【コラム】酔生夢死

根本治療

岡田 充

 ​1月の入院に続いて3月末、再び誤嚥性肺炎を起こし入院・治療生活に戻ってしまった。今回の入院で初めて「下の世話」になった。孫のような若い女性看護師からおむつを替えてもらい、排せつの処理をしてもらうのは想像するだに「恥辱」だったがすぐに慣れた。

 仕事とはいえ、「下の世話」を喜んでする看護師は少ないと思う。今回は「床ずれ」の治療も受けた。医療用語では「褥瘡」と呼ぶ。筆者の場合、長時間椅子に座って原稿書きをしていたことが原因。
 東京郊外にあるこの地域中核病院では、190名の看護師が年度末に一斉退職すると聞いた。ざっと600名いる看護師3割に当たるから少ない数ではない。看護師から理由を聞けば、長時間労働、低賃金、過酷な夜勤など労働条件に関することばかり。しかも労働組合などない。
 この病院は看護大学も経営しており、毎年4月には200名近い看護師の就職が見込まれるため、看護師は「使い捨て」状態でも経営圧迫にならない。だが、この病院を辞めて「新天地」に移って果たして、労働条件は改善されるのだろうか。

 化学療法の緩和ケア―で「進んでいる」と聞いて茨城から就職してきた一年生看護師もいる。この仕事を選んだのは中学生のころ、祖母ががんを患い化学療法の副作用で苦しんでいる姿をみたことだった。
 初任給は諸手当を入れて約21万円。6畳一間の看護師寮費は2万円強だから、ぜいたくはできないが何とか生活できる。今は緩和ケア―というモチベーションがあるかるから頑張れる。だが将来設計は描けない。結婚して子供が欲しいと漠然と思う、実際にそれができるのか確信は持てないのだ。

 この病院は、看護師不足の穴を埋めるため看護助手を大幅に増やしている。中には米ユタ大学で看護師資格をとり日本人と結婚した30歳代後半の香港出身女性もいる。しかし厳しい日本語検定試験のハードルが高く、看護師にはなれない。労働力不足という構造欠陥を埋めるため、国は外国人労働力の移入に必死だが、日本語の壁と奴隷労働のせいで、多くの外国人労働者は日本を忌避するだろう。

 ある夜、汚れたオムツ取り換えをお願いしたら、若い看護師が香港出身の助手を伴いやってきて取り換えさせた。下の世話は嫌なのだろうが、助手にやらせるのはルール違反。労働環境や条件が厳しくなると、看護師は高齢患者の体調より、自分の責任回避を優先する。内向きなのだ。職業倫理など消え去る。

 いまこの国を覆う問題と矛盾を洗いなおすと、雇用と労働環境、年金をめぐる伝統的な日本社会の構造問題に行き着く。天皇を頂点にするピラミッド型タテ型社会構造は、明治以来の近代化に起因するのか、それとも徳川300年の階統制に由来するのか答えは出ない。閉塞打破には根本治療が必要。パーティ券めぐる自民党政治資金問題や大谷通訳問題などは些末に過ぎない。(了)
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(2024.4.20)
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