【メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】

(7)森の池の蛙たち

高沢 英子


 さあ、蛇夫人のまがまがしい宣告を聞いたサングルポットとカッドゥルパイは、あせりまくりました。蛇夫人は、かれらの、だいじな仲間のトカゲおじさんを、おひるごはんに、煮て食べるつもり、と云い放ったんですから。
 大変だ! どうしよう。ふたりが半泣きになって、早くおじさんを見つけて助け出さねば、と大さわぎしていると、とつぜん“池だよ、蛙たちのところへ行ってみなよ!”と頭の上で、さけぶ声がしました。見あげると、1羽のカラスが、なんべんもなんべんもくり返して、そう叫んでいるんです。

 わかった! 蛙さんに聞けばいいんだ。とカッドゥルパイ。すぐ近くだよ。とサングルポットも声をを合わせ、探しに行こうとしているところへ、大きな目玉をぎょろりとさせた一匹の蛙が、土堤のほうに這いあがってきました。
 「おれ知ってるよ。この土手裏の道を行くと、蛇の家があるのを。あんたたちの友だちは、その家の土牢の中にいるよ」

 これを聞いた二人は、もう一刻もぐずぐずしてられないと、かれの案内で土手の裏通りを、池に向かって急ぎました。
 ありました! 大きな池が、おおぜいの蛙たちが、そこで、さかんに、いつものように、ダイビングゲームを楽しんでいます。
 そこで、この大きな「目玉蛙」は友だちの「痩せ脚」に重々しい声でよびかけました。

 「おい痩せ脚よ! この若いナッツ坊やたちは、蛇ばあさんとのトラブルにまきこまれてるんだ。この子たちのだいじな友だちが、あのばあさんの土牢に閉じ込められてる。助けてやろうじゃないか」「了解!」
 「ぼくらは、ゲームしてるふりして、このナッツちゃんたちを一人ずつ負ぶって池の底をくぐって、蛇ばあさんのすきをみて、彼女の持ってる土牢にいれられてる友だちのところまに、送りとどけてやろうぜ」
 いうなり、彼はサングルポットを背に乗せると、高い岩の上によじ登りました。

 そこで、カッドゥルパイを背負った痩せ脚もそれに続きました。
 目玉蛙の背に乗ったサングルポットは、びくびくしているカッドウルパイに「しっかりつかまるんだよ。息は止めて!」と励まし、カッドウルパイは眼を閉じて、痩せ脚の背にしがみついていました。
 サングルポットを背に乗せた目玉蛙は、池に、ざんぶと飛び込むと、深い水底を泳ぎ渡り、たちまち向こう岸にたどり着き、カッドゥルパイを乗せた痩せ脚も、脚をすばやく動かして無事泳ぎ着きました。

 いました! トカゲおじさんは。崖下の湿っぽい土牢の中で、目を閉じ、死んだように気を失って倒れていました。手足を縛られ、身動きできないように、頭に大きな石までのせられています。これを見た痩せ脚は、真っ青になって、おかみさんが病気なので急いで池に戻らなくちゃ、と帰ってしまいました。
 サングルポットと目玉蛙が土牢の中に入ってゆき、カッドゥルパイは見張り役です。サングルポットと目玉蛙は、トカゲおじさんの縛られている手足の紐をとき、トカゲおじさんの頭の上の石を転がして崖下におとし、トカゲおじさんは、やっと目を開け息を吹き返しました。

 しっ! そのとき、目玉蛙が緊張した声でささやいて耳をすませました。遠く、洞窟の横穴あたりから、ぱらぱらっと小石が落ちる音が聞こえてきたのです。
 トカゲおじさんは跳ね起きると、サングルポットを背中にのせ、外に飛び出しました。かれはもうすっかり元気です。私についてきて!と外にいたカッドゥルパイをひっつかんで「道は知ってるから」と走り出しました。

 このあたりの描写は、眼に浮かぶような緊迫感があって、とてもスリリングで、きっと子ども達をどきどきさせたことでしょう。
 でも、目玉蛙さんは? どうなったのでしょう。

 トカゲおじさんは立ち止まって、はっと耳をすませました。「目玉蛙さんはどこへ行った?」サングルポットとカッドゥルパイもじっと耳をすませました。
 その時遠くで「私は無事だよ」という弱弱しい声がしてきました。
 土牢から逃げ出す三人のうしろで、目玉蛙はわざと跳んだりはねたりして、蛇夫人が戻ってくるまでに、トカゲおじさんと二人のガムナッツ坊やが無事に逃げのびられるように、命がけの演技をしていたのです。
 そして、このかれの「無事だよ」という声とほとんど同時に、かれは、追いついてきたた蛇夫人にうしろ脚を咥えられ、あっという間に、呑み込まれてしまったのでした。

 長い間神秘のベールに包まれていたブッシュの森の世界を、子ども達に初めて開いてみせ、物語にして書き続けたメイギブスは、残酷なことや、悲しい話も、決して見逃しませんでした。
 森の生きものたちの運命は、めでたしめでたし、と勧善懲悪の甘いおとぎばなしで終わらせることはできません。
 人間社会とおなじように、生きものだって、同じ類でも親切で勇敢なのもいれば、臆病で気が弱く卑怯なのもいます。けれども、それぞれ大自然のきびしい現実に立ち向かって懸命に生きています。

 ギブスは、こうした生態系のおきても、できるだけ、ありのままに描きこみ、オーストラリアの子供達に生涯発信し続け、地球のすべての生きものは、互いに生存の権利を持ち、大自然の中で共存しながら生きていく神の被造物であることを、ひとは子どものころから知らねばならないと、考えていたと云えるでしょう。

 (エッセイスト)

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