第53回 労働映画のスターたち(53)花沢 徳衛

清水 浩之

《家具職人から俳優へ 「当事者」としてたたかう庶民派の年輪》

 9月13日、テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみさん。大会中に人種差別と警察暴力への抗議を(マスクで)表明したことに対し、「スポーツに政治を持ち込むな」と批判する人々が現れたが、1999年、Jリーグの試合中にNATOのユーゴ空爆への抗議を行ったストイコビッチや、アメリカ政府の気候変動政策への抗議を続け、去年だけでも4回逮捕されたジェーン・フォンダなど、現在進行形の問題に当事者として発言や行動ができることも、人々に愛される「スター」の資質だと思う。

 同じころ日本では、今年春の「検察庁法改正案」に抗議し、コロナ禍で困窮する文化・芸術分野への公的支援を求める発言を行った小泉今日子さんを揶揄して、「共産党から出馬準備?」なる記事(アサヒ芸能)が出た。「ものいう人」を牽制する手段としては大正時代そのままのセンスだが、いい年したオトナのくせに当事者意識を持てず、「ファンだったのにガッカリしました」とコメントしてしまうような消費者的態度は、今や右左どちらのオピニオンにも見られるので、お互いに気をつけたいものです。

 キョンキョンから30年前、昭和の共産党の選挙ポスターで「推薦人」としておなじみだったのが花沢徳衛さん(1911~2001)。「しんぶん赤旗」にもエッセイやコメントを寄せ、シンパ(共鳴者)として知られた彼に対して、「ファンだったのにガッカリしました」という声は聞かれなかった。
 時代劇でも現代劇でも、裏長屋に住む昔気質のガンコな職人のおやじさんを演じさせたら右に出るもののいない名脇役。彼が表明した「庶民の意見」は、たとえ政治的なスタンスは異なっても、戦中・戦後を生きる当事者同士として共感できたのではないか。今となっては懐かしい、そして今もどこかにいてほしいキャラクターだ。

 明治44年生まれの東京っ子。渋谷・神泉の裏長屋で育ち、小学5年の時に指物師(さしものし:釘を使わず組み立てる家具職人)に弟子入り。ハタチで独立し、今の渋谷マークシティ付近に「花澤美術家具研究所」を店開きした。だが、知人に油絵を勧められたのをきっかけに画家を志し、大阪に夜逃げして(!)洋画家の斎藤与里に師事。「何か芸術的な仕事を」と考え、1936年、J.O.スタヂオ(後の東宝京都撮影所)で俳優になった。

 ギョロリとした目に、甲高い大声。切れのいいべらんめえ口調。入社時の面接では《顔に自信があります。滑稽という要素になれたら》と意気込んだそうで、25歳で出演した『権三と助十』(1937、伊丹万作監督)での裏長屋の住人役を皮切りに、街の職人や田舎の百姓、漁師といった役柄を得意とした。
 子煩悩すぎる植木職人に扮した主演作『父っちゃん子』(1958、津田不二夫)のように、基本的には善良な働き者。鉄工所の労働争議を描いた『ドレイ工場』(1968、武田敦)で、「良かれと思って」会社寄りの第二組合設立を働きかける中間管理職のように、憎まれ役に回っても「善人らしさ」が失われないのがお人柄だろう。

 俳優人生の大きな転機となったのが、「四八闘争」こと、1948年の第三次東宝争議。《“映画が好き”という点では資本家も労働者もなかった》時代を知る者として、映画を愛していない経営陣の首切り策に我慢ならず、多くの仲間とともに撮影所に立て籠もった。
 スト破りを防ぐ「表門防衛隊長」の彼は、特撮用の大型扇風機を置き、小石やトウガラシを吹き付けて「敵」を撃退しようとした。この作戦は籠城仲間の黒澤明も絶賛(『七人の侍』の原風景ともいえる)。亀井文夫の目撃談によると、花沢隊長は「カウボーイのような帽子をかぶって」颯爽としていたらしい。役柄と実人生がリンクするような良いエピソードだ。

 「来なかったのは軍艦だけ」といわれた8月19日、アメリカ軍との協議の末に無血開城。彼は失業者となるが、《右も左もあるかい、わいは大日本映画党や》と宣言したマキノ光雄専務が率いる新会社・東映に迎えられ、『きけ、わだつみの声』(1950、関川秀雄)ではインテリ学徒兵に反感を抱く職人出身の一等兵、『警視庁物語』(1956~64)シリーズでは叩き上げのベテラン刑事と、「庶民派」として重宝がられ、毎週のようにスクリーンに登場した。

 松竹では山田洋次監督・ハナ肇主演の『馬鹿』シリーズ(1964)、森崎東監督・渥美清主演の『喜劇 女は度胸』(1969)などで主人公の父親役を務める。乱暴者の息子と取っ組み合いの大喧嘩を繰り返すオヤジさんは、滑稽と哀愁を滲ませる名キャラクターとなった。

 テレビでも『パパと呼ばないで』(1972、日テレ)の魚屋、『タクシー・サンバ』(1981、NHK)の運転手、『イキのいい奴』(1987、NHK)の鮨屋、『ひらり』(1992、NHK)の鳶職など、働き者の庶民として活躍。若い視聴者からは「かわいいガンコじいさん」として人気を集めた。

 すき焼きならネギや春菊、おでんならシラタキや昆布巻き。主役を引き立て、料理を豊かにしてくれる名脇役の条件とは、社会の当事者として生きてきた「年輪」かも知れない。

参考文献:
『脇役誕生』花沢徳衛(1995年 岩波書店)
『恥は書き捨て』花沢徳衛(1986年 新日本出版社)
『たたかう映画』亀井文夫(1989年 岩波新書)
『蝦蟇の油』黒澤明(1984年 岩波書店) ほか

        (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)

第67回労働映画鑑賞会~巨大ダムをつくる人たち~
・日時:2020年10月7日(水)18:00~
・上映作品:『高瀬ダム』 1979年/30分 制作:岩波映画製作所 監督:井坂能行
 ※解説とコメント:井坂能行氏(岩波映像顧問)
・内容:建設産業の工事現場を記録した映像の中で、巨大インフラの構築現場を記録した土木映画はひとつの独立したジャンルとして戦前から多くの記録映像が制作されてきました。戦後に入ると、50~60年代にかけての巨大ダム建設工事を記録する作品が多く作られました。今回は、その中でも、とりわけ現場で働く人たちに視点をあてている作品のひとつ、『高瀬ダム』を上映します。

・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 9月~10月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『ミッドナイトスワン』《9月25日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 新宿のショーパブで働くトランスジェンダーの主人公が、育児放棄された少女を預かることになり、次第に心を通わせていく。主演:草彅剛。(2020年 日本 監督/内田英治) http://midnightswan-movie.com/
『82年生まれ、キム・ジヨン』《10月9日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 韓国で130万部超のベストセラーとなった小説を映画化。結婚を機に仕事を辞め、家事と育児に追われる女性。次第に妻の心が壊れていくのに気づいた夫は……。(2019年 韓国 監督/キム・ドヨン) http://klockworx-asia.com/kimjiyoung1982/
『薬の神じゃない!』《10月16日(金)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》
 実際の密輸事件を基にした社会派ドラマ。上海の薬局主が経営に行き詰まり、ジェネリック薬の密輸に手を染めるが……。(2018年 中国 監督/ウェン・ムーイエ) http://kusurikami.com/
『博士と狂人』《10月16日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
 初版発行までに70年以上の歳月を要した「オックスフォード英語大辞典」の編纂者を、メル・ギブソンとショーン・ペンが演じる。(2018年 アメリカほか 監督/P・B・シェムラン) https://hakase-kyojin.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【名古屋シネマテーク/福井 メトロ劇場/京都シネマ】 「生誕100年 フェデリコ・フェリーニ映画祭」…8 1/2/アマルコルド/道/甘い生活/青春群像/魂のジュリエッタ

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…9/25 島にて 10/2 タッチ・ミー・ノット 10/9 燕 yan 10/16 zk/頭脳警察50
【大館 御成座】 10/16~11/29「一生に一度は、映画館でジブリを。」…風の谷のナウシカ/ゲド戦記/千と千尋の神隠し/もののけ姫
【山形 やまぎん県民ホール】 10/10・11「やまがた芸術の森音楽祭2020~映画の森」…あまねき旋律/世界一と言われた映画館/ゴジラ(1954年版)/おくりびと/満山紅柿/ラ・カチャダ

<関東・甲信越>
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 9/20~11/21「昭和アイドル映画の時代」…めぐりあい/海はふりむかない/高校さすらい派/俺たちの荒野/神田川/Wの悲劇/ロックよ、静かに流れよ/他
【東京 神保町シアター】 9/26~10/16「山と溪谷社創業90周年記念 スクリーンで楽しむ山岳映画の世界」…黒い画集 ある遭難/アルプスの若大将/剱岳 点の記/銀嶺の果て/瀬降り物語/氷壁/ラブ・ストーリーを君に/他
【東京 目黒シネマ】 9/26~10/2「ジェームズ・ディーン没後65年」…エデンの東/理由なき反抗(2本立)
【横浜シネマリン】 9/19~10/9「宍戸錠映画祭」…警察日記/大草原の渡り鳥/危いことなら銭になる/硝子のジョニー 野獣のように見えて/拳銃は俺のパスポート/殺しの烙印/他
【川越スカラ座】 10/3~16「坂上香監督特集」…プリズン・サークル/Lifers ライファーズ 終身刑を超えて/トークバック 沈黙を破る女たち
【長野松竹相生座・ロキシー】 10/3~11/6「鬼才 ポン・ジュノ特集」…パラサイト 半地下の家族 モノクロver./ほえる犬は噛まない/殺人の追憶/母なる証明/スノーピアサー

<東海・北陸>
【富山 ほとり座】 9/26~10/30「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち」…ロバと王女/シェルブールの雨傘/ロシュフォールの恋人たち/女と男のいる舗道/女は女である
【名古屋 大須シネマ】 10/5~18 ある日本の絵描き少年/うたかたシノプシス;(2本立)
【岐阜 ロイヤル劇場】 9/19~10/2「映画監督:成瀬巳喜男×脚本家:松山善三特集」…乱れる/ひき逃げ(週替り)

<関西>
【アップリンク京都】 10/16~11/12「京マチ子映画祭」…雨月物語/地獄門/羅生門/夜の素顔/いとはん物語/偽れる盛装/女の一生/痴人の愛/黒蜥蜴/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 10/3~16「セルゲイ・ボンダルチュク 生誕100周年記念特集」…戦争と平和/セルギー神父/祖国のために/人間の運命/ワーテルロー
【神戸 パルシネマしんこうえん】 10/8~15 ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像/こころに剣士を 10/16~26 ジュディ 虹の彼方に/ワイルド・ローズ(2本立)

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 10/14~31「銀幕のメモワール」…日本の夜と霧/青春の蹉跌/新幹線大爆破/青春の殺人者/麻雀放浪記/コミック雑誌なんかいらない!/ハチ公物語/他
【高知 安田大心劇場】 9/26~10/3「追悼、渡哲也。高知ロケ作品大公開!!」…続 東京流れ者 海は真赤な恋の色
【高知 あたご劇場】 10/10~15「渡哲也追悼特集」…花と龍/野良犬(2本立)

<九州・沖縄>
【福岡県総合図書館 シネラ】 10/4~31「インドネシア映画特集」…三人姉妹/蚊帳の中/母/青空がぼくの家/一切れのパンの愛/クルドサック/聖なる踊子/ジャングル・スクール/他
【本渡第一映劇】 10/10~23「天草市民シアター」…あつい壁/社長千一夜(週替り)
【那覇 桜坂劇場】 10/17~23「黒澤明監督特集」…乱 4Kデジタル修復版/AK ドキュメント黒澤明

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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