【「労働映画」のリアル】

第66回 労働映画のスターたち(66)沢村貞子

清水 浩之

《生きることは、食べること ― 昭和の「おっかない貞子」は暮らし方の達人》

 「貞子/さだこ」という名前に、平成生まれの世代は鈴木光司原作の映画『リング』(1998、監督/中田秀夫)でお馴染みの〈古井戸から這い出てくる髪の長い幽霊〉=山村貞子を思い浮かべるかも知れないが、昭和のテレビドラマを見てきた世代にとっての「おっかない貞子」といえば、橋田壽賀子脚本『となりの芝生』(1976、NHK)で、社会現象にもなった〈嫁につらくあたる姑〉=沢村貞子さんではないだろうか。

 歯切れのいい江戸言葉、着物姿のシャンとした佇まい。令和の時代となり「明治は遥か遠くになりにけり」だが、明治生まれの女性のカッコよさの象徴として、今も怖がられ……いや、愛されている。
 1934年の映画初出演から89年の俳優業引退までの55年間で、映画はおよそ450本、テレビドラマは250本、あわせて700本以上に出演した名脇役。とりわけ1955年は映画33本、1960年は映画25本とテレビ17本に出演。40~50代はひたすら働き通しの日々だった。

 60代以降はエッセイストとしても活躍。1978年には半生記『貝のうた』と『私の浅草』を基にしたNHKの朝ドラ『おていちゃん』が放送され、最高視聴率50%を記録した。2019年には『わたしの献立日記』を基にした料理番組『365日の献立日記』(Eテレ)が生まれ、今も新しいファンを増やし続けている。
 『わたしの献立日記』には、毎日の食事のメニューを書きつけたノートがそのまま引用されている。献立を記録し始めた1966年当時、貞子さんは57歳。映画、テレビ、舞台に出演する多忙な日々を送りながら、夫・大橋恭彦氏(月刊「映画芸術」発行人)と囲む食事は、必ず自分で作っていた。明治生まれの奥さんが「自分で決めたことだから」とワンオペ体制を貫いていたわけだが、限られた時間の中で、おいしくて健康を維持できるごはんを作り続けるには、日々の食事の「つながり」が大きく関係し、料理の組み合わせで「食べ飽きない」献立になることを発見する。《(献立日記の)ほんとうの値打ちがわかったのは、二年あまり、たってからだった》(p.18)

 生きることは、食べること。おいしい食事のも仕事のうち ― その姿勢は自身の働き方にも反映され、2泊以上のロケ撮影、各種の会合、冠婚葬祭はほとんど断ったという。戦後もなお「滅私奉公」の精神が尊ばれていた中で、「私」の生活を貫き通したことにあらためて驚かされる。
 生涯の伴侶・大橋氏との出会いは敗戦直後の1946年。二人とも夫と妻がいたが一緒に暮らすことを決め、彼が1955年から経営した雑誌社の資金も、相手方の妻子の生活費も稼ぎ続けた。墓も作らず、1996年に世を去った後は、夫とともに海に散骨する道を選んだ。女偏に古いと書く「姑」役で知られながら、ご本人の生き方は常に時代の最先端だった。

 1908(明治41)年生まれ。芝居の裏方を務めていた父の夢は、子どもを全員役者にすることで、兄は時代劇スターの澤村國太郎、弟は『大番』(1957、監督/千葉泰樹)などで知られる名優・加東大介に成長する。本を読むのが好きだった貞子さんは、10代の頃から家庭教師として活躍。教師を目指して日本女子大学校に進学するが、「まじめに働く人が幸せになる社会」を提唱する新劇の活動に共鳴し、新築地劇団に加わった。プロレタリア演劇への弾圧に巻き込まれて逮捕されるが、「悪いこと」をしたとは思えずに転向を拒否し、約1年の独房生活を送る。出所後、兄・國太郎の勧めで日活撮影所に入社したのは25歳のときだった。
 まずは『チョコレートと兵隊』(1938、監督/佐藤武)、『釣鐘草』(1940、監督/石田民三)などで若いお母さん役を務め、やがて『三等重役』(1952、監督/春原政久)などの社長夫人(マダム)役、『晩菊』(1954、監督/成瀬巳喜男)などの女将(おかみ)役とともに繰り返し演じるようになる。1950~60年代は《母・マダム・女将》で年間20~30本に出演。『赤線地帯』(1956、監督/溝口健二)の楼主夫人、『結婚相談』(1965、監督/中平康)で言葉巧みに独身女性の“焦り”を利用する相談所長、そして早坂暁・脚本『花へんろ』(1985、NHK)での、宿場町の「勧商場」(=百貨店の前身)を取り仕切る大女将が特に印象に残る。尾崎士郎原作『空想部落』(1939、監督/千葉泰樹)での、宇野千代をモデルにした女流作家、小津安二郎監督『お早よう』(1959)での、自動車のセールスウーマンとして稼ぐ姉・・・といった役柄も、貞子さんならではの味わいで面白かった。

 《お金や権力の欲というのは、どこまでいってもかぎりがないけれど、食欲には、“ほど”というものがある。人それぞれ、自分に適当な量さえとれば、それで満足するところがいい》 (『わたしの献立日記』 p.9)

 「ほどほど」という感覚があれば、今の世の中ももう少しラクになるのでは・・・。 「暮らし方の達人」貞子さんの演技や文章を味わいながら、しみじみと思ったりします。

参考文献:「貝のうた」(河出文庫)、「私の浅草」(暮しの手帖社)、「わたしの献立日記」(中公文庫) ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
第81回 労働映画鑑賞会~イタリア式公務員リストラ狂想曲~
日時:2022年12月8日(木)18時開始(17時45分開場)
会場:連合会館2階203会議室 (地図:https://rengokaikan.jp/access/
上映作品:『Viva!公務員』 2016年/86分/イタリア
監督:ジェンナーロ・ヌンツィアンテ 原題:Quo vado?(オレはどこへ行く?)
終身雇用を求めて公務員になった男がリストラの対象になってしまったことから巻き起こる騒動を描き、大ヒットを記録したコメディドラマ。主演はイタリアで人気の喜劇俳優、ケッコ・ザローネ。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!11月~12月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
擬音 A FOLEY ARTIST 《11月19日(土)から 東京 新宿 K's cinemaほかで公開》
足音、ドアの開け閉め、風、雨、銃撃、怪獣・・・様々な道具や技を駆使して"音"を作り出す音響効果技師、フー・ディンイーの仕事を記録する。(2017年 台湾 監督/ワン・ワンロー)
https://foley-artist.jp/

ミスター・ランズベルギス 
《12月3日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
1991年、故国リトアニアをソ連からの独立に導いた最高会議議長、音楽学者出身のヴィータウタス・ランズベルギスの回顧録。(2021年 監督/セルゲイ・ロズニツァ)
https://www.sunny-film.com/mrlandsbergis

Dr.コトー診療所 《12月16日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
山田貴敏の漫画を原作に、2003年にテレビドラマとして放送された作品の劇場版。日本の西端にある離島に赴任した医師の20年後。(2022年 日本 監督/中江功)
https://coto-movie.jp/

浦安魚市場のこと 《12月17日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》 
2019年3月に閉場した千葉県浦安市の魚市場の記録。漁師町として知られた土地で、脈々と繋がってきた暮らしの記憶を描く。(2022年 日本 監督/歌川達人)
https://urayasu-ichiba.com/

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 角川シネマ有楽町/他】 11/3から順次公開 「フォーエバー・チャップリン」…キッド/サーカス/街の灯/モダン・タイムス/独裁者/殺人狂時代/ライムライト/他
【フォーラム仙台/他】 12/9から順次公開 「中央アジア今昔映画祭2022」…白い豹の影(キルギス)/右肩の天使(タジキスタン)/ゆすり屋(カザフスタン)/不屈(ウズベキスタン)/他

▼北海道・東北
【上士幌町生涯学習センター】「おびひろ自主上映の会」…12/4 野球部員、演劇の舞台に立つ!
【札幌 白い恋人パーク】 12/17・18 「ホワイト・ラブシネマvol.3」…ノッティングヒルの洋菓子店(2020年 イギリス)
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 12/9 「金曜上映会 ウクライナとトランスニストリア」…アポロノフカ桟橋/トランスニストラ
【会津若松市文化センター】 12/2~4 「会津シネマウィーク2022」…秋刀魚の味/東京物語/そして、バトンは渡された/ベイビー・ブローカー/コーダ あいのうた/他

▼関東・甲信越
【群馬 甘楽町文化会館】 12/4 「かんらシネマ18」…Shall we ダンス?/キツツキと雨/死に花/がんばっていきまっしょい
【東京 早稲田松竹】 11/26~12/2 「あなたが語る、たったひとつの歴史。」…(2本立)スープとイデオロギー/FLEE フリー (レイト&モーニング)ファイナルアカウント 第三帝国最後の証言
【東京 渋谷 ユーロスペース】 12/2~8 「日藝映画祭 領土と戦争」…ブリキの太鼓/半島の春/あの旗を撃て/ウンタマギルー/アルジェの戦い/沖縄スパイ戦史/アイダよ、何処へ?/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 12/3~23 「日本のマストロヤンニ 船越英二」…心の日月/おーい中村君/偽大学生/ある関係/黒の試走車/朝の口笛/宝石泥棒/現代インチキ物語 騙し屋/他
【長野相生座・ロキシー】 12/11 「相生座130周年×澤登翠50周年記念 無声映画活弁上映会」…雷電(1928年)/死滅の谷(1921年)

▼東海・北陸
【福井 メトロ劇場】 10/29~1/6 「メトロ劇場 音楽映画祭 2022」…ロックン・ロール・サーカス/タゴール・ソングス/アメリカンエピック ep1-4/ブリング・ミンヨー・バック!/他
【名古屋 名演小劇場】 11/25から 「韓国映画特集」…少女/手紙 オモニの願い/窓辺のテーブル 彼女たちの選択
【岐阜 ロイヤル劇場】 12/3~16 「岐阜ロケ作品 アンコール上映」…喜劇 競馬必勝法/ずらり俺たちゃ用心棒(週替り)

▼関西
【大阪 新世界東映】 11/18~12/15 「色とりどり 東映の紅葉」…女渡世人 おたの申します/月光仮面 第5部 幽霊党の逆襲/東京アンタッチャブル/昭和残侠伝 唐獅子牡丹/赤穂浪士/他
【宝塚シネ・ピピア】 11/18~24 「第23回 宝塚映画祭」…女の学校/放浪記(1962)/小早川家の秋/風の歌を聴け/青春のお通り 愛して泣いて突っ走れ!/ゴー!ゴー!若大将/父子草/他
【神戸映画資料館】 11/25〜27 「布村建ともうひとつの東映映画」…みんながねているあいだも/昆虫記の世界 カリバチの習性と本能/九十九里浜の子供たち/野口英世の少年時代/他

▼中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 12/15~2023年2月 「生誕120年 田坂具隆特集」…五人の斥候兵/路傍の石(1938年)/爆音/土と兵隊/海軍/長崎の歌は忘れじ/どぶろくの辰/他
【山口情報芸術センター】 11/21~12/5 「生きるってなんですか?」…PLAN 75/えんとこ/えんとこの歌
【松江テルサ】 「さんびるシアター」…11/26 PLAN 75 12/17 ツユクサ
【徳島市シビックセンター】 「徳島でみれない映画をみる会」…12/18 マイスモールランド 1/15 彼女たちの革命前夜 1/29 破戒(2022年)

▼九州・沖縄
【福岡 KBCシネマ】 「ONE SHOT CINEMA」…11/22 サポート・ザ・ガールズ 11/29 母へ捧げる僕たちのアリア 12/6 やまぶき 12/13 ヘィ!ティーチャーズ! 12/20 ヘタな二人の恋の話
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 12/7~24 「ドキュメンタリー映画特集」…上海/人間蒸発/三里塚 辺田部落/早池峰の賦/海底炭鉱に生きる/よみがえれカレーズ/蟻の兵隊/他
【宮崎キネマ館】 11/11~12/22 「リクエスト映画祭2022」…佐々木、イン、マイマイン/テレビで会えない芸人/少年の君/ミッドサマー/大阪男塾・炸/由宇子の天秤/ブータン 山の教室/他
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 11/19~24 「アーシング・シネマ 地球とつながる映画特集」…光のノスタルジア/チャンドマニ/銀鏡 SHIROMI/チロンヌプカムイ イオマンテ/大海原のソングライン

▼海外
【パリ ジュ・ド・ポーム国立美術館】 11/15~27 「PRENDRE SOIN. AUTOUR DES FILMS DE HANEDA SUMIKO ケアすること: 羽田澄子の映画をめぐって」…村の婦人学級/もんしろちょう/早池峰の賦/痴呆性老人の世界/ AKIKO あるダンサーの肖像/教室の子供たち/他
【ニューヨーク リンカーンセンター/他】 12/2~11 「Yoshimitsu Morita Retrospective 森田芳光レトロスぺクティヴ」…の・ようなもの/家族ゲーム/それから/キッチン/(ハル)/失楽園/他

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2022.11.20)
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