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有閑随感録(41)

矢口 英佑

 厚生労働省のホームページに掲載されている「外国人技能実習制度」は、次のように説明されている。
 「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております」
 この説明文を読んで、「あれっ、そうなの?」と思う人はいるのではないだろうか。

 この制度は2017年11月1日に施行された新しい技能実習制度と言える。法律としては2016年11月28日に公布された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」に基づくもので、その「基本理念」には、
「第三条 技能実習は、技能等の適正な習得、習熟又は熟達(以下「習得等」という。) のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行われなければならない。
 2 技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」 と記されている。

 「外国人技能実習制度」とは、法律に照らすなら日本が国際的に貢献するためのものであり、「基本理念」の第2項では、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と記されている。つまり労働者ではないことが明記されているのである。さらに言えば、技能実習生は学ぶ者であり、学びに専念できるように保護していく必要のある人びとと位置づけられている。
 それにもかかわらず、その実態はこの法律から遠く外れて、〝労働力供給制度〟になってしまっている。〝本音と建前〟というか〝看板と実態〟というか、それを承知で(と私は見ている)これほどみごとに使い分けている法律もないのではないだろうか。

 この「外国人技能実習制度」の前身は1981年に出入国管理令に「本邦の公私の機関により受け入れられて産業上の技術又は技能を習得しようとする者」が加えられて、「技術研修」の在留資格が創設され、外国人の研修制度が生まれた時に始まる。これは、海外に進出した日本企業が現地で採用した社員を日本に呼び寄せ、技術や技能、知識を習得させた後に再び本国に戻し、日本で学んだ技術等を本国で活用できるようにした在留資格だった。技術や技能を日本で研修するために、現地法人と繋がっている日本の企業が受け入れて、一定期間日本に滞在して本国へ戻るということが想定されていた。
 
 それからおよそ10年後の1990年6月、「研修」の在留資格が生まれ、8月には団体監理型の研修が設けられた。
 この「団体管理型」については後述するとして、法律を変更するということは、1981年に定められた内容が実情に合わなくなったからで、その理由を簡単に言えば、不法就労外国人が増えてしまったのである。
 その一方で、単純労働者として外国人を受け入れることは否定されていた。しかし、経済界では単純労働者を含めた働き手を求め、外国人を労働者として受け入れることを望んでいた。そこで考え出されたのが外国人雇用許可制度だった。ところが、雇用を許可する際の公平性について強い反対意見が出て、導入に至らなかった。
 不法就労対策にも有効で、外国人単純労働者ではないという枠組みとして、次に考え出されたのが、1981年に定められた外国人研修制度を足がかりとした新たな枠組みの制定だった。
 1990年の入管法の改正では研修生の位置づけを大きく変え、1993年の在留資格「特定活動」の一類型として、「技能実習制度」が創設される道を開いたと言える。
 1981年の入管法上の在留資格だった「技術研修」では、
 「本邦の公私の機関により受け入れられて産業上の技術,技能または知識の習得をする者」が資格対象者だった。ところが、
 1990年の入管法上の在留資格となった「研修」では、
 「本邦の公私の機関により受け入れられて行う技術,技能又は知識の習得をする活動」 に書き換えられたのである。
 この1981年と1990年の字句は一見すると非常に似ていて、どこに違いがあるのかと思ってしまうほど、文字使いの違いはほんの僅かである。だが、しっかり読み込むとその違いはなり大きいことがわかる。
 1981年の記述では〝どのような者〟であるのかを示していて、1990年のそれでは〝どのような活動〟をするのかが示されている。つまり1990年での入管法の改正では「技術、技能又は知識の習得」のための「活動」を認めることにしたのである。〝ものは言いよう〟とはよく言うが、暗に働くことの容認だった。
 「技術、技能又は知識の習得」のための「活動」としたことで、研修生の就労できる範囲を限定しながらも,報酬を得る「活動」を可能としたのである。
 言い方を換えるなら、1990年の入管法で、不法就労対策にも有効で、外国人単純労働者ではないという枠組みが一つの形となってできあがったのである。これによって研修生の不法就労を取り締まることができる範囲が明確になったと言える。

 そして、このあと上述したように1993年の「技能実習制度に係る出入国管理上の取扱いに関する指針」によって、在留資格「特定活動」の一つとして、技能実習制度が導入された。この制度では、研修を受けたあと、一定水準以上の技術や知識を習得した外国人に対して、研修終了後、企業と雇用関係を結び、実際に働くことで研修で学んだ技術や知識をさらに高められるようにするものだった。
 これが現在、日本で実施されている技能実習制度の始まりであったが、多くの問題が噴出してくる始まりでもあった。

(元大学教員) 

(2022.7.20)
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