【「労働映画」のリアル】

第55回 労働映画のスターたち(55)三船 敏郎

清水 浩之

《「敵ながら天晴」・・・戦後復興を牽引したSONY、HONDA、そしてMIFUNE》

 原節子・山口淑子・森光子・長谷川町子・阿川弘之・川上哲治・梅棹忠夫・奥崎謙三……今年「生誕100年」を迎えた1920(大正9)年生まれの顔ぶれを眺めると、眩しいくらいのバイタリティ、強靭な生命力を感じる。10代から20代半ばまでの掛けがえのない時間を「十五年戦争」とともに歩まされ、オトナたちが勝手に破産させてしまった国を再建しなくてはならなかったのだから、当然とも思える。
 その中でも一際烈しい発光体として、焼け跡に忽然と現れた「スター」が、“LAST SAMURAI”こと三船敏郎氏(1920-1997)だ。

 1951年のヴェネツィア国際映画祭で、米軍占領下のオキュパイド・ジャパンから出品された『羅生門』(1950)が金獅子賞に輝いたのをきっかけに、『七人の侍』(1954)、『用心棒』(1961)と続く黒澤明監督×三船敏郎主演の16作品は、世界各地のスクリーンに広がっていった。
 鋭い眼光、すばやい身のこなし、クレバーな状況判断、そして野太くセクシーな声。「敵ながら天晴(あっぱれ)」な男・ミフネは、だまし討ちやバンザイ突撃を仕掛けてくる不気味な敵国にも武士道=騎士道精神があることを知らしめ、イタリアの『荒野の用心棒』(1964、セルジオ・レオーネ監督)、アメリカの『スター・ウォーズ』(1977、ジョージ・ルーカス)など、その後に作られた活劇のヒーロー像に大きな影響を与えた。国際社会での信頼回復に貢献したという点で、SONY、HONDAなどと同様に「MIFUNE」ブランドの功績は大きい。

 中国・青島で生まれ、5歳から大連で育つ。ロシアの租借地だった港町で育った体験から、外国人に対するコンプレックスを感じない青年に成長。旧制中学を卒業後、父が経営する写真館で働いていたが、20歳で兵隊にとられた。
 満州の陸軍航空教育隊に配属されるが、上官の陰湿なイジメには一貫して反抗。ケンカになると、襟についた自分の階級章を引きちぎりながら「そっちもそれを取れ! 人間対人間でいこうぜ!」と迫った。敗戦までの足掛け6年を軍で過ごしたが、階級は上等兵どまり。長い物に巻かれない反骨の姿勢は、その後の役柄にも通じる。

 復員後、戦友を頼って東宝撮影所のキャメラマン助手を志望。欠員がなかったため、新人俳優のオーディションに参加させられる。「男のくせにツラで飯を食うなんて」とフテ腐れるが、大争議の最中だった東宝は、従来のスター中心主義から作品&作家主義に方針転換していたため、この「兵隊帰りの態度の悪い男」は、野心的なスタッフの目に留まった。
 谷口千吉監督『銀嶺の果て』(1947)に、雪山に逃げ込んだ銀行強盗の役で初出演。現場で自発的に重い機材を運ぶ真面目な態度が周囲の評価を変えていく。この作品の脚本と編集を受け持った黒澤明も、三船の「戦後」そのもののような面構えに惚れ込み、自作の『酔いどれ天使』(1948)で破滅的なヤクザ役に起用。以後17年にわたる共同作業が始まる。

 傑作揃いの黒澤×三船作品だが、中でも『七人の侍』は三船のキャラクターが最大限に活かされ、世界中の観客に愛され続けている。戦国時代末期、野武士の襲撃から村を護るため、農民に雇われた侍たち。三船扮する若者・菊千代は、勝手に紛れ込んできた“ニセ侍”だが、もとは百姓の生まれで、戦で親を失い孤児として育ってきたことがわかる。
 野武士との戦いから赤ん坊を救い出し、「こいつは俺だ!」と泣き叫ぶ菊千代は、地上に生きるすべての民が「なぜ生きるのか」「なぜ闘うのか」を雄弁に語り、言葉や時代の壁をも超えた共感を呼ぶのではないだろうか。

 1961年、メキシコ映画『価値ある男』(イスマエル・ロドリゲス監督)の主演に招かれて以降は、『グラン・プリ』(1966、ジョン・フランケンハイマー)、『レッド・サン』(1971、テレンス・ヤング)、『将軍』(1980、ジェリー・ロンドン)などの海外作品にも積極的に出演。日本人や日本文化の描き方がおかしければ、妥協せずに修正を要求した。南太平洋の孤島を舞台にした『太平洋の地獄』(1968、ジョン・ブアマン)は、島に漂着した日米の軍人が、最初は敵対するが次第に生き延びるため協力していく過程を、リー・マーヴィンとの二人だけで演じきった力作。若い頃、軍隊組織の不条理の中でも貫いた「人間対人間でいこうぜ!」の精神が感じられるのがいい。

 「三船さんは海のような人。普段は穏やかで美しいけれど、いったん荒れたら・・・」
 (司葉子さんの証言、映画「MIFUNE:THE LAST SAMURAI」2015年)―
 気配りと思いやりの人として慕われ、1963年には斜陽の映画業界の肩代わりに「三船プロダクション」を設立。リアルな人生でも「用心棒」や「指揮官」として活躍し続けたが、その反動のように私生活での様々なトラブルを経験してきた三船さん。「男は黙ってサッポロビール」(1970)という有名なキャッチフレーズは、そんな大正生まれの男の、悟りの境地だったのかも知れない。

参考記事:「サムライ 評伝 三船敏郎」松田美智子(2014年 文藝春秋)
「三船敏郎外伝 わたしのトシローさん」粟津號・船木倶子(2020年 倶子オフィス)

      (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
 次回は2021年2月上旬の開催を予定しています。
会場:連合会館 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 12月~1月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

新作ロードショー

『大コメ騒動』《1月8日(金)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》
 1918年、富山の漁師町で起きた「米騒動」を、井上真央主演で映画化。米価の高騰により困窮した女房たちが立ち上がる。(2020年 日本 監督/本木克英) https://daikomesodo.com/
『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』《1月8日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》
 映画のアクションシーンを担ってきた、スタントウーマンたちの歴史を紐解くドキュメンタリー。ミシェル・ロドリゲスが製作総指揮とナビゲーターを務める。(2019年 アメリカ 監督/エイプリル・ライト) http://stuntwomen-movie.com/
『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』《1月8日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 2014年、アジア初の火星探査ミッションを成功させた、インドの宇宙開発技術者たちの実話を映画化。『パッドマン 5億人の女性を救った男』のスタッフが再結集。(2019年 インド 監督/ジャガン・シャクティ) https://m-mangal.com/
『ジャスト6.5 闘いの証』《1月16日(土)から 東京 新宿 K's cinemaほかで公開》
 イラン警察と麻薬密売組織との壮絶な攻防をスリリングに描く犯罪ドラマ。2019年東京国際映画祭で最優秀監督賞・最優秀主演男優賞を受賞。(2019年 イラン 監督/サイード・ルスタイ) http://just6.5andwarden.onlyhearts.co.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【京都みなみ会館:12/25~1/14】【横浜シネマリン:1/2~22】「台湾巨匠傑作選2020」…バナナパラダイス/盗命師/天龍一座がゆく/郊遊 ピクニック/祝宴!シェフ/幸福路のチー/他

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…1/15 大海原のソングライン 1/29 建築と時間と妹島和世
【浦河 大黒座】 12/26まで:パブリック 図書館の奇跡 1/16まで:ホテルローヤル 12/27~1/30:星の子
【秋田 AL☆VEシアター】 1/6・13・20「シニア映画祭」…男はつらいよ お帰り寅さん/引っ越し大名!/YUKIGUNI/鈴木家の嘘
【山形市民会館】 1/15「山形から生まれたテレビ・ドキュメンタリーが観たい!YTS山形テレビ編」…希望の一滴~希少難病に光!ここまで来た遺伝子治療/妖怪を見た男~近代建築界の巨人 伊東忠太の世界

<関東・甲信越>
【高崎電気館】 12/22~28「渡哲也追悼特集」…東京流れ者/愛と死の記録/大幹部 無頼
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 1/5~31「中国映画の展開―サイレント期から第五世代まで」…八百屋の恋/十字路/八千里の雲と月/紅色娘子軍/雑居アパート大騒動/狩り場の掟/秋菊の物語/他
【東京 新宿武蔵野館/シネマカリテ】 1/1~21「武蔵野館開館100周年記念上映 〈世界のミフネ〉と呼ばれた男」…銀嶺の果て/無法松の一生/東京の恋人/或る剣豪の生涯/宮本武蔵/吹けよ春風/他
【東京 池袋 新文芸坐】 1/1~12「銀幕に甦れ!黒澤&三船 日本映画最高のコンビ〈東宝編〉」…天国と地獄/蜘蛛巣城/用心棒/七人の侍/野良犬/生きものの記録/他(入替制)
【東京 北千住 シネマブルースタジオ】 1/6~2/23「アニエス・ヴァルダ監督特集」…5時から7時までのクレオ/幸福 しあわせ/ジャック・ドゥミの少年期
【横浜 シネマノヴェチェント】 1/4~8「マックス・オフュルス監督特集」…笑う相続人/ディヴィーヌ/ヨシワラ/マイエルリンクからサラエヴォへ/無謀な瞬間/輪舞/他
【長野松竹相生座・ロキシー】 12/26~1/22「寅さん特集 第10弾」…寅次郎わが道をゆく/噂の寅次郎/翔んでる寅次郎/寅次郎春の夢(週替り)

<東海・北陸>
【福井 メトロ劇場】 12/26~1/29「若尾文子映画祭」…刺青/雁の寺/華岡青洲の妻/赤い天使/越前竹人形/ぼんち/女系家族/妻は告白する/他
【名古屋シネマテーク】 12/26~30「王兵 ワン・ビン特集」…死霊魂/無言歌/鳳鳴(フォンミン) 中国の記憶/収容病棟/三姉妹 雲南の子/鉄西区
【岐阜 ロイヤル劇場】 1/2~15「植木等&ハナ肇 コメディ映画特集」…ニッポン無責任時代/運が良けりゃ(週替り)

<関西>
【アップリンク京都】 12/18~1/7「見逃した映画特集2020 in KYOTO」…パブリック 図書館の奇跡/マティアス&マキシム/ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー/パラサイト 半地下の家族/行き止まりの世界に生まれて/他
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 1/2~29「映画監督 野村芳太郎」…角帽三羽烏/張込み/背徳のメス/拝啓天皇陛下様/女の一生/砂の器/八甲田山/事件/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 12/22~30 エジソンズ・ゲーム/ルース・エドガー 1/1~9 男はつらいよ 純情篇/奮闘篇 1/10~18 パブリック 図書館の奇跡/レ・ミゼラブル 1/19~27 淪落の人/巡礼の約束(2本立)

<中国・四国>
【アップリンク京都】 12/18~1/7「見逃した映画特集2020 in KYOTO」…パブリック 図書館の奇跡/マティアス&マキシム/ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー/パラサイト 半地下の家族/行き止まりの世界に生まれて/他
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 1/2~29「映画監督 野村芳太郎」…角帽三羽烏/張込み/背徳のメス/拝啓天皇陛下様/女の一生/砂の器/八甲田山/事件/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 12/22~30 エジソンズ・ゲーム/ルース・エドガー 1/1~9 男はつらいよ 純情篇/奮闘篇 1/10~18 パブリック 図書館の奇跡/レ・ミゼラブル 1/19~27 淪落の人/巡礼の約束(2本立)

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館 シネラ】 1/6~24「ドキュメンタリー映画特集」…メソポタミア/あるマラソンランナーの記録/ドキュメント 路上/鬼すべ/干潟のある海 諫早湾1988/阿賀に生きる/三池 終わらない炭鉱の物語/小梅姐さん/他
【本渡第一映劇】 12/26~1/6「天草市民シアター 第35回」…ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌(1992年)
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 1/2~2/12「市川雷蔵祭」…弁天小僧/薄桜記/炎上/破戒/陸軍中野学校/ひとり狼/眠狂四郎女妖剣/他

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf
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