【コラム】

有閑随感録(68)

大規模オンライン大学設置認可
矢口 英佑

 つい2週間ほど前に全てオンラインで授業を展開する4年制大学の設置が文部科学省から認可された。そのことはマスコミでも取り上げられていたが、これまでの大学の形態から言えば大きく異なるものとなっている。
 従来から生涯学習機関として、社会人などを念頭において、大学教育の機会を提供することを目的とした通信制の放送大学のようなものはある。全国展開であり、授業形態は放送、対面、オンラインの3形態があり、在学年数は最長10年とされていて、この間に124単位修得することになる。
 だが今回認可された大学は、1学部1学科。4年制。入学定員数3500人(学生定員数は3500×4年)。入学選抜での学力試験はなく、志望理由と小論文のみ。大学への通学は不要。授業料は年間38万円。入学検定料・入学金は66,000円。といったことが公表されている。
 この大学の詳しい中身はわからないが、上記の情報だけでも〝学舎(まなびや)〟がなく、通学しないため、基本的には教師や同級生、事務員などとの接触が日常的にないことになる。学びについても〝対面授業〟はなく全てネット上の画面を通して行われる。
 経営者側から見れば、校舎を建設し、学びに必要なさまざまな教室や設備を整える必要がない。さらに校舎、教室の維持費のほかさまざまな費用も必要なくなる。したがって授業料が38万円で一般的な私立大学の授業料に比べて半額以下に抑えられるのだろう。
 また学ぶ側からしても通学の交通費や食費、さらには部屋代などの支出が不要となる。

 ところで、こうした形態と授業展開を特色とした大学の設置申請を審査した文科省は、この大学に対してかなり多くの「?」をつけていたらしい。文科省が公表した令和7年度開設予定大学でのこの大学への附帯事項に記された「遵守事項」「助言事項」が11項目に及んでいる。またこれより以前、この大学設置開設に対して文科省は8月段階では設置認可を「保留」としていて、認可に二の足を踏んでいたのである。結果的に認可したものの附帯事項がこれだけ多くなったのだろう。
 私からすれば、これだけの附帯事項をつけなければならない大学の設置を文科省がなぜ最終的に認可したのだろうかと思わずにいられない。
 いくつかの付帯事項を見てみよう。
 △ 設置の趣旨・目的等が生かされるよう、設置計画を確実に履行すること。また、開設時から4年制大学にふさわしい教育研究活動を行うことはもとより、その水準を一層向上させるよう努めること。
 △ 安定的・継続的な授業の実施や学生の個人情報の管理等 のために、情報セキュリティの定期的な検証や必要な改善・ 充実を図ることにより、通信教育課程の適切な運営に努めること。
 この2点の遵守事項からは、この大学の教育研究体制や教育水準の維持・向上に対する文科省としての不安が少なからずあり、4年制大学としての質の担保に対して問題なしとは言えないことが明らかである。さらに、

 △ 教育にふさわしい環境確保の観点から、アドミッション・ポリシーを踏まえた適切な入学者選抜の実施に留意しつつ、設置計画における収容定員に見合った学生の確保に努めること。また、入学者数等の状況に応じた収容定員の適切な規模について不断の検討を行うとともに、必要に応じて定員の見直しを図ること。
 △ 定員規模が大きいことから、安定的に学生確保ができない場合の学校法人運営に与える影響が特に大きい。その場合に想定されるリスクを避けるためにも、新設組織 に対する社会的なニーズを客観的な根拠に基づき分析するなどして、戦略的な学生募集活動に取り組むこと。また、学生募集活動の実態を踏まえた取組の実効性につい て不断の検証を行い、必要に応じて取組の改善を行うこと。
 この2点からは、入学者選抜で学力試験がないことと、学生の収容定員確保がこの大学が目指す人材育成方針とズレてはならないことに釘を刺している。その一方で予定した学生数が確保できるように学生募集活動を適切に行い、学生が確保できないときには財政的な破綻を招く前に迅速に学生収容定員数の見直しをするよう指示している。
 当初、この大学は設置申請時に入学定員数5000名としていたようだが、文科省が3500名に減員させたようである。それでも3500名という人数を1学部1学科で確保できるのか文科省が不安視しているのである。また遵守事項ではなく助言事項の中には、

 △ 養成する人材像等において、課題解決ができる人材の養成を掲げていることから、正課内において対面のコミュニケーション力について育成することが望ましい。 また、課外においても、学園祭やイベントのような学生が集まる機会を提供することについて検討することが望ましい。
 とある。この大学では完全オンライン授業のため通学は不要としていることから、文科省としては教師と、あるいは学生間のつながりがあまりにも希薄になることへの危惧を抱いているのである。

 これほどの付帯事項をつけ、見切り発車のように文科省がこの大学の設置を認めたのは、私の推量にしか過ぎないが、完全オンライン授業による通信制大学の行方を見定めてみたいという姿勢があるのではないだろうか。
 いずれにしてもこの大学は2025年4月には新入生3500人によって授業が始まる。
 文科省の注文に対するこの大学の対応がどのようなものであったのかは、卒業生を送り出す4年後には一定程度わかるにちがいない。あるいはもっと早くに。
 
元大学教員

(2024.11.20)
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