海外論潮短評(67)                  初岡 昌一郎

世界の平和と安全のために、第二期オバマ政権が現実に解決しうる10大課題

────────────────────────────────────

 民主党に比較的近い国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』1/2月号が特別
報告として表記のテーマを取り上げ、それぞれの分野における専門家、理論家、
オピニオン・リーダーたちが10大課題について論じている。各論者の主張の核心
のみを要約して紹介する。

■1.地雷とクラスター爆弾を禁止する
  (J・ウイリアムス、ノーベル平和賞受賞者)
 **********************************************************************

 オバマは、「世界の大多数の人々の期待に沿った外交を進めている」として、
2009年にノーベル平和賞を受けた。第二期政権は、1997年の地雷禁止条約の批准
を上院に求めることから平和と軍縮の公約実現に踏み出すべきだ。これまでにそ
うしなかったのが不思議だ。

 上院が万一批准できなくとも、大統領権限を用いれば条約の義務を遂行できる。
 アメリカはすでに、民間人の犠牲を増大する地雷の使用を禁止しているので、
1000万個に上るとみられる(実数は公表されていない)保有地雷を破棄できるは
ずである。

 金属片を周囲にまき散らすクラスター爆弾は地雷以上に危険な兵器で、通常兵
器以上に非戦闘員に被害を及ぼす。この爆弾を禁止する2008年条約に即時調印す
べきである。2018年にこの爆弾を禁止する方針を国防省が発表しているが、なぜ
今実行できないのか。

 第一期政権中には、核兵器禁止に向けての一定の前進を含め、殺傷力の大きな
兵器の禁止に若干の前進が見られたが、爆撃機の飛躍的増加や自動ロボット兵器
など危険の大きな兵器開発と利用が進められた。第一期早々に与えられたノーベ
ル賞は実績ではなく、オバマへの期待にたいして与えられたのであるから、第二
期ではそれに応える成果を示せ。

■2.ギリシャを救い、ヨーロッパを救う
  (G・パパンドレウ、ギリシャ前首相)
 **********************************************************************

 今日の欧州危機は欧州自身のリードによって終止符が打たれなければならない
が、オバマ大統領がそれを助けることができる。まず、ギリシャを救済すべきだ。
ギリシャは厳しい緊縮政策を忠実に実行しているが、それも世界の債券市場にと
っては十分ではない。その理由は信頼性の危機にあり、ギリシャがユーロ圏にと
どまることが解決策として明示されない不確実性があるからだ。

 我々が望んでいるのは不確実性の解消であって、金銭的な施しではない。不確
実性の解消は投資の促進によってできる。オバマがハイレベルの投資促進代表団
を送ることによって、この地域が大きな潜在的可能性を持っているというメッセ
ージを送ることができる。

 この地中海地域は、再生可能なクリーン・エネルギーを生産する巨大な自然資
源を有しているが、ほとんど手付かずである。地中海地域向けの「グリーン・マ
ーシャル・プラン」は経済の安定に資するだけでなく平和と民主主義を強化する。

■3.人類に対する戦争犯罪者に制裁を
  (ジョン・プレンダーガスト、人権活動家)
 **********************************************************************
 最も悪名高い国際戦争犯罪人コニ―(LRA幹部)は、中央アフリカのジャン
グルに潜伏したままである。彼らは、多くの子どもを兵士、ポーター、性奴隷と
して囲い込み続け、犠牲者を増加させている。

 オバマ大統領がより良い世界を構築しようとするのであれば、何万人もの子ど
もを強制的に徴発しているLRA指導者コニ―を逮捕すべきである。アメリカ政
府とその地域の政府が腹を決めれば、2013年末までに容易に片付けうる戦である。

 LRAに対する戦いはこれまでウガンダ軍によって先導されてきたが、この軍
自体の人権上の実績が誇れるものではない。アメリカは100人の軍事顧問をウガ
ンダ軍に派遣しているが、彼らはLRAと戦う権限を与えられていない。
 他の諸国はアフリカ連合(AU)の傘下で3000人を派兵しているが、輸送、連
絡網、追跡能力が不適切なまま、広大な地域に散開している。

 LRAに安全な避難場所を与えている中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、
スーダンの各地にAUと国連がアクセスできるように、オバマ政権は高次の外交
努力を展開すべきだ。

■4.悪名高い同盟相手と手を切る
  (ケネス・ロス、ヒューマンライト・ウオッチ事務局長)
 **********************************************************************

 アフガニスタン: カルザイ政権の腐敗は深刻で、人権を無視する軍閥と同盟
を組み、拷問で悪名高い男を情報長官に任命している。カルザイ支援を打ち切れ。

 ウズベキスタン: カリモフ大統領は2005年にデモ参加者に無差別射撃を命令、
多数のものを虐殺した。反政府派を15-20年間も投獄し、拷問、虐殺してきた。
オバマ政権はこれに目をつぶり、兵器を売却した。それは、アフガン作戦の補給
基地としてウズベキスタンを利用してきたからである。この必要がなくなる今、
即時取引を止めよ。

 カンボジア: 28年間首相として君臨するフン・センは、軍、警察、裁判所を
支配し、多数の政治的反対派を殺害してきた。オバマ政権は、このような暴圧的
一党独裁を抑制する努力をほとんどしてこなかった。「アジア重視」は、専制的
政府の支持を獲得するために中国と競争することにではなく、民主主義の拡大に
こそ焦点を置け。

 このほかに、ルアンダ、エチオピア、サウジアラビア、バーレイン、メキシコ
の各政権との関係を再検討すべきだ。

■5.核の脅威を取り除く
  (D・ホフマン、ピューリツァー受賞ノンフィクション作家)
 **********************************************************************

 核危機の際の秘密戦争計画では、ミサイル攻撃の重大な警告が発せられた場合、
大統領は13分以内に決断を迫られる。この13分で世界の運命が決定される。
 このような冷戦の遺産を放棄することで、オバマ大統領は世界平和を格段に強
化できる。

 2008年の大統領選挙戦中には、核弾道ミサイルの常時発射準備を停止すると公
約していたが、当選後は撤回された。軍部が当初からその案に同意していなかっ
た。

 核臨戦態勢を常時とっているのは米国とロシアだけで、中国や他の核保有国は
高度の核戦争警戒態勢はとっていない。米ロ両国とも、軍部がその態勢維持に強
硬であり、抵抗が予想されるが、両国首脳の対話による政治的決断が平和の確立
に必要な巨歩を踏み出す。

■6.大統領権限を取り戻す
  (Z・ブレジンスキー、元カーター大統領顧問)
 **********************************************************************

 オバマ大統領が直面する中心的課題は、安全保障政策策定上で近年失われてい
る権限をどう回復するかにある。歴史的政治的にみて、アメリカの三権分立制度
は大統領に外交政策上の裁量権を最大限与えている。

 宣戦布告上で議会に与えられている権限が重要なのは、戦争を計画する場合に
おいてであり、アメリカが攻撃の犠牲になるのを回避する政策決定上ものではな
い。アメリカは民主主義国であり、大統領の外交政策に対する世論の支持が不可
欠である。しかし、大統領が決定権を行使する場合、政府内外でその権限を妨げ
るものはありえない。オバマに必要なのは所与の権限行使である。

 一人の大統領にとって決定的時期は二度ある。一度目は、選出された初年度で
ある。いかなる成功も4年の任期中に食いつぶされる。再選されると、第二期の
初年度にもっとも重要な瞬間が到来する。彼にとって歴史的に最重要な決断の時
である。その成功は過去の負債を帳消しにできる。

 アメリカが今日の世界で直面している挑戦について、オバマは鋭敏な知的把握
力を持っていることを実証してきた。しかし今、指導者としてその持てる権限を
行使する資質を持つことを実証すべき年を迎えている。

■7.石油独占を排除する
  (ガル・ルフト、USエネルギー安全保障協議会顧問)
 **********************************************************************

 技術革新が巨大な量の天然ガスなどを利用する能力を開放し、今日の石油価格
の5分の1で同量のエネルギーを入手できるようになった。これによって、この10
年間に天井知らずとなっていた石油価格の経済学を他の商品に有利に転換させた。

 しかし、前世期の安い石油価格に慣れきった自動車産業はこの現実に適応しよ
うとしておらず、ガソリン以外の燃料を使用する自動車はあまりにも高価で、一
般消費者が買うのは不可能だ。

 議会の決定を待つことなく、大統領は連邦政府諸機関が新エネルギーを使用す
る自動車を購入するという、シンボリックなステップを採れ。

 低廉で豊富な代替エネルギーの登場により、予想以上に早く石油万能時代の終
焉が近づいている。既得権益に囚われない市場志向型解決を求めるだけで、オバ
マはアメリカを次の時代の先端に立たせることができる。

■8.発電所による汚染を削減する
  (G.ワグナー、環境防衛ファンド)
 **********************************************************************

 環境保護は一国だけの責任ではなく、一国だけで達成できるものではない。し
かし、アメリカは地球環境安全保障の先頭に立つべきだ。オバマは歴代政権より
も積極的だが、まだ不十分。

 自動車排気ガス規制は進んだが、電力発電所や工場の排気ガス規制を新クリー
ン・エアー法に基づいて行うべきだ。議会による規制強化措置の採用には時間が
かかるが、大統領がその権限を行使すれば、現行法制の中でさらに多くのことが
達成可能である。

■9.欧州と貿易協定をまとめる
  (E・ジョセフ、Jホプキンス大学フェロー)
 **********************************************************************

 世界の安全への最大の脅威はアフガニスタンやアルカイダではなく、未解決の
欧州経済金融危機である。

 オバマ大統領の第一期はアジアとの貿易交渉に重点が置かれた。しかし、アメ
リカ最大の貿易パートナーは欧州である。ヨーロッパとアメリカは世界最大・最
富裕の市場で、合計すれば世界のGDPの約50%を占める。ヨーロッパは中国を
3倍上回る商品をアメリカから買っており、輸出は対米が対中の2倍に上る。

 米欧貿易交渉の障害となっているのは、デジタル・コマースとデータ保護、遺
伝子組み換え農産物とホルモン剤投与食品など、安全と環境に関する政策の相違
である。これは欧州が容易に譲れないものである。

 小異を捨てて大同につく決意をオバマが示せば、世界経済の停滞と欧州財政危
機を打開する道が開ける。

■10.アメリカン・デモクラシーを確立する
  (M.シフレイ、『パーソナル・デモクラシー・メディア』編集長)
 **********************************************************************

 400万人の少額献金者の力で、巨額な大口献金者の力を打ち破ったオバマは、
ロビイストの影響下で身動きできない議会を越えて、アメリカ民主主義の活性化
を図れ。まず、まずロビイストの政治献金をネット上で公表し、議員や政府機関
に対する彼らの働きかけを透明化させるルールを確立せよ。

 彼の最初からの公約である「オープン・ガバメント」(透明な統治)を具体化
するには、政府機関の文書やデータをオンラインで公開することから始めるべき
だ。公正とは透明化である。

 政府諸機関の支出とその支払い先を同様にオンラインで公開する。これにより
公共財政の民主的統制が容易になる。密室的管理は少数者の支配を温存する。
 選挙制度を公正かつ近代的にする改正する立法が必要だ。18歳選挙権を留保無
しに確立する。州任せの投票所とその管理を全国的に統一し、投票日を現在の週
日から有権者に都合の良い週末に変更する。

******************

◆◆ コメント ◆◆

******************

 民主的な政権交代は、前政権への批判が高まり、制度や政策の転換を求める民
意を反映して行われる。その政権交代直後こそが変革や改革を達成する最上の好
機である。守旧派は自信を喪失して狼狽しており、国民が過去から決別した転換
を期待しているからである。

 ところが、多くの新政権は公約した根本的な転換から出発するのをためらい、
前政権の後始末から手を付け、それに忙殺されて抜本的な改革のモメンタムを失
ってしまう。民主党政権がその好例であった。政権が安定してから改革に着手す
るという姿勢は保守化の第一歩であり、過去のしがらみの虜になる。

 政権交代と共に過去と決別し、抜本的な改革に着手した好例は、スウェーデン
社民党が最初に政権につき、民主化の徹底と社会保障制度の確立の道を開いた歴
史的改革である。第二の例は、第一次大戦後の大恐慌のさなかに政権に就いたル
ーズベルト大統領の就任100日間の大改革であった。労働基本権の確立、公共政
策の拡充などによるニューディール政策の展開がそれである。

 オバマ大統領は、その政権の出発点で国民と世界から寄せられた大きな期待に
応えたとは言えなかった。それは、安全運転に気を使うあまり、旧政権、ことに
クリントン人脈の既成人材に依存して政府構成を行ったことが大きな要因であっ
た。第二期にはその点で若干の修正が行われたが、ウオール街に支持された閣僚
に依存している限り経済政策の転換は無理だが、せめて対外政策の転換に大統領
権限を思い切って行使してもらいたいという、民主党周辺の声に期待したい。

 (筆者は姫路獨協大学名誉教授・ソシアルアジア研究会代表)
==============================================================================
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップ>バックナンバー執筆者一覧