現実と政治・社会の未来                 三上 治

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1)右傾化という言葉が出てきたが…

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 安倍政権の成立とともに外政あるいは内政に対して打ち出した強権的な言辞に
対して国内以上に外国から右傾化という警戒の声が出された。これは対外的には
民族主義的で国家主義的な、そして対内的には強権主義的な色彩の濃い政策が打
ち出されていることへの懸念である。尖閣諸島問題や拉致問題で中国や北朝鮮に
対する対決的な姿勢が示されていることである。また、国内的には憲法改正が主
張され、強い国家を目指すとされていることだ。

 自民党という保守政党の内部のみならず政界全体でリベラル派が消沈し、保守
民族派の傾向が強まっているのもこれを印象づけている。こうした安倍政権に対
して外国からの反応は素早く、政権側は修正する動きに出た。例えば、従軍慰安
婦問題での河野談話の見直しは引っ込めこの扱いを官房長官扱いにしたように。
他方、国内向けにはアベノミクスと言われる経済政策を前面化して、強権的政策
は背後に隠しているが、その準備は水面下で進んでいると言える。

 憲法改正問題では第96条{憲法改正手続き}を中心にその動きを展開している
のがその例である。反対勢力側の無力感もあって安倍政権はその構想実現の動き
を強めているように見えるのが現状であるといえる。7月の参院選挙を前にして
も反対勢力の動きは鈍い。散発的な抵抗が見られるだけの様相を呈している。こ
れは政党レベルのことであり、大衆的な動きは同じではない。

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2)かつての小泉―安倍政権への回帰と継承

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 今回の安倍政権の動きはかつての小泉―安倍政権への回帰ということでイメー
ジするとわかりやすいのかもしれない。これは「日本の失われた10年」からの脱
却として2000年初頭のアメリカの模倣した政策を採用したものである。高度成長
にいたる軽武装経済重視戦略を長らくとってきた日本の保守政治の1960年安保以
来の転換ということを意味している。

 戦後の日本の保守政治は、冷戦構造の中でアメリカの世界支配の枠組みに入る
ことで同一枠にあったにせよ、吉田路線と岸路線とで微妙な違いがあった。

 吉田ドクトリンとも呼ばれた吉田路線は吉田茂が構想した国家戦略であり、ア
メリカとの同盟をとるが軍事的な要請には距離を取り、軍備増強には消極的で経
済重視戦略で行くというものだった。憲法9条に対して本音は改正に反対という
か消極的立場だった。理念上ではナショナリズムに消極的だが、アメリカからの
実質的な独立《相対的距離をとる》とることを志向する立場だった。

 これに対して岸信介が構想していたのは自主防衛強化と憲法改正で持ってアメ
リカとの対等関係をめざしながら、アメリカの軍事パートナー要請に応じていく
ものであった。日本の独立というナショナルな立場を主張しながら、アメリカに
従属していくことでもあった。

 1960年の安保改定は吉田茂の結んだ安保条約の改定であったが、吉田路線の転
換でもあった。この岸に主導された安保改定に対する闘争はその後に登場した池
田首相による吉田戦略への復帰によって修正され経済の高度成長によって保守政
治の本流となってきた。この間に対外的には冷戦構造の崩壊―地域紛争―湾岸戦
争という世界的な変動があり、アメリカでは9・11と反テロ戦争へと移って行っ
た。日本では1985年のブラザ合意を契機とするバブル経済があり、その破綻後の
「失われた10年」が存在した。

 小泉の登場は1960年以来の軽武装経済重視路線のかつての岸路線への再修正を
意味するような転換を含んでいた。これはアメリカの要請による軍事パートナー
としての新たな行動への踏み切り《自衛隊の海外派兵や集団自衛権行使の準備》
であり、アメリカの新自由主義の採用による経済構造の転換であった。

 日米同盟論によるアメリカの軍事・経済戦略への従属的傾向の深化と言える。
オバマのアフガニスタン・イラク戦争からアジア戦略に対応した対中脅威論の展
開に追随し、新自由主義からTPP参加によるアメリカ型経済の模倣の加速化な
どはこの踏襲である。日本の民主党政権は当初は外政・内政・権力運用において
小泉―安倍政権の政治構想の転換を目指したけれど、すぐに挫折した。

 この点については詳しくのべないが、鳩山から菅を経て野田への首相の交代過
程でこの小泉―安倍路線の踏襲をしはじめていた。現在の安倍政権への露払いの
ような機能をしていたとも言えるのである。再登場した安倍政権は日米同盟の強
調の下でアメリカのアジア戦略に対応した戦略(対中国強硬路線)をとり、国内
的には憲法改正を構想している。

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3) 現在の世界の基本傾向――戦後世界の現在から

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 ベルリンの壁の崩壊と冷戦構造の崩壊が戦後世界体制の転換を意味したことは
誰もが認めることである。これはかつて資本主義体制と社会主義体制の対立と呼
ばれた戦後の世界の枠組みがアメリカの勝利に終わり一極的な支配になったこと
を意味する。

 しかし、同時にアメリカの世界支配力は経済的にも政治的にも衰退し、その隙
間から地域紛争や新興国の台頭がでてきていて、世界の動向を展望することが出
来ないという過渡的性格を強めていると言える。アメリカは戦後体制の枠組みの
延長上に地域紛争への対応と9・11以降の反テロ戦争、新自由主義路線で世界戦
略の修正をやってきていた。

 オバマはアジア重視戦略へとさらなる修正をしつつ、基本的には世界の一極的
な支配構造と支配力の衰退という矛盾の中にある。これは戦後体制、戦後の枠組
みの保持の中で否定の動きが進行しているのである。しかし、そうはいってもこ
れは矛盾に満ちたものであり、複雑なものである。アメリカは9・11以降の反テ
ロ戦争で世界支配の戦略を集中したが、オバマ政権はこれを踏襲しつつ、アジア
重視の戦略に修正してきている。

 まだ、この意味を誰も明瞭に突き出してはいないといえるが、基本的にはアフ
ガン戦争からイラク戦争への過程がユーロ成立のEU再支配の戦略であったよう
に、アジア重視戦略はアメリカの中国封じ込めであると同時に対日再支配戦略で
ある。これは日本と中国、あるいは韓国、北朝鮮という東アジア地域での地域紛
争の波及を利用したアメリカの戦略対応と言える。

 経済的には基軸通貨ドルの保持とアジア経済の取り込み(TPP)であるが、
政治的には日本・中国・韓国・北朝鮮の地域紛争を利用した分断支配の強化であ
る。アメリカの戦後世界の支配力の保持と衰退という矛盾を大きな枠組みでの動
きを展開しながら、段階的には9・11以降の世界的戦略をアジア重視に切り替え
ているのが世界動向の現在である。

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4)戦後体制脱却論について

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 安倍首相の政治構想《主張》の特徴の一つは戦後体制の脱却論である。戦後体
制脱却論は左右の立場からでてくるが、まずは右というか、保守派の場合からみ
よう。右の戦後体制脱却論は日本の保守派の一つの傾向であり、かつての岸信介
はその代表的な存在であったといえる。これに対立していたのは吉田茂であった。
この点は先のところでも述べたのであるが、アメリカとの自立的な関係を形成で
きるのか、どうかがこの根幹にあり続けたものだと言える。

 保守派は戦後アメリカ軍の占領政策の払拭を戦後体制脱却の基本に据えてきた。
東京裁判の否定、戦後憲法の否定がその内容である。これは戦後の体制の否定と
いう形では現在の体制の否定を意味するのであるが、当然のことながらこれはア
メリカとの矛盾を内包するものである。例えば、戦後体制の脱却という基盤はア
メリカの戦後の支配力の衰退の中で必然として出てくるが、同時にアメリカは戦
後体制の保持にあるからだ。

 戦後体制の脱却ということは戦後体制の揺らぎ、根本的にはアメリカの世界支
配力の衰退に根拠づけられるが、アメリカの現在の矛盾を超えるという立場から
しか不可能なことであり、アメリカ内部でのその動きと連携して行くほかはない。
あるいは世界的立場での戦後体制を脱却していく事の中でしか展望のないことだ。

 日本の右(保守)は戦後体制脱却をこの世界的な展望(構想)で考える視点を
持たないが、基本的には日本の国内体制においてのみそれを構想するという限界
がもともとあるが、その場合でも戦前への回帰という構想しか描けない。

 これは基本的には矛盾した展望(構想)である。日本の戦前的な体制への回帰
はアメリカとの関係において何よりも矛盾として出てくる。アメリカは戦後体制
を世界の枠組みとして前提にしているから、その脱却論に対しては否定の立場と
して出てくるからだ。憲法改正とセットになっている東京裁判批判はアメリカの
立場と対立するからである。

 日本の右(保守派)が日米同盟論から離脱してアメリカ関係を見直すのならと
もかく、日米同盟強化をうたうなら対米関係と国内での主張に矛盾が生まれるの
であり、それは簡単に解消しないのである。例の従軍慰安婦問題はその象徴であ
る。アメリカは従軍慰安婦問題では韓国を支持する立場であり、日本側の批判の
立場にたっている。これは日米同盟深化論と矛盾するのであり、そこで主張の鉾
を収めざるを得ない立場に追いつめられる。

 アメリカはプラグマテックな政治対応で日本の国内的立場と国際的立場を使い
分けることをある程度は許容するだろうが、東京裁判史観では簡単にいかないの
である。そこまで行けば対立は厳しいし、日米同盟からの脱却なしにそれは不可
能事となる。右(保守派)は対米派と親米派での矛盾を抱えてきたがこの構造を
基本的には解消しえていないのである。

 国内的にナショナリズムを強調することは世界的な地域対立の反映としてある
にしても、そのナショナリズムが戦前への回帰である限りは、世界からの反発も
出てくるのである。かつては戦後の世界体制の枠組みの中で資本主義体制と社会
主義体制の対立ということがあり、そこでの立場から戦後世界体制を超えるとい
うイメージもあった。これは冷戦構造の崩壊の中で潰えたことである。

 矛盾に満ちたアメリカ資本主義の現在(世界的支配力と衰退の中にある現在的
なアメリカ)をどう超えるかなしに、その構想を踏まえた日米同盟論からの脱却
なしには戦後日本の脱却論は不可能なのである。

 戦後世界体制の枠組みの中にあって、そこで日米同盟を保持しながら日本の戦
後体制の脱却を構想することは矛盾なのである。戦後体制の否定、あるいは脱却
と言っても、戦前の民族主義的、国家主義的方向で実現することにはこうした矛
盾が内包しているのである。名目的なナショナリズムの主張の背後に抱えた矛盾
をみておかなければならない。

 もちろん、右(保守派)の構想する戦後体制脱却論は戦前への回帰を基本にし
ているが、国内的な場合も矛盾はある。戦後体制が戦前の日本の国家体制を否定
したことを評価し、これを歴史的な段階としてその肯定をしながら、現在から克
服して行くのでなければ、戦後の生み出した肯定面からの反発もある。

 保守派であってもこうした戦前回帰的な言動を批判するリベラル保守はそれな
りに基盤があって、今は影が薄いようにみえてもそれなりの力はある。彼らは戦
後体制の否定と言う場合に戦前への回帰をいうが、これを支持するのは社会の中
の少数部分であり、彼らが錯誤するほどそれは強くはないのである。

 僕らもある意味で戦後体制脱却論の立場に立っている。これは戦前への回帰で
はないし、そういう反動ではない。例えば戦後民主主義の批判でもその肯定的要
素を含みながら否定であり、直接的でより実質的な民主主義の実現を目指すので
あり、戦前的な強権体制への回帰ではない。アメリカからの自立(従属からの脱
却)と言っても戦前の日米関係に回帰するのではなく、アメリカの戦後的一元支
配の衰退の中で相互の自立的な関係を求めるのである。

 尖閣諸島をめぐる日本と中国の紛争のようなものにしても民族主義的、国家主
義的な解決を求めないのである。アジアでの共同関係を求めるにしても戦前の大
東亜共和圏の復帰ではなく、東アジア共同体は新たな関係の構築をめざす。また、
憲法問題も帝国憲法の復活ではなく、国民主権の憲法の実現を志向する。戦後民
主主義の直接民主主義的な深化である。ただ、こうして左派的な展望(構想)が
力強さを欠いているがために右の脱却論が目立つのである。民主党政権がこうし
た国民の動きをつかみえなかったことは重要なところである。

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5)結局のところは国民の自由で自立的な力がカギだ

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 安倍たちが強い国家の復権を声高に言ったところでそれは簡単に実現できない
ことは彼らも知っている。安倍の祖父に当たる岸信介の演じた矛盾や挫折の枠組
みが現在も強力にあるからだ。かつて保守派の思想家であった福田恒存は保守の
天皇回帰論(例えば三島由紀夫)に対して否定的だった。この理由は天皇制では
普遍性がないということだった。

 特に世界的に見てそうであると断言していた。天皇を元首にし、憲法を国民の
権利から義務に替えるなどの回帰的な傾向がある。これは戦後体制の修正である
がここには普遍性はなくて対外的な関係で対立や摩擦を招くだけではない。国民
の共同意志の実現(国民主権)の抑圧として国内的にも強い抵抗がある。

 戦後体制の動揺や解体がナショナリズムを呼び出すことは現在の傾向であるが。
それを克服することでなければ反動に帰するだけだ。憲法9条による武力に寄ら
ない紛争の解決をアジア地域で日本は実現しなければならない。憲法改正を促し、
集団自衛権行使による軍事同盟を強要するアメリカから自立した日本の国家戦略
の実現としてである。

 これを軸にして民族的対立を超えたアジアの共同的関係の構築をはかる。戦後
民主主義の官僚民主主義の限界を超えて直接民主主義で真の民主主義を実現して
行く等、大きな構想やビジョンで現在の世界を超える道を描きえるのだ。

 ここには高度成長ではない持続的な成熟経済の道が必要である。アメリカは経
済の高度成長の後を軍事経済や金融経済で乗り切ろうとしてきたがこれはアメリ
カ経済の衰退に結果している。日本がアメリカの模倣ではなくて高度成長経済の
後の経済を成熟経済の道として実現すること、それに対応した自由で民主的な政
治体制を構築できれば戦後体制の脱却に道を拓くことにもなる。

 沖縄から始まり、脱原発等の国民的な運動の中にその可能性は見てとることが
できるのである。自由で自立的な力こそが戦後体制脱却の左派的な基盤であるが、
それは衰えてはいないし、静かに持続的な力として存在している。外政・内政・
権力運用で戦後体制を超えて行く、歴史的な否定の否定という構想を実現して行
くビジョンが欠落していくこと、そこに僕らの政治的弱点があるが、大衆的な基
盤は衰えてはいない。

 (筆者は政治評論家)
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