【「労働映画」のリアル】

第68回 労働映画のスターたち(68)田中真理

清水 浩之
《配信で甦る「警視庁のアイドル」…スクリーンの内と外で闘った70年代型・原節子》

 ステイホームとリモートワークの世の中になって、もうすぐ3年。その間に普及した動画配信サービスは、今まであまり鑑賞の機会がなかった作品と接する機会を増やしてくれた。
 日本映画の大手5社では、日活と大映が旧作の発掘に積極的だ。その中でも、2021年に誕生50周年を迎えた「日活ロマンポルノ」の初期作は、作り手と出演者双方の若さと熱気に溢れていて、今の観客の眼にも新鮮に映る。

  「日活ロマンポルノ」 とは、1971年11月に始まった成人映画専門の路線。日本最古の映画会社・日活は深刻な経営危機に陥り、この年の夏を最後に映画製作を休止していた。ワンマン社長は経営を放り出し、東京・調布の撮影所を売り渡さなければ倒産か……という状況の中、残された経営陣と従業員、労働組合が打開策を講じた結果、低予算・お色気がメインの「小型映画」を全国の系列館に配給するゲリラ戦が選ばれた。

 「映画が作れる」ことを選んだスタッフは古巣に踏みとどまったが、裕次郎や小百合などスターは全員出ていってしまったため、出演者の確保に苦労した。既に独立プロのピンク映画で活躍していた白川和子は例外として、新人や若手の女優が「映画主演」という栄誉のために、勇気を出して飛び込んだ。年末公開の第5弾 『セックス・ライダー 濡れたハイウェイ』(1971、蔵原惟二監督)で主役を演じた田中真理さんには、他の女優が降板したためにお誘いが来たらしい。

 「17歳の時に、まだ一般映画だけを製作していた日活に研究生として入ったんです。ただ、身長が170cm近くあって、なかなか使い道がないと言われました。そんな時に雑誌で立木義浩さんの撮影でヌードになり、それを見た日活の方からロマンポルノに誘われたんです」(2019年「週刊ポスト」インタビュー)

 ドラマ『サインはV』(1969、TBS)などに出演していた真理さんは当時20歳。ロシア出身の祖母に由来するクールな美貌、笑うと八重歯が見える可愛らしさで、良家のお嬢さんや勝気な女子大生などの役がよく似合った。“永遠の処女”こと原節子の青春時代は『ハワイ・マレー沖海戦』(1942、山本嘉次郎監督)など戦争一色だったが、『濡れたハイウェイ』に登場した70年代型の原節子は、デカいアメ車(フォードのステーションワゴン)を運転し、行きずりの男とも奔放に愛を謳歌する「おてんば」な令嬢であった。

 ところが翌72年1月下旬、おとなの恋愛の難しさを目撃する早大生(ワセジョ)を演じた第2作『ラブ・ハンター 恋の狩人』(山口清一郎監督)が、警視庁から「刑法第175条(わいせつ図画陳列罪) 抵触の疑いあり」―として摘発を受ける。出演者の真理さんも取調室に呼び出され、刑事のセクハラ紛いの尋問に立腹した。

 「映画を知らない人が映画を裁くというのがすごくいやだった」「イキナリ殴られた感じですよね。そうするとどうしても、殴り返したくなる」(2017年「女子SPA!」インタビュー)

 9月には監督や映倫審査員が起訴され、8年後に全員の無罪が確定するまでの、長い法廷闘争が始まる。真理さんは加藤彰監督『しなやかな獣たち』、小沼勝監督『ラブハンター 熱い肌』、田中登監督『夜汽車の女』など、毎月のように主演作を送り出す一方で、被告となった山口監督らを支援し、「ロマンポルノの女闘士」「警視庁のアイドル」として世間の注目を集めていく。

 そして73年6月、初公判の直前に公開された山口監督の第2作『恋の狩人・欲望』は、警視庁の庁舎(本物)から出て来た真理さんが取り調べの様子を語る場面で始まる、「映画による反論」という問題作になった。革命闘争グループに属するヒロインは、資金集めの為にお座敷ストリップショーを演じる。そこで語るモノローグは、真理さん自身が書いた。

 「私は、裸になって仕事しながら、実は自分の不勉強さを隠すために、時には自分をごまかすために、裸の中に服を着込んでいたわ」
 「そして私は、怒りを感じている。なぜ、私は今まで服を脱げなかったか。相手が、裸になって向かってこないのに、なぜ私が裸にならなければいけないの?なぜ……」

 この先どうなるか……と大いに期待させる作品だが、いたずらに権力を刺激したくない会社と労働組合は山口・田中コンビを避けるようになり、これが日活での最後の作品になってしまった。半世紀経った今でも「続編が見たい!」と思ってしまう。

 その後の真理さんはテレビドラマや、山口監督のATG映画 『北村透谷 わが冬の歌』(1977)に出演するが、30歳で結婚・引退。日活ロマンポルノでの活動期間は僅か1年半だった。そのきっぱりとした態度も原節子みたいだなぁ、と思ったりします。

参考記事:「日活RP女優・田中真理、孫2人に囲まれ悠々自適の日々」石田伸也(週刊ポスト 2019年5月3日・10日号) ほか
参考図書:「日活ロマンポルノ異聞―国家を嫉妬させた映画監督・山口清一郎」鈴木義昭(社会評論社 2008年) ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
第84回 ~ヒーター(暖房屋)たちの歌と心意気~
日時:2023年4月13日(木)18:00開始 (17:45開場)
会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
上映作品:『ヒート・シンガーズ 労働組合合唱隊』
2019年/63分/ウクライナ/監督:ナディア・パルファン
《労働者階級の文化と人間の暖かさ―地方都市で活動する暖房会社の労働組合合唱隊を通して見つめる》
市営暖房公社の労働組合は合唱隊を組織し、地域の文化活動でも中核的な担い手のひとつ。毎年恒例の文化祭では、合唱隊のウクライナ民謡を披露するほか、独立記念日の「綱引き大会」でも、路面電車、水道局などのチームと覇を競う。しかし最近は、合唱隊の練習も、文化祭のイベントも、ますます人集めが難しくなっている。会場の参加者はまばらで高齢者が目立ち、子供や若者の姿は少ない。
一方で、暖房公社の仕事は、老巧化する設備、不足する資・機材、市民からのクレーム対応の頻発化など、困難な問題が山積み状態だ。それでも、ヒーター(暖房屋)たちは厳寒の冬を過ごすために不可欠の公共インフラを維持するために奮闘する。全編に流れるウクライナ民謡は、市場経済移行後の仕事と暮らしの実情と共鳴しながら、優しくも哀切な響きを奏でて胸をうつ。
この映画の製作から2年後、ロシアによる軍事侵攻は公共インフラの危機をさらに深刻化させてしまった。しかし、何事にもめげないヒーターたちの合唱隊が歌うウクライナ民謡は、きっと戦禍の中でも響きわたっているに違いない。
(鈴木不二一 2023年1月20日、「連合通信・労働映画アラカルト(82)」)
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!3月~4月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
●生きる LIVING 《3月31日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
黒澤明監督『生きる』(1952)を、カズオ・イシグロの脚色でリメイク。第2次大戦後のロンドン。死期を宣告された役人が、自らの人生を見つめ直す。(2022年 イギリス 監督/オリヴァー・ヘルマヌス)
https://ikiru-living-movie.jp/

●トリとロキタ 《3月31日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
アフリカからベルギーに辿り着いた少女と少年。ビザがないため仕事に就けず、闇の組織に誘われるが…。(2022年 ベルギー=フランス 監督/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ)
https://bitters.co.jp/tori_lokita/

●ヘルメットワルツ 《4月15日(土)から 東京 池袋 シネマ・ロサほかで公開》 
オリンピックに向けた建設ラッシュがコロナ禍で一変していく日々を、作業員として働く男の視点から描く。 (2022年 日本 監督/西村洋介)
https://twitter.com/helmetwaltz

●高速道路家族 《4月21日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
高速道路のサービスエリアを転々としながら暮らす一家。裕福な夫婦との出会いから事件に巻き 込まれていく。(2022年 韓国 監督/イ・サンムン)
https://kousokudouro-kazoku.jp/

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 ヒューマントラストシネマ渋谷/他】 3/17から 「TBSドキュメンタリー映画祭2023」…アフガン・ドラッグトレイル/オートレーサー森且行/War Bride 91歳の戦争花嫁/他

▼北海道・東北
【札幌市資料館 研修室】 3/21 「いまドキュ01」…私のはなし 部落のはなし
【大館 御成座】 4/17 『津軽のカマリ』上映&二代目高橋竹山 津軽三味線演奏会
【宮古 DORAホール】 3/18~4/2 「岩戸鈴芽ふるさと宮古凱旋上映!」…すずめの戸締まり
【鶴岡まちなかキネマ】 (3/25から営業再開) エンドロールのつづき/土を喰らう十二カ月/他

▼関東・甲信越
【高崎芸術劇場/他】 3/18~31 「第36回 高崎映画祭」…ケイコ 目を澄ませて/マイスモールランド/ユリイカ/ハーティー 森の神/サハラのカフェのマリカ/ニューシネマパラダイス/他
【日立 シネマサンライズ】 4/14~20 「お昼の昭和名作劇場」…キューポラのある街
【東京 神保町シアター】 4/15~5/12 「林芙美子と壺井栄―映画で愉しむ女流文学の世界」…泣蟲小僧/めし/浮雲/稲妻/晩菊/二十四の瞳(1954)/月夜の傘/放浪記(1962)/うず潮/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 4/8~21 「宿命の女 ルイズ・ブルックス」…百貨店/港々に女あり/人生の乞食/パンドラの箱/ミス・ヨーロッパ/嘆きの天使/三文オペラ/悪魔の往く町/他

▼東海・北陸
【富山 ほとり座】 3/25~4/14 「日活110周年記念特集上映」…殺しの烙印/神々の深き欲望
【名古屋シネマテーク】 3/25~31 「イスラーム映画祭8」…マリアムと犬ども/陽の届かない場所
で/そこにとどまる人々/ソフィアの願い/太陽の男たち/長い旅/ガザを飛ぶブタ/他
【名古屋 名演小劇場】(3/23まで営業、以後休館) 「ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭」…肉体の悪魔/パルムの僧院/赤と黒/しのび逢い/花咲ける騎士道/モンパルナスの灯/他

▼関西
【串本 田並劇場】 4/15 「難病克服支援 MBT映画祭」…カチュウのやど/パンにジャムをぬること/バリアフルライフ/それでも洗う/なんちょうなんなん/見た目ではわからない/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 3/23~4/1 ミセス・ハリス、パリへ行く/メタモルフォーゼの縁側
【豊岡劇場】 (3/25から営業再開) あなたの微笑み/THE FIRST SLUM DUNK/他

▼中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 4/1~30 「特集 佐藤忠男のベスト・ワン」…エロス+虐殺/少年/青春の殺人者/軍旗はためく下に/竹山ひとり旅/ニッポン国古屋敷村/伽倻子のために/他
【高知県立県民文化ホール】 「県文シネマ日和」…3/25 ストレイト・ライン・クレイジー 3/26 ロックンロール・ハイスクール

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 4/5~30 「安住の地を求めて~アジア映画が描くディアスポラ・民族離散」…追われた人々/見知らぬ国で/インビジブル/僕の帰る場所/他
【本渡第一映劇】 4/8~5/5 「映画俳優・高倉健 助演傑作選!助っ人健さん只今参上!!」…続・べらんめぇ藝者/暗黒街最大の決斗/カミカゼ野郎 真昼の決斗/関東緋桜一家

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2023.3.20)
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