【コラム】海外論潮短評(118)

海洋漁業の危機―人間が生物を絶滅させる時―

初岡 昌一郎
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 ロンドンの週刊誌『エコノミスト』5月27日号が、巻頭特集記事「ブリーフィング」欄で、海洋漁業問題を取り上げている。同号論説欄トップでは「ディープ・トラブル」というタイトルで同じ問題を論じているので、まとめて概略を紹介したい。同誌はこれまでも、地球環境問題を政治的経済的社会的な観点からしばしば取り上げ、警鐘を鳴らしてきた。保守的かつ経済界寄りのスタンスを基本的にとっているにもかかわらず、同誌には穏健保守の良識と環境問題に対する先見性を示す記事が少なくない。

◆◆ 深刻化の一途をたどる海の汚染

 地球の約4分の3は海で、太平洋、大西洋、インド洋、北極海、南極海の5大洋に分けられている。海は30億人の人々に対し蛋白質の5分の1を供給しており、魚は牛よりも大きな蛋白供給源である。漁業と水産業は世界で10人に1人の生計を支えている。気象システムは海洋の温度パターンと大気との相互作用に左右されている。

 海洋の巨大な規模があらゆるゴミの投棄と資源の採り放題を許容すると、人類は長い間想定してきた。だが、気候変動、乱獲、汚染がそのエコシステムにストレスを与えている。グリーンハウス・ガス放出よって地球上に残された熱の9割以上が海洋にため込まれている。その結果、サンゴ礁が大きな被害を受け、2050年までに絶滅すると科学者は予測している。

 今世紀半ばには、重量で計測して、海が魚以上にはるか多くのゴミを抱え込むことになる。ゴミの一部は粉末化して魚に食べられ、そして人間の体内に還流しているが、そのような処理ではもはや追いつかない。魚の需要は飛躍的に拡大し、90%以上の魚種が持続可能性の限界を超えて乱獲されている。海は人間を育んできたのに、人間は海を虐待している。

 世界平均で現在一人当たり年間20キロの魚を消費しているが、これは過去最高の水準だ。最近のほとんどの漁獲高増加は養殖魚のおかげである。水産業はこの数十年で大幅に拡大したが、それは養殖漁業によるものだ。特に中国では、食用魚の半分を養殖に頼っている。だが、海洋漁業へのプレッシャーが緩和されたわけではなく、過去30年間、漁獲高はほぼフラットだ。

 直近のデータが入手しうる2013年において、世界の魚類ストックの32%が捕獲されている。1970年代の10%台から飛躍的に上昇し、持続可能性をはるかに超えている。乱獲だけが問題ではない。化学肥料・農薬などの化学物質の大量流入や廃棄物海洋投棄による汚染がエコシステムを破壊している。大量のプラスティックがすでに海面・海中を浮遊しているが、さらに毎年800万トン以上が投棄されている。

 全ての害悪が陸上からもたらされているわけではない。大気中に浮遊する二酸化炭素が海面の平均温度をこれまでに0.7度上昇させた。異常気象がこれによってますます発生するようになっているが、まだその因果関係は十分に解明されていない。確実なことはこれが海水の酸性度を濃くし、サンゴを殺しているし、牡蠣やエビなどの甲殻類のカルシュウム形成を妨げていることだ。このような地球的変化の規模を全体的に把握することは困難で、その被害は数量的に予測できない。海洋は巨大だが、人間の視野は狭隘である。事態は十分解明されていないが、危機が確実に進行していることは感知できる。

◆◆ 乱獲と温暖化による海洋生物の危機的状況

 過剰漁獲は魚のためにならないだけでなく、それによって生計を立てている人たちにとって危機を生んでいる。健全な管理の目標は、再生産可能な範囲に漁獲高を抑え、漁業資源を維持することである。今日のように持続可能性を超える漁獲を続ける漁業は資源を枯渇させ、近い将来に遠洋・近海漁業それ自体を崩壊させるだろう。魚類保護のためには漁獲高の数量制限が必要なことは認識されているが、現実のクオータ制は熟慮されたものではなく、管理も不十分で、抑制効果が乏しい。

 投資と研究が不足しているため、実証的なデータが少ない。特に、先進工業諸国で漁業の地位が低下し、政策的な優先順位が下がっているために、この分野向けの投資・研究が無視・軽視されている。代替的な逃げ道として養殖漁業が隆盛となっているが、特にサケなどは海洋で捕獲する小魚に飼料を依存している。その資源にも限界が見えており、虫類や海藻に代替的な飼料の関心が向けられているが、実際の研究開発は緩慢である。消費者の目は養殖魚の安全性に向けられているが、この面での研究も進んでいない。

 温暖化は赤道海域の魚群を南北両極方向に散らせている。より涼しい海域に向かうのは自然と思われるが、問題はそう単純ではない。魚群の動向は海水温だけではなく、プランクトンの繁殖状態にもよるが、この面でも調査研究は少ない。イギリス近海はカレイ・ヒラメ類が豊富だが、それらは比較的浅い沿海に生育しており、北の深海で生息できるかどうかは不明である。各種の魚は、そのライフサイクルの各時期に特定の餌を必要とするが、それが気象変動とどのように連動するかは解明されていない。

 海中のすべての生物がヒレによって身軽に移動できるのではない。例えば、珊瑚礁。それは海底面の千分の一以下を占めているにすぎないが、海洋生物種の4分の1以上が依存しており、漁業やツーリズムで何百万人かの生計を支えている。海水の温暖化によりサンゴの白化(死)が広がっているが、これはサンゴのエネルギー源である藻類が海水温の変化で消滅しているからだ。

 1998年以後、太平洋の熱帯水域をヒートアップしたエルニーニョ現象によって深刻化したサンゴ白化の顕著な実例が多くある。最も顕著なのが2014年に始まり、現在も進行中のエルニーニョだ。これは史上最長期わたっており、最も大きな被害をもたらしている。これがすでに世界のサンゴ礁の70%に被害を与えている。オーストラリア・クインズランド州にたいして年間46億ドル相当の利益をもたらしているグレートバリアリーフは、特に深刻な被害を蒙っている。10年前には今世紀末までにサンゴ礁がどうなるかが心配されていたが、現在は2050年までにサンゴ礁が絶滅するのではないかと論じられている。海水の酸性化はカルシュウム形成を妨げるので、サンゴ減少に拍車をかけている。

◆◆ 海洋保護に対する関係国の重い責任 ― 企業と投資家も

 過剰漁獲の結果、多くの漁船が遠洋に出漁する様になっているが、依然として90%の漁獲量は各国の排他的経済水域(沿岸から200海里以内)の中で得られている。この沿岸の定義やその主張については紛争がある。グローバルな漁獲高の十分の一を抱えている南シナ海における漁業権は、近隣諸国間で係争中だ。氷山の溶解が進む北極海の魚類ストックに対するアクセスが、ロシア、アメリカ、北欧などで論議されている。

 排他的水域は主として主権国家の権限内にあるが、世界貿易機構(WTO)は12月の次期閣僚会議で新しいルールを制定しようとしている。それは年間300億ドルに上り、経費の70%にも達する、富裕国による補助金に関するものである。WTOの漁業補助金に関する討論開始は2001年にさかのぼる。当時のパスカル・レミ事務局長は、補助金が有害な漁業上の慣行を助長していると述べていた。補助金が経済的な合理性を無視する乱獲を助長することになっているからだ。

 排他的経済水域と公海の両方で保護区域を拡大すること、特に完全な漁業禁止水域を設定することは魚類の生育を助け、ストックを回復することに資するので、資源保護の重要な手段である。もし、公海を完全に漁業禁止にすれば、ストックを保護するだけでなく、沿海での漁獲量を増加させて漁撈コストを引き下げるので、漁業の利益率を約30%向上させると推定されている。

 だが、遠洋漁業を支配している諸国がこうした禁止を受容すると考えられない。これらの諸国は地域的漁業管理機関のより不完全で、包括的でないルールを受け入れるのがやっとだろう。この分野では、関係国による北極海における恒久的な漁業規制設定が成功例である。

 公海で無法行為をする漁船を監視することは、厳格なルール設定よりも容易である。国際海事機構(IMO)は電波発信による所在位置を付近に知らせる自動位置確認システム(AIS)を300トン以上の船舶に義務付けている。現在ではこのAIS追跡情報を「付近」と上空にだけでなく、衛星によって世界各地に電送できる。すでに、グーグルの創設したプラットフォーム「グローバル・フィッシュ・ウオッチ」などの民間機関がAIS情報を環境保護に利用しはじめている。
 このプラットフォームは、世界の漁獲量の50-60%を占める60,000隻の漁船を現在のところフォローしている。インドネシアなどの諸国がそのデータを公式情報に活用し始めている。そういう国が増えれば、抑制効果がさらに発揮されうる。

 国家だけではなく、企業も行動できる。ウオールマートなどの供給チェーン・小売業が、スキャンダルとして問題化するような望ましくない漁労慣行、特に劣悪な労働環境を改善しようとしている。保険会社もAISを遮断するような船舶が衝突事故を増加させるので、その発信を義務づけることに関心を抱いており、義務を履行しない船に事故補償を減額する方向だ。
 投資が海洋ライフにどのように影響を与えているかについて、現在のところ投資家はほとんど情報を得ていない。非営利団体の「フィッシュ・トラッカー」は、その状況を変えようとしている。環境団体が、化石燃料依存企業への投資がもたらす危険を投資家に警告しているのと同じように、海洋に負荷を与える企業や、ルールを無視・軽視する漁業会社に対する投資に自重を呼び掛けている。

 技術のおかげで海洋の巨大さや遠隔さという壁が低くなったので、無関心や行動不在を弁解できなくなっている。海洋に関する6月の国連会議は、この領域に政策決定者たちがより大きな関心を払っている証左である。しかし、情報の充実だけでは公海における資源配分とその権利というより根本的な問題を解決できない。
 海洋問題に対処するインセンティブは大きく異なっている。魚類ストック回復にはインセンティブがあっても、増加の一途をたどるプラスティックを海洋から除去するインセンティブは皆無である。したがって、経済界に解決のイニシアティブを期待することはできない。政治的な意思と政策の先行だけが道筋をつけることができる。

 地球温暖化に関するパリ協定が、今のところ海洋とその資源を保護するための最良の期待を代表している。だがアメリカがはっきりとコミットしておらず、脱退を仄めかしている。パリ合意は海水レベルの上昇やサンゴの死滅を阻止するものではない。ドラマティックな行動が早急にとられない限り、海が死に向かう兆候を今後ますます目撃することにならざるを得ない。

◆ コメント ◆

 海洋汚染は極めて深刻な問題であるにもかかわらず、環境保護・保全の政策と運動の焦点がこれまで充てられることなく、ほとんど放置されてきた。その理由の一端は、本論が指摘しているように経済的なインセンティブがないことである。二酸化炭素排出を伴う化石燃料の利用による地球温暖化阻止が、クリーンエネルギー産業開発・振興に対するインセンティブになったが、海洋汚染防止からこのような新技術・新産業の登場の可能性は今のところ予測されていない。むしろ、新技術が海底資源の採掘を促進し、これによる新たな汚染のほうが懸念されている。

 最大の問題点は、国際的国内的な公的な海洋汚染対策・政策は不在に等しい状況にある。海を死滅させる最大かつ究極的な原因は、それを最大かつ無料のゴミ捨て場として利用していることだ。海にゴミを投棄するのを禁止し、それを刑事罰の対象とする法規を先進工業国が率先して早急に制定すべきだ。国際的には、海洋汚染を防止する包括的なルールとその監視機関の設置を目的とする国際条約の採択を国連の優先課題の一つとして取り組む必要がある。国際的環境運動の焦点が海洋汚染に集中的に充てられることを期待したい。

 海の汚染は大規模に進行しているにもかかわらず、直接的な被害がはっきり可視化されていないために、衆人の耳目を衝動させるに至っていない。しかし、被害が多くの人々、そして人類と生物全体に及ぶことが誰の目にも明らかになるときには、既に手遅れとなるだろう。手遅れになっていないとしても、解決のコストは途方もなく膨大となるであろう。健康維持や環境保護のためには、予防が最も効果的かつ経済的であることは周知の事実だ。被害の先行が事後対策のコストをうなぎ上りに押し上げる。海が危篤状態になるとき、人類がそれを死から救済できる力を持っているとはとても思えない。

 物理学者は地球がほぼ20億年後には完全消滅する物理的可能性を指摘しているが、その当否を見定めるまでもなく、その遥か以前に地上の全生物は死滅しているだろう。おそらく、人間の強欲と抑制のない行動の結果として。このような悪夢から逃れうる英知と理性を人類が持っていると信じたいのだが。

 (オルタ編集委員)

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