【「労働映画」のリアル】

第70回 労働映画のスターたち(70)美保純

清水 浩之

《「80年代」のアメノウズメノミコト、ニッポン社会の「岩戸」を開く》

 「80年代」 - バブル、シティポップ、テレビゲーム、男女雇用機会均等法。自由と平和を夢見た70年代から、オシャレでオタクで新保守主義な80年代へ。今の若い人たちには説明が必要な「あの時代」の雰囲気をたっぷり味わえる、なんとも不思議な映画に出会ったので、今回はそのお話から始めます。

 1984年に公開された『高原に列車が走った』(佐伯孚治監督)。長野県の教員組合の実話を映画化した作品。信越本線の小諸-軽井沢間を走る列車の本数が少なく、沿線の高校生の非行化の原因となっていると考えた先生たちが、父兄や自治体に呼びかけ、国労とも連携して当時の国鉄経営陣と交渉し、列車の増発を実現させる。

 1970年代までなら「清く正しい」労働運動物語になったはずだが、この映画はそうならなかった。なぜなら、主人公の新任教師を演じたのは美保純さん。ツッパる高校生たちの「先輩」にしか見えない先生が、教え子と一緒にタバコを吸ったり(←ダメですよー)、駅前で地道にビラを撒く先輩教員たちに「勝手連」で共闘したりする。当時は停滞気味だった労働運動の現場に、“新人類”と呼ばれる若者が割り込んできたチグハグさが映し出されていて、40年経った今の眼で見るとなかなか面白かった。何よりも純さんがあっけらかんと演じるヒロインが、ネアカで率直で自由奔放という、80年代の空気そのものみたいなキャラクターで、“運動”にありがちなお説教臭い展開も、あまり気にならないのだ。

 振り返ってみると、美保純さんは「80年代」の申し子としてスクリーンに現れ、そのネアカな存在感で、映画・テレビを賑やかに彩ってきた。「ネアカ」の対義語は1982年の流行語「ネクラ」だが、こちらの代表としては戸川純さん(1961年生まれ)がすぐに思い浮かぶ。ネアカとネクラ、どちらの純さんも心とカラダの両方で一肌脱ぎ、日本神話のアメノウズメノミコトのように踊りまくった結果、ニッポン社会の「岩戸」を押し開いた。ぼくたち&わたしたち(オーバー・フィフティー)の大好きなお姉さんだ。

 ネアカ代表の美保純さんは1960年生まれ。静岡市のデパートに就職するが、「ディスコ・クィーン・コンテスト」で優勝したのを機に上京。1981年、にっかつ配給の『制服処女のいたみ』(渡辺護監督)でデビューする。新宿のディスコに通う高校生が、親友に乱暴した男に復讐する物語で、鮮やかに踊り、凛々しく戦う純さんにただただ見とれてしまう(映画は残り6分でようやくベッドシーンに!当時の観客に同情しました…)

 翌82年、ジョージ秋山の漫画を映画化した『ピンクのカーテン』(上垣保朗監督)が大ヒット。池袋近辺の木造アパートに同居する兄と妹が、お互いを異性として意識しながら、家族としての思いやりも深めていく。70年代の「同棲」ドラマを80年代に翻案した好企画で、都会を「泳ぐ」ように生きる純さんの魅力は、最早にっかつロマンポルノの枠には収まりきらなくなる。この年、「日清焼そばUFO」のCMキャラクターに起用されたのをはじめ、テレビドラマやバラエティ番組を通して社会現象になっていった。

 1984年のお盆映画『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』(山田洋次監督)から、「とらや」の隣に住むタコ社長の娘・あけみとしてレギュラー出演。ワガママに育てられてきた女の子が結婚後の現実に直面し、寅さんの自由な生き方に憧れる。「近所のお姉さん・お嫁さん」役は純さんの得意とするところで、『北の国から’87 初恋』(フジ)や、NHKの朝ドラ『あまちゃん』(2013)など、数々の名作で活躍する。

 1984年の映画ではもう1本、森﨑東監督の『ロケーション』も忘れられない。女優の降板、監督の入院と、災難続きの成人映画撮影隊。たまたま現場に居合わせた風呂屋の女店員が代役にスカウトされるが、彼女の過去には「父親殺し」の噂があり……。喜劇のはずがいつの間にか社会派サスペンスに豹変する急展開の中、純さん演じる「笑わない娘」は心の奥に爆弾を抱え、自分を捨てた母親(大楠道代)に立ち向かっていく。当時『ゆきゆきて 神軍』(1987)を制作中だった原一男監督が撮影助手として参加しているからか、クライマックスの母娘対決は神がかり的な名場面となった。

【配信】 『高原に列車が走った』 Amazon Prime Video
『制服処女のいたみ』 『ピンクのカーテン』 U-NEXT
【DVD】 『ロケーション』 松竹

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
第88回/日時:2023年9月7日(木)18:00開始 (17:45開場)
会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)

上映作品:『スズさん~昭和の家事と家族の物語〜』
2021年/86分/制作:記録映画保存センター/監督:大墻敦(おおがき・あつし)/語り:小林聡美
明治に生まれ、平成までの時代を生きた主婦・小泉スズさん。戦時下の生活、横浜大空襲の体験、暮らしの中で受け継がれてきた家事の技術を描いていく。

・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!8月~9月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
あしたの少女 《8月25日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》 実在の事件をモチーフにした社会派ドラマ。大手通信会社の下請けのコールセンターで、過酷な労働環境に疲れ果てていく少女。(2022年 韓国 監督/チョン・ジュリ) https://ashitanoshojo.com/

バカ塗りの娘 《8月25日(金)から 青森松竹アムゼほかで先行公開/9月1日(金)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》 伝統工芸・津軽塗。「バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫」と言われる工程を繰り返す職人の父娘。(2023年 日本 監督/鶴岡慧子) https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/

キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る― 《8月26日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 1923年、関東大震災直後を記録した映像から、3人のキャメラマンの行動を辿る。(2023年 日本 監督/井上実) https://kirokueiga-hozon.jp/movie/camera/

燃えあがる女性記者たち 《9月16日(土)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》 被差別カーストの女性たちが設立した新聞社。差別や偏見にさらされながら、粘り強く取材して独自のニュースを伝え続ける日々を追う。(2021年 インド 監督/リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ) https://writingwithfire.jp/

◇名画座・特集上映
▼全国
【札幌シネマフロンティアほか全国67館】 9/1~28 「午前十時の映画祭 少女に何が起こったか?」…エクソシスト/ミツバチのささやき(2週ずつ上映)

▼北海道・東北
【浦河 大黒座】 8/27~9/9 大地よ アイヌとして生きる(2022年)
【宮古 DORAホール】 8/26~9/8 「関東大震災から100年」…キャメラを持った男たち/福田村事件
【余目第一まちづくりセンター】 9/10 「ショウナイシネマ 第2回 民映研上映会」…椿山 焼畑に生きる(1977年)

▼関東・甲信越
【日立 シネマサンライズ】 「お昼の昭和名作劇場」…8/25~31 ハワイの若大将 9/15~21 赤い蕾と白い花
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 8/26~9/22 「日常と戦争そして旅 ウクライナ・ジョージア・ソ連映画」…国境の町/怒りのキューバ/野獣たちのバラード/ルカじいさんと苗木/秋のマラソン/他
【横浜 黄金町 シネマ・ジャック&ベティ】 8/26~9/1 「映画、気象のアート」…風/キートンの蒸気船/海の黄金/草の上の昼食/ある夏の記録/魚影の群れ/冬物語/見えない太陽/他
【佐渡 ガシマシネマ】 9/2~10/1 小さき麦の花/ハマのドン/少年と犬

▼東海・北陸
【富山 ほとり座】 9/2~8 ゆ(2023年 フランス=日本 監督/平井敦士)
【名古屋 ウィルあいち/他】 9/15~18 「第28回 あいち国際女性映画祭2023」…ツアーガイド/1%の風景/70歳のチア・リーダー/兎たちの暴走/シー・セッド その名を暴け/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 9/9~22 「生涯現役宣言 女優 草笛光子」…悪魔の接吻/猫と鰹節 ある詐話師の物語(週替り上映)

▼関西
【京都みなみ会館】 (9月30日閉館) 8/25~9/7 「インド大映画祭 IDE 2023」…ジャイ・ビーム/ラストファーマー/サーカス/スルターン/ガルギ 正義の女神/囚われし者 ボーラー/他
【奈良公園バスターミナルレクチャーホール】 9/16~18 「なら国際映画祭 for Youth 2023」
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 9/9~13 「没後25年 黒澤明監督特集」…生きる/隠し砦の三悪人/用心棒/天国と地獄
【神戸映画資料館】 9/9 「脚本家・鈴木紀子と公共広告・国策宣伝」…母の微笑(1934年)/紙芝居「安南の浦島」「妻」/幻灯「戦ひの蔭に」

▼中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 9月~11月 「生誕100年 三國連太郎特集」…海の花火/命美わし/警察日記/ビルマの竪琴 総集篇/異母兄弟/荷車の歌/他
【徳島市シビックセンター】 「徳島でみれない映画をみる会」…9/9 ウィ、シェフ!(2022年 フランス)

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 9/6~24 「生誕100年 三國連太郎映画祭」…善魔/本日休診/切腹/飢餓海峡/にっぽん泥棒物語/記者ありき 六鼓・菊竹淳/利休/他
【ゆふいんラックホール】 8/24~27 「第48回 湯布院映画祭」…ドカベン/片足のエース/神田川のふたり/大学の若旦那/アンダーカレント/福田村事件/花腐し/他

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2023.8.20)
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