【「労働映画」のリアル】

第54回 労働映画のスターたち(54) 田中 裕子

清水 浩之

 《おしんから西太后まで ニンゲン界を独りで進む「女丈夫(じょじょうふ)」》

 「もし 君の呼び声に誰も答えなくても ひとりで進め」
 1913年のノーベル文学賞受賞者、インドのラビンドラナート・タゴールの詩だ。「団結」や「絆」も大切だが、ひとは誰でも、つらい状況を「独りで」進まなくてはならないときがある。

 20世紀の日本映画には、三船敏郎、山田五十鈴、京マチ子、市川雷蔵など、孤立無援の中を独立独歩で進むヒーロー、ヒロインがいた。21世紀の今、こんなタイプの俳優はいるかな・・・と考えていたら、ちょうど良いタイミングで『おら おらで ひとりいぐも』(11月6日公開、監督・沖田修一)の予告編が流れてきた。原作は若竹千佐子の芥川賞受賞作。75歳の独居女性が、心に湧き上がる「寂しさ」と共生しながら、日々をにぎやかな暮らしへと変化させていく。主演は・・・そうか! 私たちの時代には田中裕子さんがいるじゃないか。

 日本のテレビドラマ史上最大のヒット作『おしん』(1983~84、NHK)をはじめ、様々な時と場所でたくましく生きる女性に扮してきた裕子さん。デビュー直後の20代から、60代となった現在まで、女丈夫(じょじょうふ)=気性が強くしっかりした「女傑」がよく似合う。一方で、プライベートに関する記事や発言が非常に少なく、「素顔」はほとんど知られていないことも、往年の映画スターのようだ。SNS全盛の今、孤高の輝きを放つ彼女の魅力とは?

 1955年大阪生まれ。10代まで札幌で過ごす。明治大学文学部演劇学科在学中に文学座に入り、1979年にNHKの朝ドラ『マー姉ちゃん』(1979)で、少女時代の漫画家・長谷川町子役に選ばれる。切れ長の目、にっこりと明るい笑顔がチャームポイントで、隣近所にいるお姉さんみたいな親しみやすさが、たちまちお茶の間の人気を集めた。

 山田太一・作『想い出づくり。』(1981、TBS)の、結婚適齢期を迎えて人生に悩むOLや、映画『ザ・レイプ』(1982、監督・東陽一)での、世間からの「セカンドレイプ」に晒されながらも法廷で闘うデザイナーなど、デビュー直後からずば抜けた演技力が高く評価される。後の夫・沢田研二との初共演作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982、山田洋次)や、名匠・久世光彦と組んだドラマ「向田邦子新春シリーズ」(1986~2001、TBS)などでは、良家で育った「おしとやか」な女性の役がよく似合った。

 一方で、1983年に放送されたサントリー樹氷のCMでの「タコが泣くのよ~」「人間やってくのも大変だけど、タコも大変なんだね」と、ほろ酔い顔で呟く裕子さんの色っぽさが話題を呼ぶ。松本清張・原作の『天城越え』(1983、三村晴彦)、高倉健・主演の『夜叉』(1985、降旗康男)などで演じた妖艶な「ファム・ファタール」は、いま見ても絶品だ。

 そんな80年代のトレンディーな彼女の前に立ちはだかった怪物が『おしん』だ。山形の小作農家に生まれた主人公が、明治から昭和までの時代を生きぬいていく、波瀾万丈の一代記。作者の橋田壽賀子は「昭和天皇にご覧いただきたくて」おしんを1901年生まれに設定したという。当時としても十分アナクロな企画だったわけだが、少女期の「おしん」を演じた小林綾子(10歳)の健気さに人気が沸騰し、平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%のオバケ番組と化していく。

 全297話のうち、思春期から40代までの189話で「おしん」を演じた裕子さん。橋田が意図した「女目線の近現代史」は、彼女の渾身の演技で具現化されていった。姑(高森和子)に虐められ、最初の子を死産で失い放心状態となった「おしん」が、同時期に産まれた実家の赤ん坊にお乳を分ける・・・喜怒哀楽の吹っ飛んだような表情が忘れられない。
 『おしん』が68の国と地域で放送され、特にイランやアフガニスタン、ベトナム、中国などで熱狂的な支持を集めたのは、どこの国にも「Oshin」や「阿信」がいたからだし、裕子さんが体当たりで演じきったヒロインの姿に、各国の庶民層がリアリティを認めたからだと思う。

 30代以降は、平凡な女性の魅力的な佇まいを巧みに演じていく。サントリーニューオールドのCM「恋は遠い日の花火ではない」(1995、演出・市川準)での、お弁当屋で働く女性が若い男性客に好意を告げられる、小さな幸せの瞬間。映画『いつか読書する日』(2005、緒方明)では、同級生(岸部一徳)との30年越しのプラトニック・ラヴをおだやかに熱演。坂元裕二・作の社会派ドラマ『Mother』(2010)、『Woman』(2013)、『anone』(2018、日テレ)で、いずれも「ワケアリ」の母親として登場するのも見逃せない。

 おしんの系譜に連なる「女丈夫」としては、アニメ『もののけ姫』(1997、宮崎駿)のエボシ御前、日中合作ドラマ『蒼穹の昴』(2009)の西太后を堂々と演じたほか、近年は『共喰い』(2013、青山真治)、『ひとよ』(2019、白石和彌)で、わが子のためなら夫とも差し違える覚悟の肝っ玉母さんを飄々と演じてみせた。
 最近はグレイヘアがトレードマークとなった裕子さん。今後も人間界を超然と独歩するヒロインをのびのびと演じていただきたいです。

参考記事:「共演者も仰天した、怪優・田中裕子『おしん』撮影秘話」/『週刊現代』2019年6月15日号(講談社)

   (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
     ____________________

●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

第68回 労働映画鑑賞会~家でもない、学校でもない。そこは駄菓子屋~
・日時:2020年11月12日(木)18:00~
・上映作品:『ぼくと駄菓子のいえ』 2017年/74分 監督・撮影:田中健太 制作指導:原一男、小林佐智子(大阪芸術大学)
・内容:大阪・富田林市の駄菓子屋「風和里(ふわり)」。店主の母娘と、家族の問題や学校でのイジメなどで居場所を失った子供たちとの、涙あり、笑いありの交流と成長を描いた長編ドキュメンタリー映画。座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル入賞作品。
 作品サイト https://www.bokutodagashinoie.com/

◎【上映情報】労働映画列島! 10月~11月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『スタートアップ!』《10月23日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
 韓国のウェブ漫画「始動」を映画化。反抗的な少年が街中華のオヤジと出会い、社会との付き合い方を学んでいく。主演は「悪人伝」のマ・ドンソク、母親役に「明日へ」のヨム・ジョンア。(2019年 韓国 監督/チェ・ジョンヨル) http://klockworx-asia.com/startup/
『瞽女 GOZE』《8月8日(土)から J-MAXシアター上越ほかで先行公開 10月23日(金)から 東京 シネ・リーブル池袋ほかで全国公開》
 盲目の女旅芸人「瞽女(ごぜ)」として生きた小林ハルさん(1900~2005)の生涯を映画化。過酷な修行にも屈することなく懸命に生きる姿を、母と子の愛と葛藤を軸に描く。(2020年 日本 監督/瀧澤正治) https://goze-movie.com/
『エイブのキッチンストーリー』《11月20日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
 イスラエル人の母とパレスチナ人の父を持つ少年が、世界各地の味を融合させた「フュージョン料理」と出会い、家族の絆を料理でつなぎ直そうとする。(2019年 アメリカ=ブラジル 監督/フェルナンド・グロスタイン・アンドラーヂ) https://abe-movie.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【東京 新宿武蔵野館ほか】 10/30から「ジャン=ポール・ベルモント傑作選」…大盗賊/大頭脳/危険を買う男/オー!/ムッシュとマドモアゼル/警部/プロフェッショナル/ほか

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…10/23 タゴール・ソングス 10/30 DUMB TYPE 高谷史郎 11/6 東京バタフライ 11/13 和田淳特集 私の秘かな動く愉しみ
【弘前 スペースアストロ】 11/21「harappa映画館 #34 りんごのまち弘前」…アダムズ・アップル/ミスりんご/りんごのうかの少女/パラダイス・ロスト
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 11/20「金曜上映会 山の恵みの映画たち」…アルプス・バラード(1996年 スイス)

<関東・甲信越>
【東京 春日 文京区民センター】 11/3「第57回 憲法を考える映画の会」…地の塩(1954年 監督/ハーバート・ビーバーマン)
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 10/29~12/6「35mmフィルムで見るクリント・イーストウッドの軌跡」…ダーティハリー/許されざる者/マディソン郡の橋/真夜中のサバナ/グラン・トリノ/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 10/31~11/20「名脇役列伝V 岡田英次&芥川比呂志生誕百年記念 インテレクチュアルズ」…煙突の見える場所/日本の夜と霧/人間魚雷回天/東京夜話/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】 11/14~20「フィンランド映画祭 アンコール」…マイアミ/リトル・ウィング/湖のものがたり/サマー・フレンズ/水面を見つめて/コンクリートナイト
【川崎市アートセンター】 10/25・10/30~11/1「第26回 KAWASAKIしんゆり映画祭2020」…神々の深き欲望/島にて/だってしょうがないじゃない/SKIN スキン/淪落の人/他
【まつもと市民芸術館】 11/13~15「爆音映画祭in松本2020」…音楽/デッド・ドント・ダイ/ロシュフォールの恋人たち/眠る虫/サスペリア/セノーテ/他

<東海・北陸>
【名古屋 ミッドランドスクエアシネマ】 11/27~12/3「35mmフィルム上映」…15才 学校IV(2000年 監督/山田洋次)
【岐阜 ロイヤル劇場】 10/31~11/13「人間の本性を追求し続けた男 今村昌平監督特集」…豚と軍艦/にっぽん昆虫記(週替り上映)

<関西>
【京都文化博物館 フィルムシアター】 10/20~11/14「松竹100周年 松竹京都撮影所特集」…雪之丞変化(1935年版)/元禄忠臣蔵 前後篇(1941-42)/破れ太鼓/大江戸五人男/他
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 11/14~12/4「台湾巨匠傑作選2020」…バナナパラダイス/停車/盗命師/古代ロボットの秘密/血観音/天龍一座がゆく/河豚/青春神話/父の初七日/他
【宝塚シネ・ピピア】 10/30~11/5「第21回 宝塚映画祭」…桂春団治/弥次喜多漫才道中/美貌の都/ジャズ娘乾杯/ハイハイ3人娘/れいこいるか/他

<中国・四国>
【シネマ尾道】 10/31~11/20「若尾文子映画祭」…女は二度生まれる/妻は告白する/雁の寺/赤線地帯/刺青/浮草/他
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画をみる会」…10/25 もみの家 11/15 お名前はアドルフ? 12/19 その手に触れるまで

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館 シネラ】 11/3~28「日本映画名作選」…隣の八重ちゃん/赤西蠣太/醜聞/さらばモスクワ愚連隊/八月の濡れた砂/野蛮人のように/原野の子ら/僕の帰る場所/他
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 11/21~12/4「オーガニックウィークス」…ビッグ・リトル・ファーム/もったいないキッチン/いただきます。ここは、発酵の楽園
【那覇 桜坂劇場】 10/24~30「70年代沖縄映画特集」…沖縄エロス外伝 モトシンカカランヌー/極私的エロス・恋歌1974/Aサインデイズ

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧