代、30代に限って見ても、2019年の日本製品不買運動が盛んだった頃には東アジア研究院(EAI)の日本に対する好感度調査では20代が19.2%、30代が21.7%と、冒頭で示しました韓国ギャラップの調査ほどではありませんが、かなり低い数値でした。

 ところが、2022年5月、尹錫悦大統領が就任した後、日本の公益財団法人「新聞通信調査会」が2022年11~12月に世界6カ国で実施した日本への好感度等の世論調査の結果を2023年2月19日に時事通信社が伝え、テレビなどでも取り上げていました。
 これによりますと、韓国人の日本への好感度と関心度が大幅に上がって、前回調査(2021年11月~12月実施)より8.7ポイント増の39.9%で、2015年の調査開始以来最高だったそうです。この数字は調査対象年齢に限定はなかったようですので、韓国人全般と見ていいのでしょう。

 一方、『中央日報』日本語版2023年2月27日付によりますと、韓国の全国経済人連合会(全経連)が2023年2月16日~21日に20代~30代に調査対象者を絞って、オンラインで韓日関係の意識調査を実施したとのことです。調査対象者数は20代331人、30代295人と調査人数は多くありませんが、日本に対する印象では「肯定的」が42.3%で「否定的」が17.4%、「普通」が40.3%で、これら回答者の51.3%は訪日経験がありました(96.4%が観光・旅行)。だからでしょうか、日本に対する好感度は5.7点(10点満点での平均値)ということで、韓国人全般より日本への好感度が高いことを教えています。
 ”百聞は一見にしかず”とは、韓国でも日本でもまったく同じ意味で使うことわざですが、やはり直接自分の目で日本を見ることで、日本への好感度を上げていった韓国の若者が少なからずいたことになるのでしょう。こうしたことは日本から韓国を訪れる日本人にも同様のことが起きるはずです。
 現在、韓日両国でそれぞれ訪日、訪韓する人がコロナ収束後、急激に増えていますが、相手国をより理解する意味では大変良いことだと思っています。

 日本への好感度が上がったのには、文在寅大統領時期の韓国社会の空気と尹錫悦大統領になってからの韓国社会の空気に大きな違いが出ていることを教えています。上述しましたが、日本製品不買運動を例に出せば十分だと思います。この運動そのものが文在寅政権の主導によって起きていましたから、当時は反日、嫌日姿勢を明確に示すのが良いこととされる雰囲気が韓国社会を覆っていました。
 日本には「空気を読む」という言い方があります。その場の雰囲気から自分がどうするのがいいのか、どうしてはいけないのかを判断する意味で、韓国にもこれに似たような「ヌンチを見る」(눈치 보기 ヌンチ ボギ)という言葉があります。たとえば日本のビールは飲まない、ユニクロには行かないと誰かが言い出したら、まさに「ヌンチを見て」それに同調する空気です。そのような時に「ヌンチを見ないで」日本のビールを飲んだり、ユニクロで買い物をしたりすれば、日本では日常語としてはほとんど使われませんが、「売国奴」(「매국노 メグンノ」 祖国を裏切り、敵国に有利な行為をする者)という罵り言葉を投げつけられてしまう可能性が大きくなります。
 このような社会の空気の中で自分を抑え込んでいた韓国人は、尹錫悦大統領になってからの韓国民に向けてのメッセージや政治姿勢とその政策が文在寅大統領時代と大きく変わったことを敏感に感じ取っていったはずです。
 特に20代〜30代の若者たちは、1998年10月8日に金大中(김대중 キム・デジュン)大統領(当時)と日本の小淵恵三首相(当時)との間で交わされた「21世紀に向けた新たな韓日パートナーシップ共同宣言」によって、韓国での日本の大衆文化が開放され始めた前後に生まれ、それぞれ幼少期、少年期、青春期を過ごした人びとです。   
 意外かもしれませんが、韓国が日本の映画、音楽、アニメなどの大衆文化を正式に受け入れ、開放したのはこの「韓日共同宣言」からで、まだわずか25年程度なのです。
 それまで日本の大衆文化は「倭色」(왜색、ウェセク)と言われ、本来は「日本的なもの」の意味なのですが、「粗悪」「退廃的」といったニュアンスが込められていました。ですから日本文化を「倭色文化」と言えば、排斥するべき対象とされていたのです。

 韓国の20代〜30代の若者たちは「倭色文化」ではなく「日本文化」として、映画、音楽、アニメなどに触れてきた世代なのです。「ドラえもん」「リボンの騎士」「ガッチャマン」「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」「ポケットモンスター」「ワンピース」「千と千尋の神隠し」等々、日本から移入された漫画やアニメに抵抗感はなく、むしろ身近なものとして親しんできていました。ですから2023年になって韓国で「スラムダンク」や「すずめの戸締まり」といったアニメ映画が爆発的な人気を得ているのも韓国の空気が変わってきている証拠であり、少なくとも日本文化への親しみを韓国人が素直に見せ始めているのでしょう。

 先の『中央日報』日本語版(2023年2月27日付)は、さらに韓日関係改善は「必要」が71.0%で、その理由として「両国協力を通じた互いの経済的利益の拡大」(45.4%)が最多で、そのほかは中国への牽制、北東アジアの安全保障などでした。関係改善で優先すべきは「未来」(54.4%)で、「過去」(45.6%)を上回り、未来を追求しながら歴史問題は長期的な観点で解決すべき(48.9%)としていました。徴用工の訴訟問題の解決策として韓日の民間と企業の自発的な寄付金による賠償案には52.4%が韓日関係に好影響を及ぼすと評価していました。ここでも韓国の若者たちが日本に対して不信感よりも肯定感が上まってきていることを教えています。

 韓国の若い人たちに日本への好感度が上がってきている傾向が見えるのは、今後の韓日関係がより良くなることを予感させてくれます。特に「過去」よりも「未来」に目を向けようとするのは、過去の積弊精算を最優先させてきた文在寅大統領時期の姿勢を乗り越えようとしている意識の表れだと思います。
 しかし、上述しましたように政策の方向性によってはまた異なる空気が韓国社会に生まれる可能性を否定できません。それだけに韓日は信頼できるパートナーとしてあらゆる分野で協力関係を築いていかなければならないと思っています。
 政治が文化交流にも影響を及ぼすことはこれまでの韓日の関係が証明しています。だからこそ、今後はあらゆる面での文化交流を盛んにして、これまでとは逆に政治に影響を与えていくようにしたいものです。その意味では両国の若者たちには大いに期待しています。

大妻女子大学教授

(2023.6.20)
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