【コラム】風と土のカルテ(35)
私たち抜きに、私たちのことを決めないで
障がい者福祉や医療の分野で「当事者主権」が注目されている。障がい者や患者自身が、ケアの選択にかかわる自らの権利を大事にすること、といえようか。障がい者の自立に向けた活動から生まれた「私たち抜きに、私たちのことを決めないで」というスローガンも、浸透し始めているように見える。
一般には2003年に発刊された『当事者主権』(中西正司・上野千鶴子著、岩波新書)で、この言葉が知られるようになったが、それ以前から「現場」では、当事者の視点に立って、様々な実践が行われてきた。
その1つが、北海道浦河町の「べてるの家」だ。
http://bethel-net.jp/?page_id=9
1984年にソーシャルワーカーの向谷地生良氏らが中心となって設立した、統合失調症などの当事者の活動拠点である。2002年に「社会福祉法人浦河べてるの家」となり、小規模授産施設や共同住居、グループホームを運営している。
東京にも拠点があり、池袋にほど近い場所で「べてぶくろ」として運営している。
http://www.bethelbukuro.jp/?page_id=2
べてるの家の「当事者研究」は出色だ。統合失調症などの当事者が、自らの幻聴や幻覚、妄想などについて語り、自分の助け方(自助)に焦点を当てる。当事者の主観的な視点から苦難や苦労の成り立ちを理解して、当事者のニーズに迫っていく。
私は、十数年前にべてるの家を訪ね、その実践力に驚いた。そして、次のような「べてる語録」になるほど、とうなった。
・昇る人生から降りる人生へ
・三度の飯よりミーティング
・弱さの情報公開
・弱さを絆に
・公私混同大歓迎
・安心してサボれる職場づくり
・利益のないところを大切に
・友だちの出来る病気、分裂病
・勝手に治すな自分の病気
・幻聴鑑定団「いい病気してますねぇ」
・冷たい風がふいてきたら暖かくして返そう……
病院の内科医療でも当事者視点に立つことは大切だろう。患者のデータだけをみて、その人の人生観や死生観、価値観を軽視して治療法や対処法を決めようとすると軋轢が生じる。ニーズをつかむのは容易ではない。「上から目線」から「横から目線」への転換が必要だ。
ただし、医療者同士でないと語りにくい、そんな場面もあろうか。癌の予後評価などは、その典型だろう。当事者が、そこにいたらとても話せるものではない。当事者主権を医療分野にどう取り入れていくのか。まだまだ考えなければならないことばかりだ。
冒頭の「私たち抜きに、私たちのことを決めないで」は、横文字の表現では Nothing About Us Without Us となっていて、Nihil de nobis, sine nobis という中世ラテン語に由来するのだそうだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Nothing_About_Us_Without_Us
「当事者主権」なる概念は、意外に古くから存在してきたのかもしれないと感じ入った。
(長野県・佐久病院・医師)
※この記事は日経メディカル2017年1月31日号から著者の許諾を得て転載したもので文責はオルタ編集部にあります。
(http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201701/549949.html)