【投稿】

有閑随感録(10)

矢口 英佑


 大学教員時代、書評は一般紙をはじめ書評専門紙を含めて、それなりに書く機会を与えていただいた。たいていは依頼されて書く書評だった。各紙の書評担当者が私の専門領域を知ったうえで、書評する本が指定されていたので、我が家の小さな書棚に入っている書評済み書籍には明らかに一つの傾向が見て取れる。

 また、書評担当者と気心が知れてくると、私の方から書評掲載を依頼することもあった。ただそのような時でも、やはり私の専門領域から外れたものはあまりない。わざわざ大学のそれぞれの専門領域の教員に書評を依頼するのだから、その専門性を生かした書評が期待されているのは当然だろう。  

 ところが、何回かは高名な方が敢えて私を書評者にと指名してくださって執筆した書籍の中には、なぜか私の専門領域を逸脱していると思えるものもあった。そうしたときは私の知り合いからは、ほとんど間違いなく「今回の書評を読んだが、お前は研究分野を変えたのか」と言われたものだった。

 大学の教員が担当する書評がその教員の専門領域と関連あるものになるのは、当然と言えば当然なのである。

 ところが社員10人ほどの出版社に身を置くことになって事態は変わった。これは大手の出版社も含めて同様なのだが、各紙の書評欄に取り上げられる書籍はほんの一握りでしかない。それだけに各社とも取り上げられた書籍については、ホームページでしっかり宣伝、広告することになる。

 わが社もそれなりにホームページに力を入れている。ただし、広告宣伝課があるわけではなく、良く言えば全員野球であり、悪く言えば片手間作業になりがちである。編集者はオールドラウンドプレーヤーであることが求められ、著者との連絡だけでなく、組版会社、表紙やカバーのデザイナー、製版会社、梱包会社、マスコミ各社との連絡もすべて一人で行う。原稿整理、割り付け、校正、ISBNやバーコード処理、宣伝文章作成などは言うまでもない。

 これで編集者一人で年間12、3冊を手がける者もいるとなれば、かなりハードな仕事量だとわかるだろう。新米の私ですら、原稿を2本同時進行で処理したこともあったのだから、ベテランの編集者たちは言わずもがなというところである。

 「刊行点数を多く」が社長の戦略のため、私が「なかなか良い本」と思ってもホームページの新刊案内に掲載されるだけで、残念ながら、それ以上は目に触れる機会がない書籍がほとんどなのが現状である。

 そこで私は「ホームページの内容について、手伝いができるとすれば、書評を書くことぐらいしかないけれど、問題ないならやってもいい」と社長に申し出たことがあった。ちょうどその頃、わが社は、1910年から1924年まで全240作品を刊行した立川文庫(「たちかわ」文庫と呼ばれるが、正しくは「たつかわ」文庫)からセレクトして10冊の復刻本を出そうとしていた。その第1冊目はNHKの大河ドラマ「西郷どん」に合わせるように『西郷隆盛』が刊行(1918年12月)されたばかりで、私はこれを読み始めていた。

 それから数日後、社長から「ホームページにうちの本の書評欄を作って書いてもらうつもりだが、その名称について、ちょっと相談したい」と声をかけられた。もう1人、ホームページの担当者のようになってしまっていた編集者と3人で頭をひねり、結局、社長の「ななめ読み」に決まり、今年の2月から掲載が始まった。

 その第1冊目は『西郷隆盛』だったが、それ以降は社長や他の編集者が指定する新刊本を、私は選り好みせず批評する、もう1つ、当面は10日に1本こなす、が私に課せられた。

 この書評ペース、かなり厳しいことはわかっていた。しかし、当初の目的がなるべく多くの書籍を書評という形で広告、宣伝する、だったのだから、私は「可能な限りやってみる」と引き受けた。

 最初の3か月間ほどは、厳しいながらもなんとかノルマを達成できていたが、編集業務とは異なる、継続的な仕事が入り込んできたこと、そして、まったく異なる専門領域の本もあり、それを理解しながら書評を書くとなると、それなりに学習が必要になり、今や20日に1本どころか、1か月に1本ペースになってしまっていて、実に情けないことになっている。

 でも、「ななめ読み」のおかげで、この年齢になって大変貴重な読書経験をさせてもらっている。それは自分からは決して手に取らないと思う本でも、きちんと読んで文章にしなければならないわけで、たとえて言えば、私の頭の中の自分好みの読書部屋に、これまでならあるはずのない色合いの本がずかずかと入り込んできて、私の頭の中をかき回し、かなりの刺激を与えてくれるからである。

 今は編集者から渡されるまでどのような内容の本なのかもわからないのが当たり前で、手渡されて私に書評などできるのだろうか、どう書いたらいいのだろうかと考え込んでしまう本であったりもする。

 専門領域での書評が当たり前だった以前とは比べ物にならないほど広い領域で、しかも学習が必要で、時間も取られる。

 でも、せめて2週間に1冊のペースに戻したいものである。わが社の広告、宣伝効果を上げるために。そしてわが脳の老化ペースを減速するために。

 (元大学教員)

編集事務局注:「論創社矢口英祐のナナメ読み」はこちら
         http://ronso.co.jp/?s=&cat=118

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