【投稿】

有閑随感録(48)

矢口 英佑

  2023年5月の連休明けから新型コロナ感染症の取り扱いが「2類」から「5類」へ移行し、インフルエンザと同等の扱いとなるとの政府方針が示された。これによって国外からの入国者に対するいくつかのコロナ感染症関係の検査や証明書等も完全になくなる。
 もっともすでに外国人の入国検査ではかなり緩やかになってきていて、都内でも観光客らしい外国人を見かける機会が増えてきている。この4月からは大学にも生身の留学生を教室で見かけるようになるはずである(ほぼ3年間はオンライン形式授業のため本人は本国に留まっていた留学生がほとんどだった)。
 こうした状況の変化は2020年後半から大幅に減少していた技能実習生や特定技能労働者の受け入れ増にも繋がっていくと思われる。彼らは今や、農業、漁業、建設業、食品製造業関係等々での単純労働への日本人就業希望者が少ない現状を補う大きな戦力となっているのが実情である。技能実習生が多い国はベトナム、中国、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、カンボジア、タイの順(法務省「在留外国人統計2022年」)だが、ベトナムが圧倒的に多く5割を超えている。 
 
 ところで、2019年→8796名、2020年→5885名、2021年→7176名、2022年(上半期)→3798名、この数字が何を示しているのかと言えば、日本へ技能実習生としてやってきた外国人労働者の失踪者数である。技能実習生の約2%のラインを前後していると言える。
 期限付き(1年、3年、5年)実習生として来日し、一定の蓄えを目的としたり、本国に送金したりするつもりで来日した彼らがなぜ失踪してしまうのか。マスコミなどでも何度か取り上げられているが、その対策となると、政府の動きはあまりにも鈍い。失踪すれば不法滞在者となって、取り締まりの対象となってしまうのだが、失踪者の数は大きく減少することはない。

 技能実習生が失踪する理由は大きく分けると、
 ①実習生の待遇に関する実習実施機関側の問題 
 ②現金を必要としている実習生側の問題
 この2点である。
 
 そもそも技能実習生とはどのような外国人なのか。この問題については、以前、この欄で取り上げたことがある※ので詳細は省くが、最長5年しか在留できず、転職や永住はできない。制度的には労働力として雇用する制度ではなく、日本で技術を習得して本国でその技能、技術を生かすことを目的としている。しかし、実態は制度とは大きく乖離している。実習実施機関(企業)など受け入れ側は労働力と見なしているからである。
 日本語能力も「N4」程度でよいため、日本語での意思疎通は難しい。職種も単純労働がほとんどだが、永住資格者を除けば日本在留資格別の外国人としては、技能実習生が最も多い。日本語を学ぶために来日したり、日本の大学に留学した在留資格「留学生」や大学(大学生院)卒業・修了後「技術、人文知識、国際業務」の在留資格で働く外国人よりも今や多くなっている(「出入国在留管理庁」2022年3月29日公表)ことはあまり知られていない。それだけ単純労働者が日本では不足しているのである。 

 しかし、技能実習生の受け入れについては受け入れる日本の実習実施機関が直接、技能実習希望者と会って、受け入れを決めることはできない。つまり、あなた任せの仕組みになっているのである。
 技能実習生を送り出す各国には送り出し機関があり、実習生受け入れ機関の希望する仕事内容や人数に基づいて、現地で技能実習希望者を募集し、選考、決定する。一方、日本には監理団体というものがあって、この組織のみが国外で選抜された技能実習生を受け入れることができるのである。
 現地の送出機関はボランティア組織ではないため、募集業務を行うに際し、技能実習希望者から必要経費など、一定の本人負担額を求めることになる。負担額はそれぞれの国で独自の規定を設けていて、たとえば、ベトナムの場合は3600ドル(1ドル=135円として486,000円、ミャンマーの場合は2800ドル(378,000円)を上限としている。

 各国の経済状況、各家庭の経済状況にもよるだろうが、上記の金額を家庭で準備できる人は少なく、借金も加えて全額を調達することになる。2022年度のベトナムでの平均月額給与が4万円弱からすると約1年分の年収額であり、負担額は大きいと言える。しかし、日本で技能実習生として給与を手にできるようになり、手取り額から生活費等を差し引いた全額を返済に充てれば、1年以内には十分借金は解消できるはずである。
 問題は良心的な送出機関ばかりでないことである。さまざまな名目を設けて本人負担額を増やし、なかには100~150万円の借金をして来日する技能実習生も決して珍しくないのである。こうなると借金返済に追われ、もっと高い給料を手にしたいとの欲求から失踪につながってしまうケースもある。

 失踪した外国人技能実習生の約7割が「低賃金」を理由として挙げていて、次いで 2)実習終了後も日本で働きたい 3)指導が厳しい 4)労働時間が長い 5)暴力を受けた、という理由などが挙げられている。
 「低賃金」を理由とするなかには、実習生自身が出稼ぎのつもりで来日していて、高額の給与を期待していたのと実態が大きく異なり失踪するケースも少なくない。
 また、3)~5)の理由は受け入れた実習実施機関に問題があったことは明らかである。さらに細かく見れば、
 ・最低賃金違反、・契約賃金違反、・賃金からの不適切な控除、・時間外労働等に対する割増賃金不払い、・残業時間等で適正を欠く、・人権侵害行為等々
 実習生に対する法令違反や不当な扱いがされていることがわかる。
 
 多くの国外の送出機関や国内の管理団体は良心的な運営を行なっているはずだが、それでも上記のような問題を起こす機関はペナルティーを科しているにもかかわらずなくならない。
 「低賃金」問題には事前の研修や説明が不足していた可能性も否定できない。しかし、日本での実習実施機関での法令違反や非人道的な扱いには、技能実習生に対する無意識の差別意識がどこかに潜んでいるのではないだろうか。自分たちとは異なるというだけで、枠外に追いやって、日本人とは異なる対応をし、不当な扱いも許されると勝手に判断して、相手の立場を理解しようともしない横暴さに気がついていない可能性がある。

 つい最近、首相のサポート役として様々な仕事に同行し、政策について首相の意向を立案、調整する首相秘書官が性的少数者への差別発言をして更迭された。これは決して当の秘書官だけの個別問題ではないだろう。この人物がどのような考えの持ち主かは秘書官採用時にはわかっていたはずである。
 岸田首相は2月8日の衆議院予算委員会で首相秘書官が差別的な発言をしたとして「国民の皆さんに誤解を生じさせたこと。これは誠に遺憾なことであり、不快な思いをさせてしまった方々におわびを申し上げる次第であります」「性的指向、性的自認を理由とする不当な差別、偏見はあってはならない」と陳謝したが、この日本で不快な思いをしているのは、今回の「方々」だけではない。まだまだ差別され、疎外されている〝多様な〟人びとが大勢いるではないか。

 それだけに、今回の岸田首相の陳謝の言葉、私はあまり信じる気になれない。なぜなら上記の答弁より1週間前の2月1日の衆院予算委員会では、同性婚の法制化をめぐる答弁の中で「極めて慎重に検討すべき課題」「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」そのため「社会全体の雰囲気にしっかり思いをめぐらせた上で判断することが大事」などと法制化に後ろ向きな姿勢を示していたのである。発言内容を変えたのは、首相秘書官の失言もあるだろうし、野党からの批判を受けてのことだからである。
 このような人が日本に重く澱んでおおっている多くの「差別」にまで目が及んでいるとはとても思えないし、真正面から取り組んでいないことが透けて見えるからである。
 
 元大学教員

※編集事務局注:技能実習生に関する過去の記事:有閑随感録(40)有閑随感録(41)有閑随感録(42)

(2023.2.20)
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