【「労働映画」のリアル】

第52回 労働映画のスターたち(52)岡田 茉莉子

清水 浩之

《もうすぐデビュー70周年! ステイホームで観る 戦後派ヒロインの「一途さ」》

 新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、全国各地の映画館がおよそ2か月にわたり休業した今年。私たち観客にとっても、映画との接し方を大きく変えるきっかけとなった。

 「ステイホーム」の間に、インターネット動画配信サービスを利用する人が急増。大手の Netflix、Amazon プライムビデオ、Hulu などはアメリカ発祥のため、海外ドラマは充実しているが、日本の「お茶の間」から移行してくる視聴者を惹きつけ、繋ぎとめていく作品はまだまだ足りない。
 そこで、松竹、東宝、東映、角川+大映といった邦画各社が本格的に作品を提供するようになってきた。近年は大都市の名画座でないと見られなかった往年の名作も、家に居ながら気軽に観られるようになったのは実にありがたい。

 配信サービスの良いところは、今まで「食わず嫌い」のままだった作品にもトライできること。小津安二郎監督の『秋日和』(1960)を再生してみて、いつもの(?)「娘が嫁ぐ日」の話だなと思って観ていたら、映画の後半は娘の親友役の岡田茉莉子さんが、佐分利信ら「明治生まれ」のチョイ悪オヤジ3人組を翻弄する痛快コメディになっていて驚いた。

 60年安保の年、松竹ヌーヴェルヴァーグで活気づく撮影所の中で、「豆腐屋は豆腐しか作らない」と嘯いていた老大家も、茉莉子さんの明朗快活なお嬢さんのキャラクターを通して「いまの空気」を映し出すのに熱中していたことに、60年後、ネット配信による鮮やかなカラー映像によって気づかされた。

 配信のもう一つの利点は、関連作品を検索して「ハシゴ」できるところ。『秋日和』出演当時の岡田茉莉子さんは27歳。ネット配信で観られる彼女の作品を探してみると・・・

 宮本武蔵(1954)浮雲(1955)流れる(1956)顏(1957)秋日和(1960)秋津温泉(1962)秋刀魚の味(1962)香華(1964)炎と女(1967)三姉妹(1967、NHK大河ドラマ)黒の奔流(1972)人間の証明(1977)制覇(1982)序の舞(1984)激動の1750日(1990)温泉若おかみの殺人推理 #30(2019、テレ朝)

 21歳から86歳までの主要な出演作にアクセスできる。つくづく便利な時代になったものだが、こうした鑑賞の仕方は、これまで語られてきた「女優・岡田茉莉子」のイメージとは別の、「1933年生まれ」の女性の歴史として捉えることも可能にしてくれる。

 1933年生まれ……若尾文子、草笛光子、黒柳徹子、オノ・ヨーコ。終戦の年は12歳。中学は旧制で、途中から新制高校に(だから男女共学は下の世代から)。戦前と戦後の教育を受け、伝統的な価値観と合理的な人生観を併せ持つ。明治・大正生まれから見れば「戦後派(アプレ)」だが、昭和二桁世代にとっては「旧制の先輩」。女性の大学進学率はわずか2%。就職先は限られ、しかも「25歳定年」が公言される時代に社会人になった。

 茉莉子さんは疎開先の新潟で高校に通い、就職を考えていた時、たまたま観た映画の主演俳優が亡き父・岡田時彦であることを知り、叔父の薦めで東宝の養成所へ。1951年、成瀬巳喜男監督『舞姫』に初出演。大きな瞳でじっと見つめる表情により、日本離れしたモダンなヒロイン像を生み出した。
 成瀬、稲垣浩ら名匠のもとで演技を磨いた後、1957年に松竹へ移籍。「女優王国」の新鋭として文芸作品、メロドラマ、コメディ、サスペンスなど様々なジャンルで活躍するが、この時すでに映画界はテレビに押され、斜陽期を迎えていた。

 1962年、自ら企画提案した『秋津温泉』で、監督に1933年生まれの若手・吉田喜重を指名。戦後日本社会の変転をひとりの女性の視点から映し出した傑作を送り出す。同じ年の二人は「一緒に歩いていく」ことを決め、自由な映画作りを目指して独立。ATG映画『エロス+虐殺』(1970)、『告白的女優論』(1971)などで前衛的なドラマ表現を追求する。

 それと同時に、茉莉子さんは他社の映画やテレビドラマ、舞台にも休みなく出演し、気丈な奥さんや女性経営者などの役を演じ続けてきた。一見厳しそうだが、付き合ってみると心優しく、度量の大きさで周りの人々に慕われている存在……1996年から続く人気シリーズ『温泉若おかみの殺人推理』での大女将役に代表される、人柄の奥に「一途さ」を感じさせる女性だ。

 来年は女優生活70周年。「ステイホーム」期間に大ヒットした韓国ドラマ『愛の不時着』のように、ロマンと哀愁、笑いと涙が詰め込まれた茉莉子さんの作品は、今後あらためて注目されていくはずだ。

参考文献:『女優 岡田茉莉子』 岡田茉莉子(2009年 文藝春秋社、2012年 文春文庫)
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)

◇3月以降の鑑賞会は、新型コロナウイルス感染症拡大の状況を受け、開催を中止しました。今後の予定は、9月の鑑賞会については、状況の判断を行い、皆様にご報告させていただきます。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 8月~9月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『シリアにて』《8月22日(土)から 東京 神保町 岩波ホールほかで公開》
 市街戦の中、アパートメントの一室に身を寄せる家族とその隣人。家族を守るための、いつ終わるとも知れぬ24時間の密室劇。(2017年 ベルギー=フランス=レバノン 監督/フィリップ・ヴァン・レウ) https://in-syria.net-broadway.com/
『行き止まりの世界に生まれて』《9月4日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
 アメリカ・イリノイ州ロックフォードでスケートボードに熱中していた少年たち。衰退した工業地帯「ラストベルト」で育った彼らのその後の人生を描くドキュメンタリー。(2018年 アメリカ 監督/ビン・リュー) http://www.bitters.co.jp/ikidomari/
『スペシャルズ!』《9月11日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》
 社会から見放された子供たちを受け入れる施設を経営する二人組が、閉鎖の危機に追い込まれながらも奮闘する。(2019年 フランス 監督/エリック・トレダノ) https://gaga.ne.jp/specials/

◇名画座・特集上映

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…8/28 グリーン・ライ~エコの嘘
【宮古 東屋の蔵】「シネマ・デ・アエル」…9/11・12『僕の帰る場所』(2017年/日本=ミャンマー)

<関東・甲信越>
【東京 神保町シアター】 8/29~9/25「生誕百年記念映画女優・原節子―輝きは世紀を越えて」…お嬢さん乾杯/女医の診察室/めし/指導物語/晩春/愛情の決算/白痴/女であること/他
【シネマヴェーラ渋谷】 8/29~9/25「素晴らしきサイレント映画Ⅱ」…牡蠣の王女/戦争と平和(1919年)/裁かるゝジャンヌ/都会の女/イントレランス/人生の乞食/百貨店/他
【東京 キネカ大森/新宿ピカデリー】 9/11~「インディアンムービーウィーク2020」…無職の大卒/ウイルス/ジャパン・ロボット/お気楽探偵アトレヤ/結婚は慎重に!/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 9/2~6「映画監督・市川崑と東京オリンピック」…おはん/東京オリンピック/野火(1959年版)/ぼんち
【新潟 市民映画館シネ・ウインド】 8/22~28「戦後75年記念上映」…蟻の兵隊/野火(2014年版)

<東海・北陸>
【名古屋シネマテーク】 8/22~28「イスラーム映画祭2020」…アル・リサーラ ザ・メッセージ/アブ・アダムの息子/イクロ2 わたしの宇宙/花嫁と角砂糖/銃か、落書きか/神に誓って/他
【名古屋 大須シネマ】 8/24~9/6 タッカー/南極料理人(8月24日復活オープン)
【福井 メトロ劇場】 9/5~10/9「市川雷蔵祭」…薄桜記/破戒/陸軍中野学校/炎上/忍びの者/斬る/ある殺し屋/他

<関西>
【京都シネマ】「名画リレー」 8/21~27 彼らは生きていた 9/4~10 閉鎖病棟 それぞれの朝 9/18~24 娘は戦場で生まれた
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 8/29~9/11「フィルム・ノワールの世界vol.5 アンコール」…クラッシュ・バイ・ナイト/勝負をつけろ/ラインの処女号/脅迫者/その男を逃すな/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 8/24~9/1 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢/母との約束、250通の手紙 9/2~10 最初の晩餐/お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ(2本立)

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 9/2~18「海を越えた喝采 国際映画祭受賞作品の特集」…砂の女/非行少女/東京オリンピック/サンダカン八番娼館 望郷/影武者/海と毒薬/死の棘/他
【高知 喫茶メフィストフェレス】「ゴトゴトシネマ」…8/31~9/6「シリア内戦ドキュメンタリー」…娘は戦場で生まれた/それでも僕らは帰る/アレッポ 最後の男たち/難民キャンプで暮らしてみたら

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 9/10~27「インド映画の名匠 アラヴィンダン監督特集」…黄金のシーター/サーカス/魔法使いのおじいさん/エスタッパン/追われた人々/他
【日田リベルテ】 8/24~9/4「森崎東監督追悼上映」…ペコロスの母に会いに行く

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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