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有閑随感録(44)

矢口 英佑      

 文科省は2015年6月に「地方創生のための大都市圏への学生集中是正方策について」という通達を出した。当時の安倍政権が「地方創生」の一環として進めた大学改革であった。
 なぜ「地方創生」と大学改革が結びつくのか。それは文科省の通達の中に回答が見出せる。本来、各大学は定員充足率を1,0とするのが原則である。しかし、2014年の全国の私立大学の全入学者数のうち、約4万5千人が定員超過人数であった。そして、約8割の3万6千人が三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県の8都府県)の大学に集中していたのである。さらに収容定員 4,000 人(入学定員数1000人)以上の中規模大学、8000人以上の大規模大学では、三大都市圏への集中が約9割だったという。
 2014年末に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づき、大都市圏への学生集中を是正するため、大都市圏の大学等での入学定員超過を抑制し、地方創生の観点から、主として大・中規模の大学を対象に入学定員の厳正化を2016年度から実施することになったのである
 ここには政府は表向きには出していないものの、多くの地方の大学で起きている定員割れに少しでも歯止めを掛けるもくろみがあって、こちらが本命だからこそ東京、名古屋、大阪の三大都市圏に学生が集中するのを抑え、地方へ振り分けようとしたのである。
 一方、狙い撃ちされた観のある三大都市圏の大学を中心に、〝政策あれば対策あり〟とばかりに、文科省に学部定員増の申請が次々に提出された。定員超過で入学者をこれまで通り獲得できなくなるため、受け入れる学生数を増やし、入学定員を超過させなくてもこれまでの入学者数を減らさないようにする対抗策だった。
入学定員の厳格化では、文科省はそれを守らない大学に対して国からの補助金(私立大学等経常費補助金)不交付というペナルティーを科した。たとえば、2015年までは総定員8000人の大学は入学定員充足率が1.2倍(9600人)までなら補助金は交付されていた。しかし、2016年度は1.17倍(9360人)、2017年度は1.14倍(9120人)、2018年度は1.10倍(8800人)までと毎年、引き下げていった。当初、19年から全ての大学に対して定員1.0倍まで引き下げることが検討されていたが、最初の3年間で一定の成果があったとして、18年の基準のままで現在に至っている。この基準を守らないと補助金が全額カットされるため、大学は入学者数を1.1倍に絞り込むのに四苦八苦することになった。 
 入学定員の厳正化は入学者数だけでなく学部の新設にもハードルが設けられた。1.1倍ではなく学部の入学定員が300人以上では4年間の平均が1.05倍未満、100人以上300人未満の学部では1.1倍未満、100人未満の学部では1.15倍未満というように収容する学生数の規模によって4年間の平均入学者倍率が異なっていた。
 学部新設や再編、学科増設などは大学が社会の動きや人びとの学びへの要求などに応えるために必要な事業だが、これに縛りをかけて、入学定員の厳正化を守らない場合は、自動的に新学部の申請を認めないとしたのである。

 地方創生のために大都市圏にある大学の入学定員を厳正化して、入学者数を絞れば、首都圏にある大学ばかりを目指す受験生を地方に呼び込むことができる。その結果、地方に若者が増えて、地方が活性化すると安倍元首相を始め、一部の学者さん、お役人さんは考えたらしい。
 入学定員の厳正化が打ち出されたとき、私はこのような手法では地方創生が実現できるとは思えない。受験生の首都圏大学志向を変えることはできないと周囲に漏らしていた。
 たとえば、青山学院大学はかつて1,2年生を対象に厚木キャンパスでの教育を行っていたが、受験生からは次第に敬遠されるようになった。その後、相模原市淵野辺に文系が移転し、さらに元の青山に戻ったところ志願者数が大きく伸びたのである。
 また中央大学の教員からは八王子の山奥の大学キャンパスへ授業で行くと、学生はどこにも行けず、下校しない限りキャンパス内に留まっているしかないと聞かされていた。その中央大学も首都圏に戻る計画が進行中だと聞く。その理由は明らかだろう。その方がより受験生を呼ぶことができ、安定的に学生を確保できるからである。なぜ確保できるのか.
 学生たちは大学の教室で学ぶだけでなく、さまざまな文化的な刺激からも学ぼうとしているわけで、キャンパスをちょっと出ればさまざまな施設が揃っている大都市圏に魅力を感じ、それを欲しているからである。

 入学定員の厳正化は各大学の入試作業に変化を生じさせた。なかでも「追加合格」方式が重要な役割を果たすようになったことだろう。
 発表した合格者がそのまま入学するなら苦労しないが、多くの私立大学では合格しながら入学しない受験生が多く出てくる。いわゆる〝逃げる合格者〟である。この数がどのあたりなのか予測するのが入学担当部署の職員の重要な仕事になるのは言うまでもない。「逃げる合格者」の人数を予測して、あらかじめ合格者数を入学定員より多めに発表するのだが、これを読み違えると1.1倍を超えてしまう場合も起こり得るわけで、大学としてはどうしても避けなければならない。そのため合格者数を少なめに抑え、「逃げる合格者」が多くなって入学手続き者が1.0倍以下(定員割れ)になっても、こちらを選ぶ安全策を取るようになった。定員充足率が0.95倍から1.0倍の場合、補助金が4%増額される制度が新たに導入されている。とはいえ、大学としては定員割れの補助金より当然、「入学定員1.1倍まで」を確保しようとする。したがって急遽、定員割れを補うために追加合格者を出すようになったというわけである。
 この追加合格は、「補欠合格」「繰上げ合格」などとも呼ばれ、合格者とは別に合格を辞退した人の穴を埋めるために合格させる仕組みで、通知を受けた受験生は正式な合格者となることができる。
 追加合格は合格発表のとき、「補欠合格者」として発表する場合と、不合格者とされたまま後日、受験生に初めて追加合格を通知する場合とがある。
受験生には死に体からの復活で、逆転勝利となるため、歓迎される方式のはずである。ところが、追加合格者が急増したことで、一部の当事者には悩ましい問題が生ずることが明らかになってきたのである。
 大学側からすれば、合格者が入学手続き期間の締切り後に、ようやく入学者数が確定するわけで、1.1倍を超えないことを祈りつつ、一方でどれだけ定員割れを起こしているのか、その時点で知ることになる。しかし、多くの私立大学の入学試験はさまざまな方式で実施されていて、最終的な入学者確定は手続き期間があるため、2~3月にずれ込む場合が多い。結果的に追加合格者として受験生に伝えられるのが3月下旬にまでずれ込む場合が出てくることになる。
 ところで、ほとんどの大学が入学に際して「入学金は事情を問わず返還しない」といった内容の不返還特約を記していることはご存じだろうか。
この点が悩ましい問題となり始めたのである(次号に続く)。

(元大学教員)

(2022.10.20)
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