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有閑随感録(61)

「大学授業料無償化」の実体
矢口 英佑                       

 岸田首相が2023年1月に年頭会見で検討を表明した「異次元の少子化対策」は大学の授業料などへの支援にも広げる方針が示されていたが、2023年12月に2025年度より「3人以上の子どもがいる多子世帯に対して、大学授業料などを無償化する」と発表した。
 現在、すでに入学金と授業料の減免、それに給付型奨学金がセットになった大学学費無償化制度が実施されている(2020年度から始まった高等教育修学支援制度)が、対象となる世帯には所得制限があり、世帯年収380万円までとなっている。つまり、大学・短大・専門学校で学ぶ(学ぼうとしている)学生の学費が無償化されるのは、この年収未満でなければならない。しかも年間の学費が70万円まで免除され、さらに日本学生支援機構(JASSO)から給付型奨学金(返還不要)が年間91万円支給されるのは、年収270万円に満たない住民税の非課税世帯である。ずいぶん限定的であることがわかる。そして、これ以上の年収(270万円~380万円)の世帯にも学費免除や奨学金支給などがあるが、年収270万円未満の世帯より減額される仕組みとなっている。
 それが2024年度からは年収600万円までに上げられるというのだから現時点よりは多少改善されると見るべきなのだろう。しかし、ここでも年収に段階を設けての支援となるため、手放しで喜んでもいられない。しかもこの施策は「異次元の少子化対策」ではなく、貧困家庭での就学機会を奪わないためのもので目的が異なるとも言える。

 現在、文系の私立大学で4年間学ぶと、およそ500~600万円が必要と言われていて、理系はさらに高額となる。また大学に収める金額は授業料だけでなく、施設整備費や実験実習費などその他の名目でも納めなければならず、多くの大学では授業料も含めて「学納金」と呼んでいる。
 いずれにしても子どもを大学まで進学させようとすると、家計の負担が増大することはまちがいない。それが2025年度からは大学のほか短期大学や高等専門学校などの学生も対象として授業料だけでなく入学金も無償化するというのである。しかし、この施策もそう喜んではいられないようである。扶養する子どもが3人以上いる世帯と限定されているからで、この制度の恩恵を受けられるのはごく限られた世帯である。
 厚生労働省による2022年の「国民生活基礎調査」によれば、18歳未満の子どもがいる世帯は991万7000世帯と統計を取り始めて最低の数字になっているという。全世帯に占める割合も18.3%と初めて20%を割り込んで減少傾向が続き、少子化に歯止めがかかっていないことがわかる。また、子どもがいる世帯の子どもの人数は、最も多いのが「1人」で49.3%、全体のほぼ半分である。「2人」は38.0%、「3人以上」は12.7%でしかない。
 子どもがいる世帯の1割強しか子ども3人世帯は現在の日本では存在していないのだ。しかも子ども「2人」「3人以上」の減少幅が大きいこともこの調査では報告されており、今後さらに子ども3人以上の世帯は減少していくことが予想されている。これが「異次元の少子化対策」の一環だそうで、あまりにも的が外れていないだろうか。

 さらにうまくごまかされているのではないのかとつい思ってしまうのは(この点はすでに批判の声も聞こえてきている)、
 ①この制度を受けるためには、この制度の対象となっている大学等に入学しなければ利用できない。これは上述したように2020年度から始まった高等教育修学支援制度が同様の規定で運用されている。
 ②現行の大学学費の無償化制度には「給付型奨学金」もセットであるが、2025年からの制度にはないため、生活費の支援は受けられない。
 ③子どもを3人以上扶養が条件なので、子ども3人がすべて大学生であれば、この3人が対象となり、所得制限はない。ところが第1子が大学を卒業すると扶養対象者から外れ、扶養する子どもが2人となるため、まだ大学生の第2子と第3子は無償化の対象外とされてしまう。
 ④「無償化」とは言うが上限が定められていて、授業料は国公立大学が約54万円、私立大学が約70万円、入学金は国公立大学が約28万円、私立大学が約26万円となっている。したがって不足分は自分で払うということになる。
 といった点が明らかになっている。
 
 私がうまくごまかされているのではないかと囁いたのは上記の理由からである。
 しかし、なんといってもこの制度が「異次元の少子化対策」の一つだとしていることこそ我々をごまかしている最大の点ではないだろうか。
 大学生になる子供の授業料や入学金を補助する(決して無償ではない)ことで少子化に歯止めがかかるとはとうてい思われない。射る矢の的が最初から外れているからである。ましてやこのような中途半端で不完全な仕組みで子どもを3人以上持とうなどとは誰も思わないだろう。だいたいこのような的が外れた「異次元の少子化対策」なるものを岸田首相はいつまで継続させるつもりでいるのだろうか。

 そもそも岸田首相が言う「少子化対策」とは何か、本来、打つべき施策は出生数の減少に歯止めをかけ、増加に向かわせることではないのか。そうだとすればこれから出産しようとする人びとに目が向けられなければならないはずである。しかし、2025年からの「大学授業料無償化」は〝子育て支援対策〟であって、本来の意味での「少子化対策」にはなっていない。
 すでに大学に進学しようとしている子どもを持つ親ではなく、これから子どもをもうけようとしている親やこれから結婚しようとしている人びとに出産、そして子育て終了までの手厚い支援をし、安心して結婚、出産、子育てができる社会的環境の実現を目指さなければならないだろう。
 ただし、これらの施策を実現させるためには莫大な財源の確保をしなければならなくなるのは当然だろう。かくして〝あちらを削ってこちらに充てる〟式の予算分配方式が横行することになる。思いきった大胆な財源を当てることなど望むべくもない現在の予算編成手法を見ているかぎり、結局、中途半端な〝ごまかし〟的、場当たり的施策となってしまうしかないのだろう。
 2025年から実施されるという「大学授業料無償化」は、「異次元の少子化対策」の一つと位置づけられているようだが、上述したように的が外れているだけでなく、たとえ〝子育て支援対策〟であってもその効果があまり期待できない施策と言わざるを得ない。

 元大学教員

(2024.4.20)
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