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■ 【玲子の映画批評】
   白いリボン                   河西 玲子
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  2009年のカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞した、ドイツ・オース
トリア・フランス・イタリア合作の「白いリボン」。良さそうだけど重そう、重
そうだけど良さそうなどととあれこれ考え、なかなか観にいく決心がつかなかっ
た。娘も「何しろミヒャエル・ハネケだからね。あの作風は悪意があるとしか思
えない」と言いつつ、「でもきっといい映画だよ。 ミヒャエル・ハネケだか
ら」と付け加えるのである。
 
  そこで意を決して、元日の午後に娘と連れ立って出かけた。元日は映画ファン
サービスデーで、誰でも千円なのである。ところが思いがけないことに、満員で
入れなかったのだ。東京ではミニシアター二館のみの上映とはいえ、元日からこ
ういう映画を観にくる人がこれほどいるとは思わなかった。世の中、本物を求め
ている人もいるのだと、心強く思った次第である。
 
  フランスの高級紙「ル・モンド」はこの映画をこう評した。「恐ろしくてエレ
ガントな、ナチズムへの予言」。この表現は的確で説得力があり、多くのレビュ
ーがここからインスピレーションを得て解説している。実際この視点で見ると、
よりわかりやすい。さすが、ドイツとの関係で苦労してきたフランス人だけのこ
とはある。
 
  第一次大戦前夜の北ドイツの小さな村で、不可解な事件が次々に起こる。村人
の大半は男爵の農園で働いていて、プロテスタントの厳格な牧師が精神的な支柱
になっている。牧師の家はもちろん、どの家も家父長が絶対の権力を振ってい
て、従う側の女性や子どもたちにとって世界は重苦しい。そんな村にやがて、サ
ラエボでの事件と戦争開始の知らせがくる。
 
  ミヒャエル・ハネケは1942年生まれのオーストリア人だ。2001年には「ピアニ
スト」でグランプリ(審査員特別賞)を、2005年には「隠された記憶」で監督賞を
受賞。この「白いリボン」ではアメリカのゴールデングローブ賞も受賞している。

 タイトルになっている白いリボンは、牧師が子どもたちに罰として付けさせる
もので、魂が浄化されて成長したら取ることを許される。これが既に、ユダヤ人
に義務づけたダビデの星の腕章を思わせる。しかし何より恐いのは、こうして抑
圧され続けた子どもたちが、やがてヒットラーユーゲントになっていくであろう
ことを予感させることだ。

 この映画の重苦しさは、秩序が抑圧によって保たれているからである。これは
抑圧をめぐる物語だ。ハネケは、「ファシズムを受け入れた共同体の素地を描き
たかった」と言っている。支配され、抑圧され、それに服従しつづけた人間が、
どのように歪んでいくのか。そういう体験をした社会が忘れてはならないことは
何か。日本人にとっても他人事ではない課題である。
 
  東京の新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、愛知の名演小劇場な
どで上映中。以後、 神奈川のシネマ・ジャック&bベティ、兵庫のシネ・リーブ
ル神戸、京都シネマなど全国のミニシアターで上映予定。

                      (筆者はメデイア批評家)

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