【投稿】

有閑随感録(60)

公立大学を考える

矢口 英佑

 国公立大学の入学試験はこれからだが、3月まで入試を実施する私立大学は少なくないとはいえ、多様な入試形式の大半は終了している。そのため4月からの新年度入学者数の大勢は見えてきていると思われる。おそらく多くの私立大学で志願者数が昨年より減少傾向にあると予測される。特に地方の中小規模の私立大学は厳しいにちがいない。
 日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)は2023年8月30日、2023年度「私立大学・短期大学等入学志願動向」を公表していたが、集計した600校のうち、定員割れの大学は320校。大学全体に占める割合は53.3%で過去最多を更新した。全国の私立大学の半数以上が定員割れを起こしていて、2022年度より30校以上も増加している。

 これに危機感を持ち始めているのが、こうした動向を追い続けている私学事業団で、2021年に『学校法人の経営改善等のためのハンドブック』を出し、その中の1章を割いて経営破綻が危ぶまれる学校法人の取るべき方向性と法人整理の方法を示していた。在籍している学生に卒業まできちんと学習の機会を与え、教職員の生活を保証し、中途で経営を放棄することなく、首尾良く軟着陸して閉校することを求めているわけである。
 もっとも私立大学が閉校を決めるまでには経営改善へのさまざまな方策が取られるはずで、そう簡単に閉校を決断するわけではない。換言すれば、閉校は万策尽きた状況に追い込まれたわけで、その数が次第に増加することは避けられないと私学事業団は見ているのだろう。

 志願者数が減少してきている大学が取る一般的な方策としては、学生募集方法や入学選抜方式の変更、学科・学部再編や新たな学科・学部増設などがあり、社会の変化や学生・保護者の要望に応えようとするもので、まだ攻めの改変と言える。しかし経費削減や人件費削減の努力ならまだしも教職員の給与削減などの改変となり始めると経営的に守りに入って、先行きに厳しさが増してきている状況と言える。

 このような状況に追い込まれた私立大学が取る方策は、さまざまな条件が絡むので一概には言えないが、おおよその方向はとにかく閉校せずに生き延びるにはどうするかである。かくして学生から学習の機会を奪わず、教職員の生活を保つ一つの解決策が、特に地方の中小私立大学で起きている公立化の動きにほかならない。
 ただし、地方自治体を運営母体とする公立大学の増加は私立大学の延命策だけがもたらした現象ではない。公立大学増加の一つの理由は、1970年に「高齢化社会」(65歳以上の人口が全人口比7%以上)となり、1995年に「高齢社会」(65歳以上の人口が全人口比14%以上)、2010年に「超高齢社会」(65歳以上の人口が全人口比21%以上)となっていることに関係している。高齢者向けの介護や看護などの保健福祉の分野における公共サービスの基盤整備を進める必要に迫られてきたからである。

 このような社会状況の変化への対応策として、国は1992年に「看護師等の人材確保の促進に関する法律」を定めて、その第4条に「地方公共団体は、看護に対する住民の関心と理解を深めるとともに、看護師等の確保を促進するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」としたのだった。
 看護師等の志望者はもともと多いとは言えず、採用人数に対し応募者数が集まらなかったり、自治体によっては30代、40代の看護師等の確保が困難であったりと、人材確保、そして定着を確実に実行するにはかなりの困難がともなっているのが現状である。しかも超高齢化社会の日本で高齢者の保健福祉面の公共サービスを十全に行なうとなれば、それに従事する人材は不足することはあっても供給過剰などにはなり得ないと言っていいだろう。

 そこで国はこれまで看護系の公立大学の新増設などの施設整備に対する抑制政策から転換を図り、地方自治体での医療人材養成の促進を図るようになった。
 こうして地方の中小私立大学で医療系の学部や学科を備えながら定員割れが続き、経営状況が思わしくない大学が自治体に公立化を働きかけるようになってきていたのである。自治体としても上述したような事情から、みずからの自治体に設置されている私立大学に目を向け、公立化を視野に入れるようになってきていた。公立大学となった大学の約半数に看護・保健医療系の学部があるのはそのためである。

 また地方自治体にとって少子化も放置できない課題である。若者が故郷を捨てて大都市圏に身を移し、残るは高齢者ばかりといった深刻な地域衰退状況に歯止めをかけなければならないからである。安倍政権時代に言われ始めた地方創生の一つの政策として、大都市圏にある大学の収容定員数の厳格化を図って入学者数を減らし、地方の大学に留まって学ぶ政策がとられた。地方の中小私立大学の中には多少経営的に改善をみたところもなかったわけではないが、大局的にはやはり学生数は減少傾向である。こうして、政府の地方創生の掛け声が続いているのに乗じて私立大学からの公立化の要望が増えてきているのである。

 公立化された大学の学納金はおおむね国立大学並みに引き下げられ、55万円前後となる。公立化される以前に比べて学納金は格段に安くなる。ただし、公立化を受け入れる自治体は当該私立大学の学部再編や合理化を進め、一学年の定員数を減らす。しかし、学納金の安さやブランド力の高まりから志願者が大幅に増えるのが一般的傾向である。むろん入学競争率も上昇する。公立化を受け入れた自治体からすれば、優秀な学生が確保でき、そうした学生が卒業後、地方に留まり地域の活性化に役立つ人材となることを期待しているのはまちがいない。

 ただし楽観は許されない。公立化した大学には国から運営交付金が支給されるとはいえ、少子化が改善する気配はない。そして、継続的に学生の確保ができ、卒業生が地元に留まり社会人として活躍することが保証されているわけでもない。
 学費が安く、学生定員が少ないだけに学納金で大学運営をすることは難しく、国からの交付金があるとはいえ、次第に自治体の財政を圧迫していく可能性は否定できない。しかも私立大学の公立大学への移行は私立大学救済の一面があるだけに、自治体納税者から税金の無駄遣いの声が上がらないとも限らない(既にそうした声が上がっている公立大学もある)。
 それだけに地方の大学の公立化には、自治体にとってその私立大学の存続が設置者を変更してまでもメリットが大きいと判断されたときにだけ実行が許されるものでなければならないだろう。そうでなければ、公立大学への転換が結局、閉校への延命策にしか過ぎなかったとならないとも限らないからである。

  (元大学教員)

(2024.2.20)
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