【「労働映画」のリアル】

第63回 労働映画のスターたち(63)菅原 文太 [#j6456e99]

清水 浩之

《「弾はまだ残っとるがよぅ」 ―敗れても不服従、反骨に生きた「戦後の長男」》
 ♪ちゃららー、ちゃららー・・・
 ご存じ『仁義なき戦い』のテーマ(作曲・津島利章)。今では甲子園でブラスバンドが演奏する定番曲だ。「高校野球の応援にヤクザ映画?」と思うかも知れないが、この作品がいわゆる「ヤクザもの」と一線を画すことは、映画ファン以外にも広く認識されている。

 《戦いが始まるとき、まず失われるものは若者の命である。そして、その死は、ついに報われたためしがない。》

 広島・原爆ドームを背景に、このナレーションが流れるのは、シリーズ第3作『仁義なき戦い 代理戦争』(1973年9月25日公開)のエンディングだ。『博奕打ち 総長賭博』(1968)で、三島由紀夫に「ギリシア悲劇にも通じる構成」と絶賛された脚本家・笠原和夫。軍隊組織の不条理を告発する『軍旗はためく下に』(1972)を映画化したばかりの監督・深作欣二。ヤクザ社会を舞台に、人間社会の縮図を描こうとした作り手の思いは、たとえ時代が変わっても、観る者の胸に迫ってくる。

 戦後の日本映画を観続けると、俳優が「1945年8月15日に何歳だったか」が作品の内容にも反映されることに気づかされる。東宝が得意とした「サラリーマン映画」なら、森繁久彌(敗戦当時32歳)、植木等(18歳)、加山雄三(8歳)で、仕事への姿勢や会社への忠誠心もガラリと変わる。

 東映が一世を風靡した「やくざ映画」の場合、『博奕打ち』シリーズの鶴田浩二(敗戦当時20歳)、『昭和残侠伝』シリーズの高倉健(14歳)らが築き上げた「任侠映画」路線には、往年の時代劇王国を継承した、義理人情を重んじる「忠臣蔵」の美学があるのに対し、『仁義なき戦い』シリーズの菅原文太(敗戦当時12歳)、千葉真一(6歳)、松方弘樹(3歳)らが開拓した「実録映画」路線は、その真逆の「不忠臣蔵」。仲間同士が平気で裏切ったり裏切られたりするリアルな群像劇の登場で、それまでの「美学」はたちまち色褪せてしまった。

 戦後派少年の「長男」格として現れた菅原文太さんは、その後も「反骨」のヒーローを演じ続け、「長いものに巻かれない」庶民のイメージを最後まで貫いた。リーダー役やお父さん役が少ないにもかかわらず、今も多くの人に愛されている、珍しいタイプの国民的スターだ。

 宮城県仙台市出身。父は洋画家・詩人の狭間二郎で、地元紙記者として働き、プロレタリア文学運動にも参加していた。文太さんは早稲田大学入学後に俳優を志し、岡田眞澄らとともに男性ファッションモデルの草分けとして活動。1958年に新東宝に入社し、この年完成した東京タワーに因んだ「ハンサム・タワーズ」の一員として売り出される。ところが1961年に新東宝が倒産。松竹に移籍するが、女性映画が主流だったため、専ら悪役を担わされた。やがて、「元・組長」の安藤昇と共演したのを機に、安藤の紹介で東映へ。既に34歳になっていた。

 当時の東映は、鶴田・高倉・藤純子らの「正統派」任侠路線と、若山富三郎主演『極道』シリーズ、梅宮辰夫主演『不良番長』シリーズなど、笑いやお色気を盛り込んだ「二枚目半」ヒーローものの2本立で人気を集めていた。遅れて来た文太さんは「B面」の方に参戦。精悍な風貌、クールな佇まいで頭角を現し、たちまち『現代やくざ』、『関東テキヤ一家』、『まむしの兄弟』といったシリーズの主演に昇格する。

 『仁義なき戦い』の原作は、広島で1950年頃から20年余り続いた暴力団抗争を、当事者である元・組長(美能幸三)の獄中手記を基に構成したノンフィクション。連載中の雑誌をたまたま購入した文太さんは、すぐにプロデューサーに会って映画化を希望した。

 主人公・広能昌三は、復員兵仲間のトラブルからやくざの世界に足を踏み入れるが、野心を持たない彼は狡賢い親分に利用されたり、組織間の諍いの板挟みになったりと、いつも苦しい立場に追い込まれる。

 「あとがないんじゃ、あとが」
 「間尺に合わん仕事したのう」
 「もうわしらの時代は終いで・・・口が肥えてきちょって、こう寒さが堪えるようになってはのう」

 広島弁で繰り出される台詞は決してカッコいい内容ではないが、どこの職場にも当てはまりそうなリアリティがある。こうした「現場の実感」が、長く愛されている要因だとも思う。

 その後、人情コメディ『トラック野郎』シリーズ(1975~80)を経て、NHK大河ドラマ『獅子の時代』(1980)では幕末の会津藩士に扮し、明治新政府に敗れ続けながらも決して服従しない、文太さんならではの「反骨」のヒーロー像を確立させた。

 晩年は一線を退き、農業に取り組んでいたが、亡くなる直前の2014年11月、米軍普天間基地の辺野古移設問題が争点となった沖縄県知事選挙での応援演説が、文字通り最後の「出演」となった。
 基地負担の軽減を望む県民に、納得できないのなら服従するな、という思いで呟いたのは、『仁義なき戦い』第一作ラストシーンのセリフだった。
 「弾はまだ残っとるがよぅ」

参考文献:
『現代思想 総特集 菅原文太 反骨の肖像』(2015年 青土社)
『仁義なき戦い 菅原文太伝』松田美智子(2021年 新潮社)
『ヤクザも惚れた任侠映画』夏原武・編(2009年 宝島SUGOI文庫)
『仁義なき戦い 100の金言』石田伸也・編著(2017年 徳間書店)
『追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く
反骨の役者人生』山平重樹(2014年 アサ芸プラス) ほか

    (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

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 世界の繊維産業を支えるバングラデシュ。衣料品工場の過酷な労働環境と低賃金に立ち向かう女性たちを描く。(2019年 バングラデシュほか 監督/ルバイヤット・ホセイン)
 http://pan-dora.co.jp/bangladesh/

『わが青春つきるとも―伊藤千代子の生涯―』《4月30日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 昭和初期、女工のストライキ支援に取り組んだ伊藤千代子。弾圧により24歳で亡くなった生涯を描く。(2022年 日本 監督/桂壮三郎)
 https://chiyoko-cinema.jp/

『マイスモールランド』《5月6日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 埼玉で暮らすクルド人一家の日常を描くドラマ。難民申請が不認定となり、高校生の長女は様々な困難に直面していく。(2022年 日本 監督/川江田恵真)
 https://mysmallland.jp/

『グロリアス 世界を動かした女たち』《5月13日(金)から 東京 kino cinéma 立川髙島屋S.C.館ほかで公開》
 1960年代、女性解放運動のパイオニアとして活躍したグロリア・スタイネムと仲間たちの闘いの軌跡。(2020年 アメリカ 監督/ジュリー・テイモア)
 https://movie.kinocinema.jp/works/theglorias

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
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(2022.4.20)
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