【海峡両岸論】
米中台に驚きの「取引」を提言
パラダイムシフト受け米盲従転換を
岡田 充
過ぎた年は国際秩序をめぐるパラダイム(主要規範)転換が鮮明になった一年だった。まず、米一極支配を支えてきた「ワシントンコンセンサス」の終焉。(写真「THE WASHINGTON CONSENSUS」3rd February, 2021の表紙)レーガン・サッチャー時代の1980年代に始まる「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」「民主化」を普遍化させ米一極支配を貫徹させようとするイデオロギーである。ロシアのウクライナ侵攻に続き、10月のイスラエル・イスラム組織ハマス衝突によって終焉した。一方、GDPでドイツに抜かれ世界第4位に後退した日本。あらゆる社会・経済指標で先進国の地位を失ったのに、中国に対抗するため戦後初の国産空母「いずも」を保有し「軍事大国」という剥げたメッキにしがみつく日本は米国盲従の戦後政策を見直す必要がある。
米中確執が減ったわけ
そんなパラダイム転換を反映して、台湾問題をめぐる米中関係にも微妙な変化が表れつつある。「中国軍が台湾への攻撃を控える限り、台湾は独立や恒久的な分離を追求しないと保証すべき」 台湾海峡の緊張緩和に向けて、米中台三者に「安心供与」すべきという提言が、米国の台湾研究者の間から出ている。台湾総統選挙(2024年1月13日)とアメリカ大統領選で政権交代となると、台湾情勢は劇変する。パラダイムシフトと現実政治の変化を意識した提言であろう。
このところ、台湾をめぐる米中確執のニュース量がめっきり減ってきたと感じないだろうか。調べてみると、11月15日米サンフランシスコで開かれたバイデン大統領と習近平・中国国家主席による対面首脳会談[i]以来と分かる。
この記事で筆者は、首脳会談の最大の成果として「一時休戦」を挙げた。バイデン政権が「一時休戦」を求める理由について、ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルとハマス衝突に加え、中国との衝突という「三正面作戦」に対応できない事情を説明した。
首脳会談効果の発揮
首脳会談では、衝突回避の具体的措置として米中国防当局間のハイレベル会合の再開などで合意した。合意に基づき、米軍制服組トップのブラウン統合参謀本部議長と中国軍の劉振立統合参謀部参謀長が12月21日、テレビ電話協議を行った。台湾海峡での偶発的な軍事衝突を予防する狙いがある。
11月首脳会談では、バイデン氏が習氏に台湾総統選への干渉にくぎを刺したのに対し、習氏は「台湾の平和統一は必然であり、アメリカは平和統一を支持すべき」とまで発言したとされる。習氏の余裕が感じられる発言だった。米中確執ニュースが減ったとすれば、首脳会談効果と言っていい。
「一時休戦」とはいえ、ロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス衝突が、バイデン政権にとって有利に展開する可能性はまずない。二つの衝突が「与件」であり続ける限り、バイデン氏は「対中休戦」の継続を望むはずだ。
台湾で政権交代の可能性も
台湾情勢に目を移す。総統選挙では当初は楽勝が予測された民主進歩党(民進党)の頼清徳候補は、最大野党、国民党の侯友宜候補の追撃で、政権交代も否定できないデッドヒートが展開されてきた。
仮に、国民党政権が復活すれば、中台両岸の交流が回復し蔡英文政権下で悪化した台湾海峡情勢は大きく改善する。ワシントンと北京は、政権交代を前提とするシナリオ作りに入っているはずだ。[ii](写真 総統選に立候補の3氏)
加えて、アメリカ大統領選でも共和党のトランプ前大統領の政権交代がまことしやかにささやかれている。そうなると、「対中競争」を最優先したバイデン政策は一変、「アメリカ第一」が復活し、同盟関係を軽視する政策に戻る可能性がある。
台湾研究者の提言
台湾海峡をめぐる様々な環境変化の中で、出てきたのが冒頭に紹介したアメリカ、中国、台湾の三者に対し、緊張緩和に向けた驚きの「ディール(取引)」提言だ。提言したのは米歴代政権の台湾政策に影響力を及ぼしてきた台湾研究者ボニー・グレーザー氏(ジャーマン・マーシャル基金)ら3人の台湾研究者。提言は「台湾と抑止力の真の源泉」というタイトルで米外交誌「フォーリンアフェアーズ」(November 30, 2023)に掲載[iii]された。グレーザー氏は、バイデン政権、蔡英文政権とも良好な関係にあり。身内からのアドバイスだ。
台湾政策の有力なシナリオにも
バイデン政権は日本、韓国、オーストラリアの同盟国と共に、中国に対する「統合軍事抑止戦略」を展開してきた。「軍事的抑止」とは「軍事力によって相手の行動を事前に抑え込む」のを意味する。提言は「軍事抑止」だけに頼る思考を批判し、米中台三者がそれぞれ互いに「安心」を供与することによって、初めて「軍事抑止が効果を発揮できる」と分析する。
根拠の薄い「台湾有事」をめぐる中国との争いは、国内世論向けには有益だとしても、現実の戦争と比較してみれば、成果とリアリティの希薄な「消耗戦」の域をでない。
提言を3者がすぐ受け入れる可能性は極めて低いが、米台政権交代後の「台湾シナリオ」にとっては大いに参考になる内容だ。
「四不一無意」盛り込め
「安心供与」の概要をみよう。
米国の対中安心供与の第1は「一つの中国政策」を守る「包括的声明」の発表。注目されるのは、台湾への防衛的兵器供与をうたった「台湾関係法」や米中間の3つのコミュニケだけでなく、バイデン氏が習近平国家主席に約束した「四不一無意」[iv](4つのノー、1つの意図せず)を挙げていること。
「四不」は、アメリカ側が①新冷戦を求めない②中国の体制変更を求めない③同盟関係の強化を通じて中国に反対することを求めない④台湾独立を支持しない―を指し、「一無意)は、アメリカに中国と衝突する意図がない、ことを意味する。中国側は、サンフランシスコ首脳会談でも、バイデン氏に「言行一致」を要求している。
提言はこのほか、①米大統領、副大統領、国務長官、国防長官と上下両院議長の訪台禁止②台湾総統、副総統のワシントン訪問禁止ーを挙げた。中国側が批判する、武器輸出や米艦船・航空機の台湾海峡通過には触れていない。
統一否定しない約束を
提言は次いで、台湾と中国に「ディール」を求める。
台湾に対しては、中国軍が台湾への攻撃を控える限り、①台湾は独立や恒久的な分離を追求しないと保証②正式名称である中華民国を変更するための住民投票実施をしない③中華民国憲法が定める領有権主張の修正など、独立を示すような挑発的な行動を控える④次期総統は、台湾政府は現状を根本的に変えるつもりはないという約束を再確認⑤民進党の頼氏が当選した場合、党綱領の中の独立条項を停止することを検討すべき―を挙げた。
注目すべきは「恒久的な分離を追求しないと保証」。「統一の可能性を否定するな」という意味だからだ。
武力行使規定の改定求める
対中提言は、習政権が強調する「平和統一方針の信頼性を高める」ためとして①中国は台湾周辺での軍事作戦を縮小②ペロシ米下院議長の訪台後に常態化した台湾海峡の中間線越境行動を止め、以前の状況に戻す③2005年に成立した「反国家分裂法」で武力行使の条件とした「平和統一がもはや不可能であると認識した場合」という「曖昧規定の改定」-を挙げた。
注目されるのは③の武力行使の第3の条件とされる規定[v]の改定。蔡政権は「現状維持」を主張するが、北京はその主張は「分断分治」を固定化し、「平和統一が不可能になる」と懸念する。現状維持を「平和統一の可能性が完全に失われたとき」と判定するのは北京であり、グレーザー氏は北京の恣意的解釈から武力行使が行われるのを懸念していると思われる。
「武力行使せず」主張する中国学者
台湾問題を「内政問題」とみなす北京の基本姿勢から考えれば、受け入れ不可能な提言のように見える。この提言を踏まえたものではないが、「米国に台湾独立を支持しないことを誓約」させた上で、中国も「台湾へ武力行使しない」約束をすべきと構想する中国学者がいるのを匿名で紹介したい。
学者は筆者に「武力行使を否定しない」政策は、中国世論向けの側面が強いとした上で、武力行使の否定によって①アメリカの台湾への武器供与を停止させ得る②台湾を東アジアの火薬庫にしないことに資するーという利点を挙げた。
学者は提言を共産党中央にも進言したと明かす。グレーザー提言が、米政策の変更につながる可能性と併せ、中国側の動向も注視したい。
中国側が「政策変更」を公表する可能性はまずない。取引を受け入れるとすれば、①中間線を突破する戦闘機、軍艦の頻度を減らす②「平和統一の可能性が完全に失われたとき」について触れなくなる―など、言動変化から「取引」受け入れのサインとみる他はない。米中関係の変化の中で「頭の体操」が必要な理由でもある。
日米同盟最優先と米盲従
最後に、こうした変化に対応できず「大国」という剥げたメッキにしがみつく日本に触れる。主要7カ国(G7)議長国として5月の広島サミットを仕切った岸田首相は、日本の「国際社会をリードする大国」としての外交を自賛する。
「日米同盟基軸」をあらゆる外交政策の前提にし、米国の世界戦略に盲従してきた戦後日本の外交は今、根本的な見直しを迫られている。鹿児島県の屋久島沖で11月29日に発生した米空軍輸送機「V22オスプレイ」墜落事故をめぐる動きは、日本の盲従ぶりを示す分かりやすい例だ。(写真 墜落したオスプレイの残骸 沖縄タイムスから)
防衛省は当初米軍の発表通り、「墜落」ではなく「不時着水」と発表。その直後、米国防総省は機体不具合が原因と発表し全機種の離発着を停止した。12月初旬には、オスプレイの生産ラインを、2026年予定で閉鎖することが決まった。
対中政策転換の準備を
ワシントンコンセンサスの終焉が鮮明になりつつある世界秩序の中で、米国の「下請け」として中ロ対抗を狙った日本の「大国外交」は、外交能力や資金面から息切れし、身の丈に合わない「エセ大国外交」になっている。
日本政府は菅政権以来、バイデン政権とともに日米安保を「対中同盟」に変え、台湾有事に向けた日米統合戦略を推進してきた。しかし、外務省は先日死去したキッシンジャー元米国務長官の工作で実現した米中和解が、日本の頭越しで行われたことを決して忘れていない。
キッシンジャー氏は中国の周恩来元首相に対し、「中国には普遍的な視点があるが、日本の視点は偏狭」と、述べたことがある。
朝鮮半島情勢ととともに、日本の安保政策の中心をなす台湾政策で、米国が日本の頭越しに政策転換するのは、外務省にとって「悪夢中の悪夢」だろう。
米中「頭越し」外交の再来に対応するためにも、日本政府は対中政策転換に向けた「プランB」の準備に早急に取りかかるべきだ。「窒息死」寸前の岸田政権にそれを任せられるかは、心許ないけれど。
(本稿はBusiness Insider Japanに寄稿した「台湾に「独立や恒久的分離を追求しない」約束求めた研究者提言が、驚愕の中身と話題」[vi]を加筆修正した内容です)
[i] 米中首脳会談で透けて見えた習近平氏の「余裕」。合意はあくまで「一時休戦」 | Business Insider Japan
[ii] 台湾で政権交代の可能性。対中包囲目指す日米の戦略が一夜にして瓦解する | Business Insider Japan
[iv] バイデン大統領が習近平国家主席に約束?「四不一無意」とは何か。アメリカに寄り添う日本にも影響が…… | Business Insider Japan
[v] 反国家分裂法(全文) - 中華人民共和国駐日本国大使館 (china-embassy.gov.cn)
[vi] (台湾に「独立や恒久的分離を追求しない」約束求めた研究者提言が、驚愕の中身と話題 | Business Insider Japan
(2024.1.20)
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