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有閑随感録(42)

矢口 英佑

 外国人技能実習制度について、その制度、仕組みと実態とがいかに乖離しているのか、本欄で少し書いてきたが、『朝日新聞』2022年7月21日朝刊にアメリカ国務省が世界の人身売買に関する年次報告を公表したことが掲載されていた。
 そこでは日本の外国人技能実習制度が引き続き問題視されて、主要7カ国(G7)中、日本とイタリアが人身売買を防ぐ基準を満たしておらず、日本はまだ「第2階層」にあると3年連続で評価されたという。日本政府の外国人技能実習制度への取り組み不足が指摘されたもので、この年次報告書によれば、
 ・日本国内の移住労働者を巡る強制労働の報告は、政府が確認した数よりはるかに多い。
 ・政府は、人身取引犯罪の責任を人材採用の担当者や雇用主に負わせる措置を講じなかった。
 ・被害者となった技能実習生が支援を受けられるようにすること。
 ・人身取引の犯罪者に強要されて違法行為を犯したとしても、拘束されたり強制送還されたりすることがないようにすること。
 といった点が指摘されたようで、日本の技能実習制度の実態をよく見ていると言える。すでに私も書いたが、技能実習制度が建前を崩さず、労働力が欲しい経済界の要望に応えようとした運用をしていて、実習生に目が向いていない実態がアメリカ国務省からは「人身売買」と映っているのである。

 『朝日新聞』のこの記事の最後に外務省の外務報道官なる人物が「我が国の取り組みが適切に評価されていないことについて、残念に感じている」とコメントしたという。
 「しれっ」とこうしたことが言えるお役人さんは、おそらくきちんと役目を果たしているその世界では優れた方なのだろう。だが、この技能実習制度がこれまでも繰り返し問題視されてきたのは、政府の取り組みが根本的な問題に目をつぶり続けてきているからであり、「我が国の取り組みが適切に評価されない」のは、当然すぎるほど当然だろう。
 ところが、それから9日後の『朝日新聞』2022年7月30日の朝刊一面に「技能実習生 本格見直しへ 実態は労働力 法相「問題を直視」」という見出しの記事が掲載された。

 ようやく政府も重い腰を上げた観があり、記事によれば今年2月から始めた勉強会では、技能実習が、 
 ・実際は人手不足を補う制度として機能
 ・不当に高額な借金を背負って来日
 ・転籍できないため、実習先で不当な扱いを受けても相談できない
といった問題が指摘されていたという。

 どれもこの技能実習制度が導入されて以降、30年にわたって指摘されて来た問題点である。そのため古川法相が「正面から労働者を受け入れる制度とすべく、特定技能制度に一本化を図るべきだ」と、明確に「労働者」として受け入れるとこれまでより踏み込んだ発言になっていることは重要だろう。そして、見直しに向けた基本的な考え方として、
 ・制度の趣旨と運用実態に乖離がない、整合性のある仕組み
 ・実習生も十分な情報を得られ、人権侵害が決して起きないようにする
 ・日本で働き、暮らすことで、外国人の人生にもプラスになる仕組み
 ・外国人との共生のあり方を深く考え、その考えに沿った制度
 としており、実習生に目を向けようとする姿勢が窺えることは良しとしたい。
 しかし、冒頭で触れたようにアメリカでは技能実習制度を「人身売買」と見なしている国際的な感覚からすれば、抜本的な制度の見直しをしない限り、いつまでも「第2階層」から抜け出せないだろう。

 古川法相も「正面から労働者を受け入れる制度」とすると発言しているのだから、技能実習制度は廃止し、新たな仕組みを作る方向で見直しを進めるべきである。これは単に技能実習制度の問題ではなく、日本の深刻な超少子高齢化社会構造をどのように改善させていくのかという、より大きな課題とも関連しているからである。

 さまざまな領域で人手不足の嘆きが聞こえてきて、国外からの働き手に頼らざるを得ない現状はすでに待ったなしのところまで来ている。技能実習制度に記されたきれい事がもはや現状と異なることは明白であり、さらに人手不足も多くの企業が認めているのであるなら、今後検討されるべきは「移民」として非熟練労働者も受け入れることだろう。

 ただし、「移民」となれば単に技能実習生制度だけの問題ではなくなる。これまで日本は人道的にも当然と思われる難民の認定さえ厳しい審査基準を設けてきている。2022年8月初めに法務省がトルコ国籍のクルド人男性に対して、クルド人としては日本で初めて難民認定している。2014年に来日し、何度か難民申請をしながら難民として認定されず、処分の取り消しなどを求めて国を提訴し、来日8年目にしてようやく勝ち取ったものである。

 現在、日本は「移民」を認めていない。この制度を確立するためには、『朝日新聞』2022年8月5日朝刊の社説「技能実習制度 積年の課題見直しの時」の結びで、「少子高齢化が進み、さまざまな分野で外国からの働き手への依存が高まる。(中略)定住や家族帯同などの権利を広く保障し、社会の一員として正当に遇する。外国人が安心して働ける国にするために、社会の諸制度と人々の意識をあわせて変えていかなければならない」と記していた。

 この社説は技能実習制度の本格的な見直しを政府が表明したことを受けての一文だが、「移民」を本格的に実施するとなれば、「社会の諸制度」も当然、連動させて変えて行かなければならない。また「人々の意識をあわせて変えて」いかなければならないのも当然だろう。だが、ひょっとすると「移民」に対する人々の意識の変革こそが最大の課題になるかもしれない。 

 いずれにしても、「移民」を認める日本になるためにはいくつものハードルを越えなければならないことが予測される。しかし、もはや先延ばしにできないところまできている。その意味でも、技能実習制度がどのように見直されるのか極めて重大な意味を持っている。

(元大学教員)

(2022.8.20)
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