「棚上げ」以外の途はない

                          岡田 充


かたや10時間、こなた25分~。アジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれた北京での米中首脳会談と日中首脳会談の所要時間のことである。会談の重要性は時間だけから判断すべきではない。重要な懸案がなければ、会談をしない選択肢だってある。ただ日本と中国の場合、誰もが知っているようにこの2年半、首脳会談は一度も開かれない異常事態が続いてきた。
 
それにしても、会談に臨んだ安倍晋三首相と習近平・中国国家主席の対面風景は異様だった。「お会いできてうれしい」という安倍あいさつの通訳も聞かずに「ふくれっ面」のまま顔をそむける習。その様子を見て、引きつった笑顔を浮かべて握手する安倍。満面に笑みを見せオバマ米大統領と握手する習とはまるで別人のようだ。多くの読者は「中国はホスト国なのに、大人気ない…」という印象を抱いたろう。
 
「大人気ない」というのは、それが本音の表出とみるからだろう。「本当は会いたくないけど、嫌々会ってやった」という気持ちがカオに出たという意味だが、実はそうではない。「演技」である。少し説明する。日本政府による尖閣諸島(中国名 釣魚島)国有化と、安倍の靖国神社参拝によって、日中関係は国交正常化以来最悪の状態にある。今回、「前提条件抜き」で首脳会談を求める日本に対し、中国側は「領土問題が存在することを認め、靖国参拝はしない」確約を事前に求め、対立していた。
 
そこで最後に出た切り札が、事務レベルトップによる合意文書の作成だった。
どちらの側からも都合よく解釈できる典型的な“玉虫色”文書。尖閣については、中国側は主語を「領有権」と読んで「異なる見解があることを日本側が初めて認めた」と解釈する。一方、日本側は主語を「領有権」ではなく「尖閣をめぐる緊張状態が生じていること」として「異なる見解とは、政策変更を意味しない」と日本向けに説明できる。見る角度によって違う色に見える「玉虫」の意味だ。
 
文書が発表されると、日本と中国の「ナショナリスト」から早速、自分のリーダーを「裏切り者」と罵倒するネットの書き込みが炎上した。ホスト側の「演技」とは言うまでもなく、国内向けのカオであった。この文書は首脳会談実現のためだけに作られた便法にすぎない。中国は、尖閣への公船接近を止めないし、領有権をめぐる日中協議が始まるわけでもない。25分の会談に実質的な中身があったわけではない。
 
しかし何はともあれ、首脳同士が顔を会わせて関係改善に向けて話し合いの一歩を踏み出すことを確認したことは評価していい。この一歩がなければ、次のステップはないのだから。ただステップからジャンプをして着地するまでの道のりはかなり長い。尖閣も歴史認識も、正面から議論しても着地点は見つかるまい。

結局この問題を目立たせぬよう関係改善の方途を探ろうとすれば、「棚上げ」以外に途はないことが分かるはずだ。
 
今回の会談から日米中の三角形に変化はあったのだろうか。日中が米国を「引っ張り合う」構図がはっきりし、米国はバランサーとして 三角形を規定する役割を演じ続けられる。米中の辺の距離が縮まり、冷戦期のように日米同盟だけが三角形を規定できる時代ではなくなった。これは自覚してよい。(了)
             (共同通信客員論説委員)


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