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有閑随感録(31)

矢口 英佑

 最近、中国の習近平指導部が経済や芸能界への統制強化、学校で習近平の思想学習を必修化、子どもたちのネットゲーム利用時間の制限など国家(中国共産党)による締めつけが厳しくなってきているように見える。巨大な利益を上げている企業にも制限をかけ、共産党あっての企業だということを思い知らせようとしているかのようだ。また民族問題でも民族の言葉を奪うことにためらいがないことに象徴されるのだが、徹底した民族抑圧政策はさらに強化されてきている。

 こうした共産党による統制強化は1949年の中華人民共和国誕生以降、幾度となく繰り返されてきている。それにしても日本に伝えられる最近の中国の動きから、中国共産党内部での何かが、習近平の国家主席としての足場固めを急がせているのではないだろうか。
 そして、巷では次のような戯れ歌がささやかれているらしい。

  共産党は国を愛せと言いながら、あんたらのかあちゃん、ガキども西欧へ。
  あんたらのかあちゃん、ガキどもが朝鮮に行くなら 社会主義の優越性を信じるぜ。
  あんたらが国外のグリーンカードを破棄したら 国を愛せも信じるぜ。
  あんたらが芸能、テレビ界の後宮化を潰したら エログロ一掃せよも信じるぜ。
  あんたらが自分の全財産公開したら あんたらの賄賂不正取締りを信じるぜ。
  あんたらが投票用紙をくれるなら あんたらの人民に奉仕するを信じるぜ。
  あんたらがこうしたことをやらないなら あんたらを信用するものいっさいなし。

 このような戯れ歌がいつ生まれたのかわからない。あるいは時期的にはもう少し前に言われ始めたのかもしれない。しかし、現在の習近平指導部を揶揄してもいるとみなしても外れてはいないだろう。
 ここに謡われている内容はすべて中国の現実であり、紛れもない事実で、決して過去のことではない。日常生活を通して見え、感じた事象が、中国共産党指導部への激しい不信感となって戯れ歌の中に取り込まれていることがわかる。

 習近平がみずからの政治理念を国家富強や漢民族主体の国家体制と結びつけ、それを小学校以降の教育の現場で浸透させようとしているのは、習近平個人への権力集中を狙っているからなのだろう。だが、現実は習近平のもくろみをあざ笑うかのようなこうした戯れ歌が謡われているのだ。

 香港の民主化弾圧、ウイグル民族弾圧、モンゴル民族のモンゴル語剥奪などはむしろ外国人である我々の方が多少なりとも情報を得られている。国内にいる中国人の多くは共産党指導部に都合のよい情報しか与えられていない。それにもかかわらず、中国政府指導部が常に神経をとがらせ、取締りを強化しているのがネット情報にほかならない。国外とのインターネット通信には制限がかけられ、都合の悪い情報はたちどころに消去されてしまうことは、私自身も経験済みである。

 それほどに情報の遮断に力点を置いているにもかかわらず、スマホを通して映像で、文字でゲリラ的な情報の拡散は防げないのも事実である。中国の内モンゴル自治区で、私の知り合いのモンゴル人作家が中国共産党による環境破壊を批判したとして官憲によって拘束、逮捕され、拉致される様子がスマホの映像を通して私にまで伝えられるのである。

 中国ではスマホを持つことの便利さ、有効性が喧伝され、生活になくてはならない道具となっている。中国共産党指導部がこの点に目をつけないはずはなく、かくして自国民の詳細な情報収集が行なわれるようになった。今では中国人の大多数が携帯しているスマホを通して、彼らの日常生活とその動きはすっかり把握され、監視され続けているのである。ところが、こうしたとてつもない監視国家になっている中国について、多くの日本人は驚くほど無知である。

 今回、紹介した戯れ歌も私へ伝えられるまでにどれほどの警戒網をくぐり抜けてきたのか想像もつかない。ただ私にわかるのは、中国から一部の国内外の人たちに伝えられ、やがて拡散し、私にも届いたということだけである。
 中国の監視態勢をくぐり抜けて拡散し、日本人である私のところにまでこうした戯れ歌が伝えられていることを習近平指導部が知ったら、まちがいなく地団駄を踏むにちがいない。そして、情報の取締り強化にはさらに厳しさが加わるだろう。

 (元大学教員)

(2021.09.20)
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