【投稿】

有閑随感録(46)

矢口 英佑

 食品の値上げが続く中、電気、ガス料金も値上がりし、2023年春以降にはさらに電気料金の値上げが予定されている。給与の値上げ分など帳消しとなって、庶民は節約、切り詰め生活に追い込まれている。電気料金の値上げ理由を考えてみると、
 ・電気料金の高騰には燃料の輸入市場での価格が大きく関わっており、ロシアによるウ クライナ侵略戦争でアメリカやEUが経済制裁を実施し、天然ガスを多く産するロシアからの輸入が制限された。
 ・地球の温暖化を抑制するため、「脱炭素社会」が世界的な課題となっていて、CO2排出量を減らそうと天然ガスへの切り替えが加速し、需要が供給に追いつかず、高騰している。
 ・世界的に燃料費が高騰するなかで、円安が加速した結果、それが燃料費に跳ね返っている。
 ・新型コロナウイルスの感染状況が続いていて、家にとどまる時間が増え、各家庭での電力消費が増えている。
 といった外的要因が浮かんでくる。

 これらの要因は個人的にはどうすることもできない。せいぜいできることと言えば、電気の使用を抑制して、節約するぐらいしかない。そこで最近は、電気代節約の工夫、節電のための身近な心掛け、といったことを啓発するテレビ番組やマスコミ報道も増えてきている。

 それだけではない。たとえば、東京都はすでに夏場の電力消費量抑制のために、都が所有する施設の電力使用量を前年度と同時期比、最大15%削減する節電対策をとっていた。
 そして、2022年11月21日からは冬場の電力需給逼迫への対策として、都職員にタートルネックのシャツやセーターなどの服装を推奨する〝ウォームビズ〟を始め、新聞テレビなどが取り上げていたことは記憶に新しい。
 さらに東京都交通局(都営交通)は、「節電へのご理解・ご協力のお願い」を出して、HTT<H 減らす、T 創る、T 蓄める>に取組み、駅構内やバス営業所等の照明の一部を消灯し、駅券売機の一部を停止していることを公告している。

 では、政府はといえば、全国の企業や家庭に対して冬の節電要請を2020年12月1日に行っている(経済産業省 資源エネルギー庁)。期間は2023年3月末までの4カ月間。冬季の節電要請は2015年度以来、7年ぶりだという。
 ところで、この要請なるものだが、私から言えば、本当に節電する気があるのか、真剣に取り組むつもりがあるのか思うほど、まったく腰が引けている。
 政府のお達し曰く、重ね着などをして暖房温度を下げる。不使用の部屋の照明を消す。お湯の出しすぎに注意する等々である。
 私が「腰が引けている」と言うのは、この節電要請の期間中に政府としては、特定の数値目標を設けず、無理のない範囲で節電、省エネに協力してほしいと言っているにすぎないからである。政府が言う節電方法などは、一般家庭ではとっくに実行しているだろうし、企業にしても経費節減、支出抑制は多面的に実施されている。そうした状況を踏まえた上での節電、省エネ要請ではないのか、とつい思ってしまう。〝無理のある〟〝一定の痛みが伴う〟〝努力を求める〟要請をせず、特定の数値目標も設定せず、しかも、期間限定となれば、どうやら政府もこの節電要請に大きな期待はかけていないのだろう。節電要請をしたという政府の〝アリバイ作り〟と言うほかない。

 一方で、岸田首相は2022年10月14日に総合経済対策の一つとして、一般家庭と企業の電気・ガス代の負担軽減策を講じることを表明し、「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の実施となった。
 具体的には、電気代・ガス代の補助は、2023年1月使用分から2023年9月使用分までだが、9月分についてはそれまでの補助金の半額と減額されることになっている。またプロパンガス使用家庭や企業は支援対象外となっている。
 この、激変緩和対策によって、電気料金で言えば、一般家庭には「1 kWh(キロワットアワー)当たり7円」を国が補助する。政府の試算では、標準世帯(月間使用量400 kWh)では月額2800円程度の支援をすることになるという。

 しかし、私には政府がこうした対策を講じることで、国民向けの支援を行っているというやはり〝アリバイ作り〟をしているとしか思えないのである。なぜなら支援対策の事業名を見れば明らかなように、「緩和対策事業」であって、根本的な対策ではない。あくまでも急激な値上がりという「激変」を「緩和」するだけで、しかも、これも期間限定である。
 根本的な対策でないため、痛みが生じたときに痛み止めを飲んで、一時的に痛みは緩和されても、薬の効き目が切れれば、痛みは再び襲ってくることになる。つまり、政府のこの施策では、再度、痛みが襲ってきたら、国民は自分で痛みに耐えるようにと言っていることにほかならない。
 しかも、ここで使ったお金はいずれ税金となって跳ね返ってくることになるのだろう。決して、今後、安心して、安定的に生活できる施策でないことだけははっきりしている。

 東京都の節電対策は東京都の職員に対して痛みや不便を強いる、いわば身内への対策であり、都営交通のそれは利用客に多少なりとも痛みや不便を強いる対策であり、だからこそ協力と理解を求めているのである。
 しかし、国の節電要請は国民に痛みや不便を強制しようとはしていない。その一方でのバラマキ施策は一時的な感覚麻痺を起こさせる対策でしかない。

 ここで私はふと思ってしまう。
 国民が政府からの強制を伴わない要請に応えず、一時的な支援金に満足せず、電気料金等のエネルギー価格の高騰に耐えられなくなって、悲鳴を上げるのを、政府は待っているのではないのかと。
 そして、その時を待ってましたとばかりに、原子力発電の「燃料の安定供給が可能」「脱炭素をめざせるクリーンエネルギー」「発電コストの上昇が避けられ、電気料金の安定化が維持できる」等の優れた点を声高に国民に宣伝し、「原子力発電事業」を積極的に進めると宣言するのではないかと。
 私のくだらない誇大妄想ならいいのだが……。

元大学教員

(2022.12.20)
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