【コラム】
有閑随感録(72)
就学支援制度の緩和
矢口 英佑
私は2023年5月の『オルタ広場』に文科省が「修学支援制度」を見直し、より厳格化する方向であることについて触れた。
「修学支援制度」とは、大学、短大、高等専門学校(高専)、専修学校(専門学校)等の教育機関で学ぶ学生たちへ授業料等の減免と給付型奨学金を支給する制度だ。支援が受けられる学生は、住民税非課税世帯か、それに準ずる世帯という基準が設定されていて、世帯年収によって3段階の区分(現在は4区分)があり、世帯構成や通う教育機関によって支援金は異なっていて、毎年見直しが行われる。具体的には、私立大学へ自宅以外から通う場合、最大で年間約70万円の授業料減免と約91万円の奨学金支給が受けられる。また2024年度には、対象となる世帯の範囲が拡大され、年収が600万円程度までの世帯で、子どもが3人以上の多子世帯や、私立大学理工農系の学部・学科に在籍する学生も対象となった。2025年度からは多子世帯の学生に対して、所得制限がなくなり、大学の授業料・入学金を一定額まで無償化(全額ではない)された。
この「就学支援制度」は2020年度から始まったもので、実施期間はまだ僅か5年ほどでしかない。それが2024年度からは「機関要件の厳格化」と「中間所得層への支援拡大」がセットで打ち出されたのだった。いわば飴とムチの併用で、「中間所得層への支援拡大」は、これまでの「住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯」という基準を拡大するもので、こちらは「飴」ということになるだろう。一方、「機関要件の厳格化」は学生を受け入れる教育組織に対する制度見直しで、こちらは「ムチ」と言えるもの。
文科省が大学、短大等で定員割れを起こしている教育機関が5割を超え(2024年度は59.2%)ている実情から教育機関の一層の経営努力を求めようとしたのは明らか。文科省が就学支援制度を機関として認める要件は、
① 直前3年度すべての収支計算書の「経常収支差額」がマイナス
② 直前年度の貸借対照表の「運用資産-外部負債」がマイナス
③ 直近3年度すべての収容定員充足率が8割未満
この3つの要件に当てはまらないことだった。言い換えれば、これらのすべてに該当した場合、就学支援制度の対象機関から外され、国からの財政的な補助が得られなくなることになっていた。それが2024年度からは、①と②の2つの要件ともに該当するか、あるいは③に該当した場合は、就学支援制度の対象機関として認められないことになった。つまり①と②、あるいは③のいずれかの要件で対象機関から除外されることになったのである。
ただし、救済措置として「直近の収容定員充足率が5割未満に該当せず、直近の進学・就職率が9割を超える場合は、確認取り消しを猶予」するという規定が加えられた。
「機関要件の厳格化」によって定員充足率だけで就学支援制度の対象機関から外されてしまうため、高等教育機関としては、うかうかしていられない。学生が就学支援制度の対象機関から外された大学への受験に二の足を踏むのは明らかだろう。経営的に苦しい大学は一人でも多くの入学者を確保したいところであり、その教育機関選択の後押しになるはずの就学支援制度が外されては、ますます学生確保が難しくなり、経営破綻に近づくことになってしまう。
一方で受験者の大都市圏大学への入学希望者を地方大学に振り分けることをもくろんだ大都市圏大学の収容定員数厳格化という文科省の方策は見込み通りには推移せず、大都市圏の大規模大学への志願者数はむしろ増加傾向にある。
結局、「機関要件の厳格化」は学生募集に四苦八苦している地方の大学により大きなダメージを与えてしまった。いや文科省はこの「機関要件の厳格化」に踏み切ったときから、すでに経営状況が思わしくない教育機関に閉校を決定する時期を早めさせることになるという認識を持っていなかったとは思えない。「地方活性化」という安倍政権以降、国の方針として大いに謳われ続けている方向性の足を引っ張るような施策を文科省は採って、実施し始めたのである。
ところが2025年3月に実施からわずか1年で「機関要件の厳格化」を緩和するという朝三暮四的な変更を公表するに至った。文科省がこのような事態に追い込まれた要因は、定員割れをくい止められない教育機関へのペナルティーとしてだけ「機関要件の厳格化」を捉えていたからだろう。
文科省が要件緩和の理由として、就学支援制度の対象外となる私立大学等が急増して予想を上回り、特に地方の教育機関で増えてしまったことを挙げていたが、上述したように文科省は「機関要件の厳格化」を進めたときにこうした事態を招くことはすでにわかっていたはずである。〝学びたくても学べない学生が学べる制度〟と言いながら、文科省みずからその門を狭くしてしまったのであるから。
結果として、基準以上に定員割れが続いても、同じ道府県に同じ分野の代替進学先がなかったり、地域に必要な人材を養成する学部や学科があったりと、地方学生の進学機会を確保するのに必要な大学は支援制度の対象外とはしないことに変更された。
また、対象外となってしまった教育機関でも3年後に「直近3年連続で在学生が定員の6割以上」と「進学・就職率が9割超」などの条件を満たすと対象機関に復帰できるようにした。
「機関要件の厳格化」をこのまま進めれば、閉学する教育機関の急増となり、地方活性化のための人材育成と供給が難しくなるのは明らかで、要件緩和は当然である。だがそれにしても文科省のやり方は「厳格化」も「緩和」もお手軽で、学生募集で苦戦し経営が苦しいなかで教育事業を進めている教育機関の努力への配慮があまりにも薄いようである。
かくして文科省の今回の「厳格化」から「緩和」への転換も何事もなかったかのように推移してゆくのだろう。
元大学教員
(2025.4.20)
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