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有閑随感録(47)

矢口 英佑

 2023年1月6日に東京都の小池知事が18歳までの子どもを持つ世帯に所得制限なしで、1人あたり、月額5000円の給付を行なうことを2023年度の予算案に盛り込む方針であると発表した。いわく「チルドレンファースト」だそうである。
 少子化対策と言えば、これより2日前の1月4日に、岸田首相が伊勢神宮を訪れた際におこなった年頭会見で、今後の優先課題として「異次元の少子化対策に挑戦する」とその実現に取り組もうとしていることを明らかにしたばかりだった。
 日本国リーダーの「異次元の少子化対策」と東京都リーダーの「チルドレンファースト」、この2つのキャッチフレーズを聞いた国民(都民)は、大きな印象の違いを感じたのではないだろうか。
 岸田首相のそれでは、まず「異次元」とは何か、と思った人がほとんどだろう。一方、小池都知事の「チルドレンファースト」では、「都民ファースト」を想起し、子どもを最優先にするというアピールはまちがいなく伝わったと思われる。しかも、子ども一人当たり月額5000円、所得制限なしという具体的な数字の提示は、否応なしに実現への期待感を膨らませるものとなった。
 岸田首相の「異次元」とぶち上げた「少子化対策」とは、どのようなものかと言えば、
 ① 児童手当を中心とした経済的支援の強化
 ② 学童保育や病児保育、産後ケアなどすべての子育て家庭への支援拡充
 ③ 育児休業の強化を含めた働き方改革の推進
 以上の3点でいずれもすでに耳にしている政策にすぎない。
 これを「異次元」と呼ぶなら、看板に偽りありと言わざるを得ない。
 そして、小池都知事の「チルドレンファースト」は、ばらまき政策だと批判もあるようだが、岸田首相のそれは「異次元の少子化対策に挑戦する」と述べているだけで、実現するかは大いに不透明なだけに、それに比べれば具体的で、ずっとましと言える。

 このように少子化対策として国からも東京都からも対策案が示されたのは、厚生労働省が2022年12月20日に発表した人口動態統計(速報値)で、2022年1~10月の出生数が66万9871人と前年同期より3万3827人減少し、統計を取り始めて以降、初めて80万人を割る見通しとなったこと。国立社会保障・人口問題研究所が2017年に確定値で80万人を割るのは2030年とした推計より8年も早いペースで少子化が進んでいること。こうしたことから危機感が増大したのだろう。
 ところで、この厚生労働省の人口動態統計は、生まれてくる子供の数(出生数)を示している。だとすると岸田首相や小池都知事が打ち出した上記の対策案は対象が異なっていることになる。出生数を問題とするならすでに子どもを持つ親たちではなく、これから結婚し、親となる男女に目が向けられなければならないはずだからである。未婚の男女こそが支援の対象者でなければならない。

 つまり「少子化」対策として、岸田、小池両氏が打ち出した対策は「子育て支援」で、「少子」支援ではあっても「少子化」支援ではない。現在、子育て中の親たちへの支援対策にケチをつけるつもりはないが、出生数の減少が予想を遥かに早まった状況への対応だとするなら方向が違っている。
 真っ先に取り組むべきは、未婚男女への支援である。しかし、こちらは「子育て支援」のように経済的な支援によって、ある程度の効果を上げられるほど事は簡単ではない。心の問題も大きく絡んでくるからである。
 結婚に至るまでにはさまざまな壁(?)を乗り越えていかなければならない。相手があるだけに常に心の動きが大きくのしかかり、結婚まで届かない場合も大いにあり得る。
 さらに男女の結びつき以前に、社会人として生きていく、きちんとした経済的な支えを自分で持ちえるのか、それも大きな問題である。しかも自活できるようになったとしても、〝この人〟と思える対象者が現れるのか。いや〝この人〟と思える対象者が現れても、その対象者から相手にされない可能性も大いにあり得る。
 このようなさまざまな壁を乗り越えられない状況は統計上からも窺える。
 国立社会保障・人口問題研究所が2021年6月に実施した「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」(5年ごとに実施。2022年9月9日公表)がそれである。
 調査対象は、年齢18歳以上55歳未満の独身者と妻の年齢が55歳未満の夫婦だが、独身者調査(未婚者の結婚・出産に対する考え方)では、次のような調査結果概要をとりまとめている。
 ◯「いずれ結婚するつもり」と考える18~34歳の未婚者は、男女、年齢、生活スタイルの違いを問わず減少(男性81.4%:前回85.7%、女性84.3%:前回89.3%)。
 ○恋人と交際中の割合は男性21.1%で横ばい、女性27.8%で前回から微減。一方、未婚者の3人に1人は交際を望まず。6割の男女が恋人(異性)との交際経験あり(男性60.0%、女性64.8%)。
 ○「女性のライフコース」の理想像は、男女ともに「仕事と子育ての両立」が初めて最多に。
 ○ 結婚相手の条件では、男性は女性の経済力を重視または考慮するようになり(48.2%:前回41.9%)、女性は男性の家事・育児の能力や姿勢を重視する割合が大きく上昇(70.2%:前回57.7%)。
 ○ 平均希望子ども数は全年齢層で減少(男性1.82人:前回1.91人, 女性1.79人:前回2.02人)」 
 ここに引用した調査結果から見えるのは、若い男女のつながりが遠ざかってきていることだろう。「いずれ結婚するつもりが」前回調査より男性で4.3%、女性で5%減少している。また未婚者の3分の1(男性は33.5%、女性は34.1%)が「異性との交際を望んでいない」というのである。
 さらに結婚する条件として、経済的自立が立ちはだかっている。男性では「女性の経済力を重視」するが前回調査より6.3パーセント増加している。共働きを前提にしないと結婚できないということだろう。一方、女性も「男性の家事・育児の能力や姿勢を重視する」が12.5%と大きく増加しているが、これまた共働きを前提としているからこその男性に対する結婚条件になっていると思われる。

 未婚者の3分の1が「異性との交際を望んでいない」というが、その理由はさまざまだろう。自覚的に結婚しないと決めている男女を除けば、異性との交際を望まない理由が解消されれば、交際も結婚もあり得るのではないだろうか。とは言え、すでに述べたように、男女が一つの家庭を持つまでには心の問題があるだけに他者が介在するのが困難な場合も多々出現する。
 一方、経済的には安定した雇用、十分な給与水準が保障され、安心できる産前産後、そして、子育て環境等の整備がなされ、社会保障等々を整え、社会全体の仕組みや人びとの意識を改革することで、未婚の男女が結婚し、子どもを育ててもいいと思えるようにするのは可能だろう。
 しかし、「少子化」を食い止め、増加に転じさせるのは、言葉で言うほど簡単ではない。長い道のりとさまざまな施策を積み重ねていくしかなさそうである。
 ただし、少なくとも結婚したいけれど、結婚できない、あるいは結婚しなくてもよいと思ってしまっている男女の気持ちを、再度、結婚したいに向かわせるプランの提示だけでも「異次元の少子化対策」より急務なのではないだろうか。

元大学教員

(2023.1.20)
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