【沖縄の地鳴り】

沖縄の基地負担軽減に逆行
― 不自然な米軍協力の「英語教育」

大山 哲


 政府の経済財政指針「骨太方針」案が、6月15日に閣議決定された。安倍政権の重要施策の一環として「沖縄振興策の方向性」も盛り込まれた。
 沖縄振興策のなにが骨太の方針なのか。中身を吟味すると、議論の余地が残る。とりわけ今回、初めて「米国の協力を得た英語教育の充実」の文言が明記され、施策に組み込まれることになった。辺野古はじめ基地問題で緊迫する沖縄の現状に照らすと、なんらかの政治的意図、思惑が色濃く感じられる。

 国際社会で活躍する人材の育成がうたい文句で、これは地方自治体も含め、くまなく共通の目標であって、なにも国の専売特許ではない。だのになぜ、政府与党が殊更、国の施策として、沖縄だけを対象に英語教育の充実を掲げるのか。
 米軍基地の過重負担を強いられる沖縄では、この「英語教育」が、県民の主体的な意志や感情を逆撫でした、一方的な押し付けに映る。日米同盟路線を突き進む政府のおごりから出た勇み足、との批判と反発の声が表面化している。

 沖縄振興策に「英語教育」が追加されたのは、多分外務省事務レベルの発案であろう。これを自民党沖縄振興調査会(猪口邦子会長)で協議し、提言としてまとめた。当初から米軍協力を前提とした施策案である。
 提言の概要は ①米兵家族など米軍関係者が公立学校で英語の授業をする ②基地内大学への進学促進 ③学校行事への相互交流参加 ④県内学生の米国派遣――など。
 「沖縄に米軍基地は存在し続けるのだから、これを資源として活用しない手はない」
 「米軍の安定的駐留は、沖縄の子どもたちにとってもチャンスでもある」
 こんな唐突な意見も、委員のなかから飛び出した、という。

 さすがに、県連など党内は、県民の反発を恐れ、タイトルは米軍ではなく、「米国」とすべき、とのクレームを付けた。最終的に骨太方針として「米国」に変更された。
 それにしても、米軍専用施設の70%を占める沖縄で、米軍と米国は、ほぼ同義語に近い。施策の内容を担うのは、実質的に「米軍」に変わりはないのだ。

 この施策に河野太郎外相は格別熱心で、昨年12月に来沖した際「沖縄の国際化に積極的に貢献したい」と、米軍を活用した英語教育の充実を初めて表明した。
 河野外相の肝入りで、さっそく外務省は派遣事業として、県内の高校、大学生20人を米国に送り込んだ。3月29日、ニューヨークで前駐日米国大使のケネディ女史が、鳴り物入りで学生たちに講話をした。
 ケネディ氏は沖縄基地の負担軽減には一切触れず、逆に「沖縄は日米安保体制にとって重要な場所だ」と強調。米軍基地への理解を求めたのである。英語教育に託す外務省の真の狙いが、何であるのか。前大使の発言を通しても、意図が見て取れるのではないか。

 「良き隣人でありたい」と願う米軍当局にとって、日本政府の方針は、願ってもない助け舟に思えるだろう。だが、基地をめぐる沖縄の状況は、そんな悠長な話ではない。
 普天間第2小学校運動場への米軍機窓枠落下事故で、強い抗議と飛行中止要請にもかかわらず、米軍はこれを無視して飛行を再開した。基地にまつわる事件、事故は連日続いているのだ。
 たまりかねた翁長県知事は、1月19日に来沖した衆院安保特別のメンバーに、厳しい口調で「米軍は良き隣人ではない」と断言した。マグマは蓄積するばかりである。

 視点を変えても「米軍の協力による英語教育」は疑問だらけだ。基地の存続を前提とした振興策は、政府が絶えず主張する「沖縄基地の負担軽減」や「整理縮小」に逆行し、矛盾しないのか。
 また、政府の沖縄関係予算編成の根拠をなす沖縄振興特別措置法(沖振法)が提唱する「基地依存を脱し、自立発展を目指す」との整合性も問われるはずだ。

 人材育成に名を借りて、日本政府が沖縄で本気に米軍利用の英語教育を実施するなら、この発想は軍政時代の米軍の占領者意識と植民地主義を思い起こさせる。違和感を覚えるのは、そのことである。
 英語教育のことで脳裏をかすめるのは、半世紀以上も前の1950年代、創立間もない琉球大学の授業を、全面的に英語に統一しようとの案が統治者の米軍から提起されたことがある。
 地元の言語、歴史、文化、伝統を全く無視した米軍の露骨な占領者意識に、沖縄側が猛反発。この企みは不発に終わった。

 語学(英語に限らず)を含め、学校教育のカリキュラムの作成の管轄は文部科学省。自治体では県、市町村の教育委員会である。
 本来のルールを破って、政権与党や外務省が、政治的意図から、頭越しに英語教育に介入するのは、それこそ不自然そのものだ。沖縄への今も消えない米軍の占領者意識と政府の差別政策の体現にも見えてくる。

 (元沖縄タイムス編集局長)

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