【「労働映画」のリアル】

第72回 労働映画のスターたち(72)芦川いづみ

清水 浩之
《半世紀を経て再ブレイク! 可憐で気丈、戦後家庭の「控え目長女」》
 
 昭和30年代、日本映画黄金期のスターでありながら、むしろ21世紀になってからファンが急増している・・・そんな珍しいタイプの人気者が、「和製オードリー・ヘプバーン」こと芦川いづみさんだ。
 
 現役当時を知るファンにとっては、若さ溢れる日活スター陣の中にあって「石原裕次郎さんの相手役」、「浅丘ルリ子さん、吉永小百合さんのお姉さん役」として現れる、控え目な感じの美人・・・というイメージだったと思う。1968年、後輩の藤竜也さんと結婚して引退。それから半世紀以上、表舞台には一切登場していない。
 
 ところが、日活在籍時の出演作品が名画座で上映されると、とびきり可憐な佇まい、今でも十分通用するスタイルとファッションが、往時を知らない世代の観客をグッと引き寄せた。古巣の日活による積極的なソフト化や配信サービスも進められ、100本余りの出演作のうち、実に9割以上が手軽に観られる環境となっている。今年は3月の東京、11月の大阪・名古屋と、3都市で「デビュー70周年記念」の特集上映が開催される“プチ・ブーム”が到来。この10月に米寿を迎えたご本人も、きっと驚いていることだろう。
 
 1935年、東京生まれ。SKD(松竹歌劇団)附属音楽舞踊学校に入り、ファッションショーに出演していたところを、後に『幕末太陽傳』(1957)を撮る川島雄三監督にスカウトされて映画の世界へ。戦後に製作を再開した日活の真新しい撮影所に迎えられ、都会を舞台にした現代劇の「純真なお嬢さん」役を担っていく。
 
 キャリアの初期は、石坂洋次郎原作×田坂具隆監督の『乳母車』(1956)、『陽のあたる坂道』(1958)などで、中流家庭で育った娘を明るく演じて人気を集める。日活社内では先輩格の北原三枝、年下の浅丘ルリ子らと姉妹役を演じることが多く、さらに後輩の吉永小百合、和泉雅子らが入社してくると、女性スター勢揃いの『若草物語』(1964・森永健次郎監督)、『四つの恋の物語』(1965・西河克己監督)などで、一家の長女役を引き受けた。
 
 北原三枝の結婚引退後は、彼女の夫・石原裕次郎主演の『喧嘩太郎』(1960・舛田利雄監督)、『あいつと私』(1961・中平康監督)、『堂堂たる人生』(1961・牛原陽一監督)などでヒロインを歴任。一つ年上の裕ちゃんとのコンビでは、同級生のような関係で丁丁発止を繰り広げ、明るく楽しい日活カラーを盛り上げた。
 
 主演スターの相手役や家族役でも、いづみさんが演じると、「裕次郎の恋人」はどんな仕事をしているのか、「小百合ちゃんのお姉さん」はどんな人生を歩んでいくのか・・・と、映画の中ではあまり詳しく描かれない、彼女の生き方も気になってくる。映画会社として後発の日活では、生え抜きのニューフェイスと新劇俳優(宇野重吉、北林谷栄、小沢昭一ほか)で「一座」を組み続けたため、映画館に通うファンは、“いつもの顔ぶれ”に家族のような親しみを覚える。高度経済成長の時代、都会に出て働き始めた若い観客にとっても、いづみさんは「友達の家のお姉さん」のような存在だったと想像する。
 
 さらに、日活での13年間に作られた主演作は、ルリ子さんや小百合さんとは一味違う、「控え目」でありながら気丈に生きる女性たちを描いた逸品揃いとなった。
 
 運命に弄ばれながら、初恋の人を思い続ける『佳人』(1958・滝沢英輔監督)。女の幸せと結婚について悩む日々を描いた『祈るひと』(1959・滝沢英輔監督)。大学創設ラッシュを背景に、女子大生の苦境を演じた『学生野郎と娘たち』(1960・中平康監督)。フェリーニの『道』を翻案し、喜怒哀楽を全開にして日本版ジェルソミーナを演じきった『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962・蔵原惟繕監督)。「婚期」という社会の外圧に追い詰められていく、アラサー女性の孤独な闘いを描いた『結婚相談』(1965・中平康監督)。彼女自身の人生経験とシンクロするかのような企画方針が功を奏し、「単なる美人」に留まらない、奥行きのあるヒロイン像が生まれたことが、時代を超えて支持される理由なのかも知れない。
 
 特集上映 「奇跡の女優 芦川いづみ映画祭」 11/11(土)~12/1(金) シネ・ヌーヴォ(大阪 九条)
「デビュー70周年 芦川いづみさん特集」 11/13(月)~12/3(日) 大須シネマ(名古屋)
参考図書 「芦川いづみ―愁いを含んで、ほのかに甘く」 編/高崎俊夫 朝倉史明 文藝春秋 2019年
「奇跡の女優◎芦川いづみ」 倉田剛 鳥影社 2023年10月発売
 
 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
 
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 ●労働映画短信
 ◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
 
 第91回 ~江戸の循環型社会を活きる!~
 日時:2023年12月14日(木)18:00開始 (17:45開場)
 会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
 
 上映作品:『せかいのおきく』 2023年 89分 モノクロ
 製作:FANTASIA Inc. / YOIHI PROJECT 脚本・監督:阪本順治
 出演:黒木華(おきく)、寛一郎(中次)、池松壮亮(矢亮)、佐藤浩市(おきくの父・源兵衛)
 予告編:https://www.youtube.com/watch?v=QjoPX2RL8rQ
 【内容】舞台は江戸時代末期、厳しい現実にくじけそうになりながらも、心を通わせることを諦めない若者たちの姿を描き出しています。
 江戸時代は素晴らしいリサイクル社会だった事が作品を通して分かります。
 ・下肥買い⇒農家へ売る⇒堆肥⇒野菜を作る
 ・紙屑買い⇒紙漉き職人へ売る⇒紙の再生
 ・手桶や樽⇒壊れたら修繕する箍屋
 幕末の恋模様とお江戸の再生社会をぜひご覧ください。
 
 働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
 
 ◎【上映情報】労働映画列島!11月~12月
 ※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/
 
 ◇新作ロードショー
 朝がくるとむなしくなる 《12月1日(金)から 東京 渋谷シネクイントほかで公開》 会社を辞め、アルバイトとして働く24歳の女性。仕事先で中学の同級生と再会したことから、空しかった日常が動き始める。(2022年 日本 監督/石橋夕帆)
 https://www.asamuna.com/
 
 ショータイム! 《12月1日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》 実話を基にしたコメディ。経営危機に陥った酪農家が、農場の納屋をキャバレーに改装し、ともに働く仲間を集めていく。(2022年 フランス 監督/ジャン=ピエール・アメリス)
 https://countrycabaret.ayapro.ne.jp/
 
 ポッド・ジェネレーション 《12月1日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》 AIが発達した近未来を舞台に、持ち運び可能な卵型の「ポッド」で赤ちゃんを育てる新しい出産方法を選択したカップルを描く、SFラブコメディ。(2022年 ベルギーほか 監督/ソフィー・バルテス)
 https://pod-generation.jp/
 
 父は憶えている 《12月1日(金)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》 23年前、キルギスからロシアへ出稼ぎに行った男が、記憶と言葉を失って帰郷。迎え入れる息子の家族や村人たちとの日々を描く。(2022年 キルギスほか 監督/アクタン・アリム・クバト)
 https://www.bitters.co.jp/oboeteiru/
 
 香港の流れ者たち 《12月16日(金)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》 高架下に住むホームレスの人々が、再開発のため強制退去処分に。彼らは若いソーシャルワーカーとともに、政府に賠償と謝罪を求めていく。(2021年 香港 監督/ジュン・リー)
 https://hknagaremono.wixsite.com/official
 
 ◇名画座・特集上映
 ▼全国
 【札幌シネマフロンティア/ほか全国67館】 「午前十時の映画祭13」 11/24~12/21「絵になる男たち」…ブラック・レイン/ボルサリーノ 12/22~1/4「スター競演」…カサンドラ・クロス
 
 ▼北海道・東北
 【札幌 麻生 覚王寺】 11/26 「お寺シネマvol.6」…はじめてのおもてなし(2016年 ドイツ)
 【酒田市ひらたタウンセンター】 12/1~3 「OZのSHOW-WA劇場」…愛を乞うひと/ゆれる/GO/幻の光/絶唱浪曲ストーリー
 
 ▼関東・甲信越
【高崎電気館】 11/18~26 「プロデューサー 市川喜一 生誕100年記念特集上映」…ここに泉あり/キクとイサム/拝啓天皇陛下様/砂の女/恍惚の人/犬神家の一族
【東京 御茶ノ水 アテネ・フランセ文化センター】 11/27~12/2 「没後10年 姫田忠義回顧上映」…椿山―焼畑に生きる/奥会津の木地師/寝屋子―海から生まれた家族/イヨマンテ―熊おくり/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 11/28~12/24 「返還映画コレクション (1)第一次・劇映画篇」…進軍/警察官/東洋平和の道/亜細亜の娘/上海陸戰隊/沃土萬里/乙女のゐる基地/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】 12/2~8 「日藝映画祭2023 移民とわたしたち」…ル・アーヴルの靴みがき/レ・ミゼラブル/からゆきさん/月はどっちに出ている/東京クルド/かぞくのくに/他
【上越 高田世界館】 12/1~4 「高田世界館112映画祭 黒澤明監督特集」…生きる/隠し砦の三悪人/用心棒/天国と地獄
 
 ▼東海・北陸
【静岡 清水 夢町座】 11/25~12/2 高野豆腐店の春(2023年 主演/藤竜也)
【名古屋 藤ヶ丘 三越映画劇場】 11/22・12/10 「トーク付特別上映 映画と本」…丘の上の本屋さん/ブックセラーズ
【岐阜 ロイヤル劇場】 12/2~15 「独立プロ名画特集 山本薩夫/今井正監督」…真空地帯/キクとイサム(週替り上映)
 
 ▼関西
【京都シネマ】 12/8~21 「ペルー映画祭2023」…情熱の大河に消える/ファルファン 路地裏からの栄光/レタブロ/旅するエリスバン/アルパカと生きる喜び/サミチャイ、牛飼いの祈り/他
【大阪 十三 第七藝術劇場】 11/23~29 「アフター・リュミエール in 十三 vol.8 ピアノ伴奏でみるサイレント映画」…最後の人/ファウスト/サンライズ
【神戸 パルシネマしんこうえん】 「朝パル/夜パル」…12/10~19 とむらい師たち(1968年 主演/勝新太郎)
 
 ▼中国・四国
【広島 NTTクレドホール/他】 11/23~26 「広島国際映画祭2023」…ヴィレッジ/静寂の羽音/メメント・モリ:大地/アンナプルナのキム・サー/月/悪は存在しない/愛と死の記録/他
【高知 喫茶メフィストフェレス】 「ゴトゴトシネマ」…11/23 ジェーンとシャルロット 12/3 ガザ 素顔の日常 12/16・17 ファッション・リイマジン 12/22~24 がんと生きる 言葉の処方箋
 
 ▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 12/6~24 「佐藤忠男選・日本映画セレクション」…王将(1948年)/お嬢さん乾杯/山の音/夜の河/にあんちゃん/青春残酷物語/非行少女/他
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 12/5 「映画ミーツ浪曲」…続清水港/新佐渡情話/浪曲口演「清水次郎長伝 お民の度胸」「金魚夢幻」
 
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
 
 『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2023.11.20)
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