【コラム】

有閑随感録(69)

書店活性化は可能か
矢口 英佑

 今からほぼ2カ月前の2024年10月4日に、経済産業省が「関係者から指摘された書店活性化のための課題(案)」を公表していた。
 経産省が2024年3月に立ち上げた書店振興プロジェクトチームが関係者へヒアリングして、書店活性化のための課題を整理したものである。
 「関係者から指摘された書店活性化のための課題(案)」(以降は(案))には公表した趣旨が次のように記されている。
 「書店は文化の発信拠点であり、多様な考え方を維持し、国力にも影響を与えうる、きわめて重要な社会の資産である。しかしながら、現状においては、活字離れ、ネッ ト書店の拡大などから厳しい状況におかれ、一つまた一つと閉店が続いている。こうした事態を放置すれば、多くの地域が無書店地域という、あってはならない状況になってしまう。我々は、書店減少の趨勢を変えていかなければならない。」
 こうは言うものの、日本全国の書店数が2000年にはおよそ21,500店舗あったものが、2023年には10,927店舗とほぼ半減してしまっている。驚くべき速度で減少していると言わざるを得ない。出版文化産業振興財団の調査によれば、書店ゼロの自治体は2024年8月末時点で、全体の27,9%に上り、「市」に限ると15道県の24市が書店ゼロとなっている。
 こうした状況になって国もようやく動き始めたといえる。上述の趣旨に記された現状認識はその通りで、実際にはもっと厳しい状況にあることが推測される。そして、この(案)はあくまでも(案)でしかなく、具体的な実行施策が示されているわけではない。
 「今回、課題整理という形で提供させていただいたのは、読み手、国や地方公共団体、関係業界の方々が、これらの課題を目にすることで、それぞれができることを認識して、何らかの実行に移していただくことを期待してのことである。本課題の共有を通じて、関係者間の新たなコラボレーションが生まれ、文化の接点、いや国力の拠点としての書店の生き残りに繋がることを念じてやまない。
 政府としても、今後、本件の課題整理を関係者と共有し、取組を促進するとともに、政策の検討を本格化していく」とも趣旨は記している。
 この趣旨から読み取れるのは、経産省はあくまでも現状が抱える課題、問題点を整理する音頭は取るが、踊るのは出版、流通、販売に関わる関係者であるとしており、この時点では主体的に動くつもりはないことが窺える。とはいえ「書店減少の趨勢を変える」努力を関係者だけにゆだねるだけでなく、国としても放置できない状況に至っている認識度は高まっているのはまちがいない。
 (案)で触れていたが、これ以上書店が消えてしまい、そのような環境で育つことになる次世代を担う子供たちが、
 「書店は、日本の文化、日本人の教養、さらに言えば日本人の人間力といったものと深く結びついている産業である。また、街中にある書店は、地域住民にとって、多様なコンテンツに触れられることができる場として、地域に親しまれており、創造性が育まれる文化創造基盤として機能してきた。(中略)書店を知らず、新たな本に遭遇することなく、それ故に、多様な思考に触れることがなく、自らの経験とすることがなく、成長していくことを強く懸念する。ひいては、我が国の存立基盤や競争力を大きく左右することにもなりかねない」。
 という捉え方をしているのであるから、国がもっと強く主導権を握って現在の窮状を打開する施策を積極的に打ち出していくべきではないだろうか。
 たとえば、日本独特の「再販売価格維持制度」は、独占禁止法の適用が除外されていて、全国一律の価格で本を販売し、書店は勝手に本の価格を変えることはできない。再販制度については、以前この欄で書いたことがあるのでこれ以上触れないが、こうした制度を変えるとなれば、国が主体的に動かないことには始まらないだろう。現在でも出版関係者たちのそれぞれの思惑が交錯し、再販制度に反対する声も大きくなってきてはいるものの、それ以上の動きには至っていない。
 この制度がある限り町の書店は経営的に苦しくなっても商品(書籍、雑誌)の価格を動かすことができないため、ますます経営が先細りしていくことになるのである。したがって私は再販制度には疑問を抱いている。
 また、委託配本制度(出版社から取次、取次から書店に本の販売を委託する)は、出版社とすれば全国の市場へ流通させることができ、書店にとっては選書することなく、在庫リスクを抱えずに多様な書籍を揃えることができる仕組みである。しかし、出版社は売れなかった書籍は返品されて、書籍代は取次に返金し、倉庫に戻して保管料がかさむ在庫リスクが出てくる。そのため書籍1冊の売り上げに対する書店の取り分はおおよそ20%程度(一定ではない)と低く抑えられている。
 書店のことで言えば、書店の規模も大きく関わってくる。誰もが経験していると思うのだが、大規模書店での品揃えは豊富で、小さな書店では欲しい書籍が店頭にはなく、注文取り寄せとなる。書籍雑誌を配本する書店や配本部数は原則的に出版社、あるいは取次に任せられている。そのため書店の規模が大きくなればなるほど、より多様な書籍、より多くの部数が届けられ、届ける時期も早まり、販売タイミングでも小規模書店よりずっと有利になっているのである。
 書店の減少を食い止めるためには委託販売制度についても改革が必要な時期に来ている。輸送料が値上がりし、取次による各書店への配本が思うように動かなくなってきており、取次が扱う書籍も大きく減少してきている。要するに全国の市場へ過不足なく流通させることができなくなってきているのである。新刊本が書店に届く(特に地方の書店)までに2週間以上かかることも珍しくなくなってきている。
 町の書店は「再販制度」でのメリットよりもデメリットの方が膨らんできていると私は見ている。そして、書店が生き延びるためには書店の書籍1冊の売り上げに対する取り分率を現状より上げていかなければならない。そのため出版社の取り分を減らすことになるのだろう。書店がなくなってしまえば出版社の新刊本を販売する場所を失うことになるわけで、出版社としても辛いところだが、出版流通業界全体が生き延びるためには、こうした思い切った転換が必要な時期にきている。
 このようなことを思いつつ、今回の経産省の(案)に示された「書店活性化のための課題の整理」を見ると、かなり細かな点にまで触れられている。以下にそれらの課題を記しみよう。
 1.来店客数の減少
 2.粗利率を抑制する流通慣行(粗利率と小売価格) 
 3.再販売価格維持制度によりコスト転嫁が困難
 4.多過ぎる出版物の刊行点数
 5.委託制度による返品率の高さ・適正配本の必要性
 6.書店規模を優先した配本
 7.書店における注文書籍の到着の遅れ
 8.雑誌に依存した流通形態
 9.発売日協定による配送指定
 10.公共図書館の複本購入による売り上げへの影響
 11.公共図書館での新刊貸出による影響
 12.地域書店による公共図書館への納入
 13.図書館の納入における装備費用の負担
 14.新規出店の難しさ
 15.キャッシュレス決済の手数料負担
 16.キャッシュレス決済の入金サイクルによる資金繰りの悪化
 17.ネット書店との競合
 18.地方自治体(公共機関、学校等)による調達方法の変化
 19.文化拠点としての書店の重要性の理解の希薄化
 20.書店による新事業開拓の不足
 21.多様な特色ある書店への展開不足
 22.活性化のための書店主催イベントの支援拡充および手続き緩和
 23.国や地方の補助や助成の活用の低さ、手続き負担
 24.新商材等の導入にあたっての支援 
 25.DX化、データ管理の遅れ
 26.店頭の在庫情報が未把握
 27.万引き問題
 28.付録付き雑誌などの店頭オペレーションの負担
 29.文化施設、読書推進人材の活用機会が希薄

 これらの整理された課題に現在は書店だけでなく小売全般に共通する課題も大きく絡んできている。(案)には 1.物流費の上昇 2.人件費など店舗運営に係る費用の上昇 3.物流の2024年問題 4.人手不足 5.後継者不足が挙げられている。
 経産省がこれらの課題にどれだけ主導的に絡んでいくことになるのか、今後の動きを注視していきたい。

(2024.12.20)
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