【海峡両岸論】

海警法で「尖閣奪われる」は曲解
~「ダブスタ」で中国をみる曇った目

岡田 充

 中国は、我々の鏡だ。香港問題、新疆ウイグル族への「民族浄化」に海警法制定など、「隣の覇権国の横暴」を非難する時、すっぽり抜け落ちている視点がある。トランプ支持者が米連邦議事堂に乱入した時、「民主主義の死」と非難したメディアは、香港立法会にデモ隊が乱入した時、デモを擁護した。「民族浄化」で言えば、旧優生保護法下で不妊手術を強制していた国が謝罪したのは、わずか2年前だった。中国に厳しい視線を向ける一方、自分自身については無自覚。そんな二重基準(ダブルスタンダード=「ダブスタ」)の好例を俎上に上げたい。中国が2021年2月1日に施行した「海警法」(写真)である。

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  魚釣島~TBSニュースから

 ◆ 「国際法と慣例に合致」と中国

 日本メディアは、海警法が武器使用を認めていることから、中国が尖閣諸島(中国名 釣魚島)を「武力で奪おうとしている」という危機感を煽っている。しかし、米沿岸警備隊や海上保安庁も「準軍隊」組織であり、武器使用を認めているのは海上警察に共通する。米中の戦略対立が継続する中、日本を重視している中国が、尖閣を武力で奪う客観的条件やメリットは全くない。

 中国海警局の歴史は浅い。日本の尖閣諸島3島「国有化」翌年の2013年、国土資源部・国家海洋局海監総隊(海監)、公安部・辺防管理局公安辺防海警総隊(海警)など5つの海上保安機関を統合して発足した。2018年に中央軍事委員会が指揮する「武装警察」傘下に置かれると、「準軍隊化」(日経)[注1]と批判する論調が高まった。

 同法は全文11章、第84条からなるが、海警局を司る法律はこれまでなかった。在日中国大使館[注2]は2月2日、「通常の立法活動」とする文書を発表し「職能・位置付け、権限・措置、保障・監督を明確にし、海警の権益擁護のための法執行と対外協力で依拠すべき法を整備した」と説明した。さらに
 ① 国際法と国際慣行に完全に合致し、各国の海上警察に関する法律とほぼ同じ
 ② 武器の配備・使用は世界の沿海国で通常行われており、極端に悪質な犯罪取り締まりが目的
 ③ 管轄海域は明確で、中国の海洋権益の主張と海洋に関係する政策に変化はない
と主張した。

 ◆ 軍事組織として出発

 論点を整理する。第1は「準軍隊」。中国国防省は編入後も「海上権益保護と法執行の性格に変わりはない」としている。しかしメディアは、中国公船の尖閣領海進入の常態化と関連付けて、「軍事委の傘下に入ったことで軍事作戦上の行動との区別がつきにくくなるため、日本政府は警戒を強めている」(「日経」2018年7月1日 ) とみる。
 日米中の海上警察では歴史が最も古い米沿岸警備隊(写真)は、陸海空3軍と海兵隊に続く「第5の軍種」と位置付けられる。大統領命令によって海軍の一部として運用される海軍の補完物である。海上警察は元来、準軍事組織として出発したことが分かる。

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  「海上警備対応チーム」の訓練~ミリタリーブログ

 海上保安庁は、GHQ軍政下の1948年、沿岸警備隊をモデルに創設された。自衛隊法では、首相の指示で海保が防衛省の統制を受ける規定があり、有事では自衛隊の補完機関になる。ただし海上保安庁法は、「軍隊の機能を営むものと解してはならない」とも規定する。これは「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」を定めた憲法9条に抵触しないよう配慮した規定とみるべきだろう。

 一方、海警は平時から「武警」指揮下にあるから、最も「効率的」組織であり「第二海軍」とも呼ばれる。だがそれだけをもって、「外に向け攻撃的」と見なすのは過剰反応であろう。

 ◆ 武器使用は国際法違反?

 第2は「武器の配備・使用」「建築物の強制排除」が、国際法違反かどうかである。海警法によれば、海上で外国組織や個人が、中国の主権を侵害した場合、海警は「武器の使用を含むあらゆる必要な措置」をとることができる。

 同法が、外国公船への武器使用を認めているのは、「戦争行為」と認識されるため、国連海洋法条約違反とみる軍事専門家もいる。海上保安庁法は、武器使用の対象から外国公船を除外する一方、民間船への使用は除外していない。海警法のように、国内法で外国公船への武器使用を認めることが国際法違反になるかどうかについては、「明確な見解の一致がみられず、今後の検討課題」というのが通説である。要は公船への武器使用は、国際法違反かどうか明確な規定はない「グレーゾーン」である。

 米沿岸警備隊は、武器使用について「停船命令に従わない船舶又は権限のある船舶若しくは航空機に追跡され停船しない船舶に対し、警告射撃の後発砲することができる」と使用条件を定める。

 ◆ 目的は「共同開発」

 中国は1971年から尖閣領有権を主張。2012年の国有化以降は、それまで控えてきた領海進入を常態化させた。海警法施行直後の2月6日、海警船が初めて2隻の日本漁船を追尾し領海に入った。中国側が「日本公船が中国領海に侵入した」と判断すれば、「巡視船に武力行使するのではないか」と緊張が走った。しかし、これまで同様、巡視船と海警船の「並走」が繰り返されただけだった。

 領有権紛争に対する中国の基本政策は ①主権はわが方にある ②紛争は「棚上げ」③「共同開発」―である。これは鄧小平以来の政策であり、習近平も2013年に確認している。尖閣や南沙諸島などについて、「中国の核心利益」と見なす報道があるが誤りである。
 「核心利益」は台湾をはじめ、香港、チベット、新疆など、中国の主権と領土を指し武力を行使しても守るとする。一方、尖閣、南沙など他国との間の領有権紛争は。協議と妥協による解決が可能な領域に属する。これは誤解してはならない。尖閣も、武力奪取が目的ではない。「周辺海域」を含めた共同開発が、中国側の「落としどころ」である。

 ◆ 「9段線」は入るか?

 第3は「管轄領域」。同法は「中国の領海等の他、中国の管轄下にある海域において、中国権益を守る」としている。「管轄領域」の具体的説明はない。一般的に言えば、領海(12カイリ)とその外側の接続水域(12カイリ)と、沿岸から200カイリの排他的経済水域(EEZ)と大陸棚を指すと考えられる。
 米国の場合はどうか。米沿岸警備隊の法的根拠は合衆国法典第14編である。同法典は管轄領域について「公海及び合衆国の管轄が及ぶ水域上、水面下及び上空」とし、やはり「管轄が及ぶ水域」と、曖昧である。

 中国外交が専門の益尾知佐子・九州大准教授[注4]は、「管轄領域」について「自国が主張している領海+EEZ+大陸棚+『九段線』内のことで、第一列島線にほぼ沿った広大な海域」と書く。さらに「他国の軍艦・非商業船を排除する権限を認めた。武器使用もできる。つまり中国は実質的に、『管轄海域』を領土化しようとしている。いずれも国際法違反」とまで踏み込んで解釈する。「管轄海域を領土化しようとしている」というのは、「軍事力による拡張主義」という対中固定観念に基づく主張であろう。

 問題は南沙諸島に中国側が引いた「9段線」が入るかどうか。朱建栄・東洋学園大教授は、立法過程で「9段線」を管轄地域に入れることに「異論があった」とみる。曖昧にして、自らの手足を縛らないよう配慮したとみられる。

 ◆ 巡視船が不審船へ武力行使

 メディアは中国の実力行使ばかりに懸念を示すが、「灯台下暗し」である。約20年前、海保の巡視船が、北朝鮮工作船とみられる「不審船」に武力行使したのを覚えている読者もいると思う。
 1999年3月23日、佐渡島西方18キロの日本領海内で2隻の不審船を発見。海上保安庁は巡視船艇15隻および航空機12機を動員、不審船が停船命令に応じなかったため、海上自衛隊のイージス艦が、初の「海上自衛隊行動命令」の下で射撃。さらに巡視船が機銃で1,000発以上の威嚇射撃をした。法的根拠は海上保安庁法でなく、漁業法の「立ち入り検査忌避」だった。

 さらに2001年12月22日には、奄美大島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)で不審船を発見。漁業法違反(立ち入り検査忌避)容疑で上空と海面から威嚇射撃をしたが、不審船が逃走したため、海上保安庁法に基づいて機関砲による船体射撃(写真)を行った。不審船は激しい銃撃戦の末、「自爆」沈没した。

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  巡視船からの船体射撃を受ける不審船

 両事件とも、米軍情報を基に海自護衛艦が現場海域に出動、海上保安庁の巡視船艇、ヘリとともに捜索活動を行い武器使用した。隣の「横暴な覇権国家」の「準軍隊化」や「武器使用」は「好戦的」とみる。
 しかし海上保安庁もまた軍事組織の補完物であり、漁業法と海上保安法の適用によって、武器使用は可能。ダブルスタンダードから、中国動向の観察に慣れると実相を見失う。

 ◆ 「日本側が挑発」と中国

 日本側は2月3日、日中「高級事務レベル海洋協議」で海警法に懸念表明したが、国際法違反と断定できず、抗議はできなかった。自民党国防部会などでは政府の弱腰を批判する声が上がるものの、実際に武器が使用されるまでは抗議しない姿勢だ。
 ここでの最大のポイントは日中関係の「実相」にある。バイデン米大統領は2月11日、習近平・国家主席と初の電話会談で、新型コロナや環境問題では協調を模索する一方、通商や香港・台湾・人権では懸念表明し、米中の戦略的対立は継続する見通しだ。
 習政権は日本、韓国など近隣諸国との「友好関係」を重視している。だから尖閣を含め、日本との衝突は可能な限り避けたいのが本音だ。尖閣をめぐる日中対立は、中国側から見れば全く「別の風景」が浮かび上がる。
 尖閣を管轄する石垣市が2020年10月「字名変更」を行い、2014年以降はほぼ皆無だった日本漁船の領海入りが、20年6月以降急増した[注5]。習主席の国賓訪問に反対する日本の右翼勢力が意図的に挑発し、日中関係を悪化させようとしている、と見るのである。

 ◆ 右派抑え効かない菅政権

 自民党右派や石垣市は、実効支配を強化するため尖閣に ①気象・海象観測施設 ②灯台 ③漁港―の建設など、新たな構築物建設を主張する。実際に構築物を設置すれば、中国側は撤去のため実力行使する可能性があり、日中公権力の衝突が現実化する恐れがある。ただ海警法がなくても、中国は撤去に向けた行動をとるだろう。日本政府は構築物建設を認めない方針だ。海警法の「威嚇」効果は抜群と言える。

 自民党右派やメディアは海警法に対し「国際的連携を図れ」と訴える。だがフィリピン以外に明確に抗議していない現状で、「対中スクラム」を組むのは難しい。菅政権はバイデン大統領に、尖閣は日米安保条約第5条の適用範囲という言質をとったと自賛する。しかし「島嶼防衛の第一義的責任は日本」というのが日米共通の了解である。

 対中抑止とけん制ばかりに神経をすり減らさず、ここは指導者間の信頼関係を構築するのが、遠回りながら基本だ。首脳訪問によって日中関係改善のコマを進めてきた安倍前首相という「突っ張り棒」を欠いたことも関係悪化の一因だろう。右派勢力の抑えが効かないのである。
 与党内の対中強硬派は尖閣をはじめ、香港・台湾・人権問題で次々と挑発的言動に出ている。菅政権が求心力を失い、権力の中心が見えなくなって

[注1]「中国海警法への対処で重要な国際連携」(日本経済新聞 2021年2月5日 社説)
 (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH044DO0U1A200C2000000/
[注2]中国大使館HP
 (http://www.china-embassy.or.jp/jpn/sgxw/t1851192.htm
[注3][社説]中国海警法への対処で重要な国際連携: 日本経済新聞
 (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH044DO0U1A200C2000000/
[注4]「中国海警法への問題提起」益尾知佐子研究室 Chisa MASUO Lab 2021-01-24
 (https://isgs.kyushu-u.ac.jp/~masuo/index.php/2021/01/24/213/
[注5]「尖閣付近の『正体不明の漁船』とは何か。メディアが中国外相発言を追求しない理由」
 (https://www.businessinsider.jp/post-225595

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」123号(2021/02/15発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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