【アフリカ大湖地域の雑草たち】(47)
紛争下の受験生
I 行き詰る暮らし
クライシス
コンゴ東部でクライシスが続いている。反政府勢力AFC/M23は、北キブ州の州都ゴマ、次いで南キブ州の州都ブカブを、それぞれ制圧(1月27日、2月15日(情報ソースによっては16日))した(地図(BBCから転写)参照)。
2025年だけでも、犠牲者は5000人、避難民は120万人と推定される(キブ湖のクライシス 2025年2月号)。
少しずつ様子が伝わってきた
避難しても安全とはかぎらないので、ゴマ、ブカブに留まった人たちもいる。音信が途絶えていた知人、友人から、暮らしの様子が少しずつ伝わるようになってきた。
銃弾、砲弾が飛んでくるときは、少しでも安全な場所を見つけ、お腹がすいても喉が渇いても、そこでじっとしているしかない。爆撃音が聞こえなくなったら、生活―食べて、寝て、仕事や学校に行く―を再開しなければならない。とはいえ、商店、ガソリンスタンド、銀行は閉まったまま、病院には医薬品がなく、市役所、警察は機能していない。暴力、殺害の事件は後を絶たない。空港は、地雷の除去や機器の修復が進んでいないので使えない。物資は入らずキャッシュは流通しない。海外からの人道支援も入ってこない。
ほとんどの商店が略奪され、盗まれた食料や生活用品は、戦闘員たちの個人的消費ではなく、組織に備蓄された。病院からは医薬品とソーラーパネルが盗まれたが、つまりこれは、反政府勢力には医師・看護師、エンジニアといった専門職がいるということだ。
人々はいったいどう生きているのか。銃声が止んだひとときだけ外に出て、地元で採れる果物やイモ類を食べて一息ついている、ということだろうか。
遅れた国家試験
このような中で、3月下旬、南北キブ州で、日本の高校3年生に当たる17、8歳が、全国規模の学力試験(State Examination)を受験するように言われた。
コンゴの子供たちは6歳から義務教育(初等教育6年)を受け、その後、前期セカンダリー2年、後期セカンダリー4年へと進む。この12年間に4回学力試験がある。なかでも後期セカンダリー卒業時に実施されるState Examinationは、この成績が進路に大きく影響する、いわゆる学歴になる。
ほかの州では3月7日に実施済みだったが、南北キブ州だけ例外的に延期されていたものだ。試験日は3月25日、300人超の受験生が3ヶ所の試験場に割りふられた。
問題用紙を取りに行く
上述のようにゴマ空港が閉鎖されている。このため試験問題用紙が首都キンシャサから届かず、そこで州政府係官が首都に赴いて持ち帰ってきた。それは、キンシャサからエチオピアの首都アディス・アベバへ、アディス・アベバからルワンダの首都キガリへ、キガリから陸路でゴマへと、18時間の旅だった。キンシャサ―ゴマ間は普通なら2時間のフライトだ(註1)。
コンゴ、ルワンダ両国は、それぞれの大使を引きあげ国交断絶状態にあると報道されたが、反政府勢力がコンゴ政府に代わって国境を管理し、実際は交流が続いているようだ。両国はあくまで経済的、民族的、文化的に密接な、いわゆるお隣さん、ご近所さんだ。その関係は、離れた場所で報道を見ているだけではとうてい推しはかることはできない。その一方、試験問題を運んだ係官はキンシャサの指示で動いているわけだから複雑だ。
(註1)試験問題用紙とは別だが、輸血用血液が届くのに1週間を要したという報告もある。キンシャサからナイロビ、ナイロビからベルギーのブリュッセル、ブリュッセルからキガリ、そしてキガリから陸路でゴマに届けられたとのことだ。
写真1(南キブ州第一教育区係官が到着したトランクを開けるところ。向かって立っている白いシャツは、男女の生徒代表(2024年6月の記録映像、Radio Okapiから転写))
写真2(試験に臨む受験生(Radio Okapiから転写、2024年4月イトゥリ州の記録映像))
II コンゴ児童の成績
初等教育は無料
コンゴの学校には公立、私立のほか、宗教ベースのものがある。数の上では宗教ベースの学校が6割ほどを占め最も多いが、カリキュラムは公立学校と共通だ。
2019年から初等教育が無料になり、就学率は100パーセントを越える。ただし、遅れて就学したケース、繰り返し(いわゆる落第)を勘案すれば、実質就学率は69パーセントほどだ。一方、卒業するのは、就学した児童のうち71パーセントほどと推定されている。
読み書きそろばん能力
表は、2020年の小学校2年生、4年生の読解力と算数の平均点だ(CIEAS、2020年)。
小学校低学年はナショナル・ランゲージ(州により、リンガラ、ルバ、スワヒリのいずれか)、5年生以降は公用語のフランス語が、それぞれ科目であり、かつ、学校での共通語(language of instruction)だ。100点満点中、読解力は20点前後、算数は30点台と、成績は良いとは言えない。
(註2)略語の説明
PAQUE (Projet d’amélioration de la qualité de l’éducation (Education Quality Improvement Project), The World Bank’s project)
PASEC (Programme d’Analyse des Systèmes Educatifs de la CONFEMEN (the CONFEMEN Education System Analysis Programme))
CONFEMEN (Conférence des ministres de l'éducation des états et gouvernements de la Francophonie (Conference of Ministers of Education of States and Governments of La Francophonie))
CIEAS (Cellule indépendante d’évaluation des acquis scolaires (Independent School Performance Assessment Unit))2016年設立
最低レベルに届かない
次のような補足情報がある。
小学校2年生と6年生の読解力。それぞれ58.5パーセントと73パーセントが最低限のレベル(minimum proficiency level (MPL))に到達していなかった。具体的には、2年生の92パーセントが1分間に20文字以上読むことができず、39パーセントがテストの単語を一つも正しく読めなかった。6年生のうち、MPLに達しなかった児童は、テキストにある2つの情報を組み合わせたり、物語やテキストから簡単な推論を行ったりすることができなかった。与えられた物語やテキストを理解できたのは10パーセント未満だった(PASEC、2020年)。
算数。2年生と4年生の41パーセントが引き算をまったくできなかった(CIEAS、2020年)。2年生のうち23パーセントが数字を読んだり、数を比較したり、50未満の数字で加算や減算を行ったりできなかった。6年生のうち82パーセントがMPLに届かなかった(PASEC、2019年)。
残酷な実態
数の上では全国民の約半分が義務教育を終えたことになっている。しかし、その過半数は基本的な学力、つまり“読み書きそろばん”が身についていない。学力の実態調査がされ始めたのはごく最近で、引用したのは、いずれもドナー主導で明らかにされた事実の断片に過ぎないが、垣間見える実態は残酷なほどだ。
それは、子供を就学させよと親を説得し、勉強しなさいと子供たちのお尻をたたくという、個々の対策だけではどうにもならない。それはむしろ、制度の構造的問題の表れだ。教育現場は、教材不足、施設の老朽化、教師・教員のサラリー遅配など難題を抱えている。
III 赤子の手をひねるより
日本で感心すること
“読み書きそろばん”のスキルはそれぞれ大事だが、これらを合わせて活用できれば、子供たちの認知、コミュニケーション、問題解決の能力を高めることになる。それは、一人一人の養育であると同時に、“マス”としての底上げだ。
適切な比較かどうかわからないが、たとえば日本のことを考えてみよう。日本には「〇〇区役所からのおしらせ」「△△市報」といった行政文書があり、ゴミ収集の日時、条例改正の内容などが満載だが、それを受け取る人のほとんどが内容を理解することができる。また、税制、医療保険、年金など諸制度についても、ほとんどの人が自分の立場ごとにどう対処すればよいかを心得ている。目先の都合にあわないことでも、全体の利益になるなら、ひいてはそれが長い目で見て自分の利益にもなるといった判断力も持ち合わせている。
読み書きそろばんがおぼつかない集団では、こうはいかない。
イデオロギー教育
反政府勢力はねらいは、領土、基幹施設、鉱山の獲得のみならず人的資源の獲得でもある。つまり、リクルート―強制、自由意志いずれの場合もあるし、男も女も、そして子供も―し、トレーニングを与える。2024年の1ヶ月ほどに数千人が訓練を受けたという報告もある。
AFC/M23は、最近、戦闘員の理論的トレーニングにますます力を入れている。それはイデオロギー教育であり、情報収集・洗脳・リクルートの戦術を伝授するものだ。コンゴ歴史、現政府の制度機構、反政府闘争の歴史、愛国心、闘争の原理原則、女性と若者の役割などの教科があり、それぞれに専門の“教授”や“教官”が配置されている。
基礎的な学力に弱みを持つ人たちを囲い込み、このようなイデオロギー教育に暴露させたらどうなるか。教えられたことをまともに受け取り、まっしぐらに行動に移す人材をつくり出すのは、赤子の手をひねるよりたやすいだろう。
IV 困難な道
学歴がなくても
独立時、コンゴ人大卒者は20人に満たなかった。初代首相ルムンバも、キリスト教宣教師の私塾で初等教育を受けただけだ。いわゆるイギリス留学組が指導層を固めたケニアとは異なる点で、だからこそコンゴ独立史には、ユニークな英雄が多々登場する。
反政府勢力M23の最高指導者はスルタニ・マケンガ将軍(51歳・国際制裁対象者)だ。組織の一挙手一投足に彼の承認が必要だ。しかし、西側メディア対応やSNSは報道官たちに任せ、彼自身はめったに表には出てこない。なぜなら、彼は学校に行かず、英語・仏語に流暢でないためだと伝えられる(写真3)。
写真3 スルタニ・マケンガ(New Africanから転写)
政府が弱いから
こうして、学歴にかかわらず、よくも悪しくも、指導力と影響力を発揮するする人物はいる。成績が良くないと社会で活躍するようにはなれないというわけでは、けっしてない。
だが、統治の質と国民の教育レベルの間には、明確な正の相関があることが知られている。紛争がやまないのは、コンゴ政府の統治能力が弱いからだしばしばと言われるが、この意味で、コンゴではまだ困難な道のりが続くように思われる。
なお、これを書くいま(2025年4月15日)、南北キブ州の受験生たちがほんとうに試験を受けたのかどうか、確認は取れていない。
(ナイロビ在住)
参考文献
Radio Okapi, Special session of the State Examination for more than 300 self-taught candidates in North Kivu, Tue, 25/03/2025
Radio Okapi, The items of the special session of the preliminary test of the State Examination are already in Goma, Sun, 23/03/2025
UNESCO, 2022, Spotlight on basic education completion and foundational learning in the Democratic Republic of Congo
United Nations Security Council S/2024/969, 27 December 2024, Letter dated 27 December 2024 from the Group of Experts on the Democratic Republic of the Congo addressed to the President of the Security Council
Daily Nation, Congo crisis: Violence leaves a trail of trauma, Saturday, April 05, 2025
(2025.4.20)
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