【書評】

習近平が描く将来世界に刺激的視点『中国の夢――電脳社会主義の可能性』矢吹 晋/著

岡田 充

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 中国政府がネット規制を回避できるソフトウェアVPNの使用を禁止し、サイバー主権を主張し外国企業に中国基準の順守を要求するなどの規制を強化している。狙いは、安定維持するための「情報統制」と、中国企業を保護育成する「経済的利益」にあろう。矢吹晋・横浜市立大名誉教授はこれに加え、ビッグデータ駆使によって将来的には経済需給バランスの合理的調整・配分が可能になり、新たな国家統治モデルになるという大胆な問題提起をした。スケールが大きく、いまだ実現していない将来世界について料理するのは難しい。しかし金融資本主義と欧米民主制が機能不全に陥った世界で、今世紀半ばに世界トップレベルの強国実現を打ち出した習近平体制がどんな世界を構想しているのかを展望する上で、多くの刺激的視点と手がかりを提供している。

●AIと経済融合説く習近平

 習近平は第19回党大会の政治報告で、IT技術と経済の融合による新たな社会・経済関係の展望を次のように描いた。
 「インターネットとビッグデータ、人工知能を経済と高いレベルで融合させ、中間層、富裕層の消費とイノベーションをけん引し、グリーン社会、シェアリング経済、現代的な供給ラインと人的資本サービスなどの分野を新たな成長分野に育てる」

 党大会の直前の2017年7月、中国政府はAI(人工知能)産業を30年に世界トップ水準に向上させる国家戦略「次世代AI発展計画」を発表した。今世紀半ばに中国を「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする「中国の夢」の第一歩と言っていい。
 計画はAIを「国際競争の新たな焦点になり、将来をリードする戦略技術」と位置付け、2030年までに「理論、技術、応用の全ての分野で世界トップ水準」に引き上げ、中国を世界の主要な「AIイノベーションセンター」にする目標を設定した。関連産業を含めた経済規模は10兆元(170兆円)。日本の平成29年度(2017年度)予算の1.7倍である。

 トランプ米政権はこの構想にビビットに反応した。米政府は3月22日、中国が知的財産権を侵害したとして500億~600億ドル(5.2兆~6.3兆円)相当の通信情報機器などに、25%の高関税を課すと発表した。知財侵害と認定した理由として、①米企業が中国進出時に技術移転を強要される ②技術獲得を目的に中国当局の主導で米企業を買収する ③サイバー攻撃で米企業の事業情報を得る―などを挙げるのである。発表はもちろん中国のAI発展戦略に言及しているわけではないが、それを意識しているのは明らか。AIは、経済と安全保障両面で米中競合の新たな磁場になりつつある。

●計画経済の再生は可能か

 AIが新たな国家統治モデルをつくるというのは刺激的なテーマだ。矢吹はその世界を「電脳社会主義」と名付け、ドイツの中国ウォッチャー、セバスチャン・ハイルマンは「デジタル・レーニン主義」と命名した。ITは中国に欧米型の民主化を促すどころか、共産党の一党支配を強化する作用をもたらしている。英エコノミスト誌(2018年3月3日号)が、書くように、「中国は民主主義と市場経済に向かっていくと読んだ西側諸国の賭けは外れた」のである。

 矢吹は、シェアリング経済が社会管理と人間関係に巨大な変化をもたらすと見るだけではない。スマホ決済によって集積されたビッグデータが「消費財の生産計画に滑油され、消費財への資源配分に及ぶ。こうして中国経済全体への資源配分が可能になる」とし、「中国の夢とは、IT革命からET革命[注1]への転換を全世界に先駆けて疾走することによって実現する」と解読した。
 さらに「宇宙技術などハイテク能力を備えたソ連が身近な消費財への需要を満たすことができずに解体した歴史を想起しつつ~中略~中国がシェアリング生活を積み上げている含意かみしめている」と書く。ビッグデータの集積によって、硬直化した計画経済システムを、人々の需要を満たすような民生面でも完成度の高いシステムに再生させることは可能とみるのだ。

 他の識者はこの論点についてどうみているだろう。ウォールストリートジャーナル(WSJ)の中国担当コラムニスト、アンドリュー・ブラウン[注2]は「習近平は過去の計画経済の過ちを正すため、ビッグデータや人工知能(AI)を活用したいと熱望している。そして経済をきめ細かく管理しつつ、市民の監視を続けることを意図している」と書いた。
 防衛研究所の八塚正晃研究員[注3]も、ビッグデータやAI技術が共産党の管理の下で発展すれば、「共産党の統治に対し意思決定の精密化や科学化をもたらし、ガバナンスの効率化やコスト削減などポジティブな効果が期待できる」とその効用を認める。ここで誰もが思い浮かべるのは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』の「ビッグブラザー」の世界ではないか。

●「見える手」による市場管理

 ここで「見えざる手」と「見える手」をキーワードに整理する。「見えざる手」としての市場は、国家の手足を縛るとされてきた。ではAI技術の進化で「見える手」は、逆に市場をコントロールできるようになるのだろうか。

 1978年に鄧小平が始めた改革・開放政策は、トップダウンの硬直した行政と情報の歪みをもたらした計画経済に、市場経済を導入することによって開花した。その結果中国経済は、世界第二位の経済大国の地位に駆け上がり、世界のGDPの16%を占めるまでに発展した。中国崩壊論者の多くは、計画経済を担う国有部門の優遇が、成長の足を引っ張っているとみなす。
 一方「見えざる手」としての市場経済を放置すれば、1997年のアジア通貨危機と2008年のリーマンショックのように、マネーがヒトの手を離れて独り歩きし暴走する世界を生む。インドネシアのスハルト政権を崩壊させたのをはじめ、ロシアなど新興国をデフォルト直前まで追い詰め、国家統治を揺るがす課題を突き付けた。米国と国際通貨基金(IMF)はその解決策として「市場経済の徹底」と「民主化」という処方箋を用意したが、ことごとく失敗したことは歴史が証明している。

 代表制民主制が窒息状態に陥っている今、この問題を他人事ととらえてはならない。欧米の民主制を普遍的な「到達点」とみなす前提で「民主か独裁か」の二元論にアグラをかいてきた知的退廃こそが問われている。あらゆる価値観を相対化しなければ、新たなパラダイムもみえない。
 AIの進化によって「見える手」はマネー資本主義の暴走を管理できるようになるかもしれない。ブラウンは、「(AI進化は)中国がより近代的な経済にシフトする一助になる」と評価する一方、問題点をこう整理する。

 第1は「データのオーバーロード(過負荷)」。「データ収集とそれを知的に分析することは別物」と彼はみる。つまり分析能力への疑問である。
 第2に「官僚が過度に経済に介入すること」。その例として「中国ハイテク企業に対し、株式の1%および経営の決定権を政府に譲渡するよう強制する最近の動き」を挙げた。中国で活動する外国企業内に、共産党支部を作る動きもその一つだろう。彼は「党中央がハイテク企業の取締役会に命令し始めれば、習が意図している計画化構想に対する企業トップの熱意は、急速に冷める可能性がある」とみる。

●政府・市場・世論の3者協議

 では、サイバー社会が生み出すガバナンスとはどんな世界なのか、矢吹は、国家と世論、市民など主要アクター間の関係に着目する。彼は、広州中山大学の「インターネット及び治理研究センター主任」の張志安教授らの論文から、インターネット世論が国家ガバナンスに大圧力になっており、従来の「ネット管理」を「ネット治理」に変え、「政府主導の権威主義的管理」を「政府・市場・社会(世論)の3者協議による多元的治理」に改めるべきという主張を紹介している。

 これは中国的「民主」のモデルになるだろうか。「国家・市場・世論」の3者協議にについて矢吹は、「市場が決定的な役割を果たすのが現代資本主義であり、世論が決定的な役割を果たすのが現代のポピュリズム政治である。国家がすべてを決定しようとするのは全体的統治である」と解説する。
 そして3者の力関係とバランスが、統治の在り様を決定づけるとみる。結局のところ、強権国家を市場と世論で補完するだけの「国権主義に帰結」するかもしれないし、場合によっては市場と世論が重んじられ、国家の役割は暴力とエログロ取り締まりばかりの現代的「夜警国家」になるかもしれないと予測する。3者協議を単なるきれごととはみていない。「ビッグブラザー」の世界も想定している。

●トレードオフ対処の必要

 中国のサイバーガバナンスの構造を詳しくみよう。八塚はハイルマンの「デジタル・レーニン主義」を引用しながら、①頂層設計(トップデザイン)②党政軍民学の融合 ③情報ブロック―の三点にわけた。そして、サイバーに関わる複雑な利害関係やトレードオフをトップダウンで調整・指導する機関として「党中央サイバー安全・情報化指導小組」(14年2月設立)が設立されたとみる。
 極端な頂層設計は、硬直した行政と情報のひずみを招くから、市場による調整機能が重視されねばならない。一方、市場経済を放置すればリーマンショックのような投機的な行動で、国家ガバナンスを危機に陥れかねない。このためより洗練された頂層設計として②の党政軍民学の融合が引き出される。矢吹が書く「政府・市場・社会3者の協議」に通じる。

 情報技術のイノベーションは民間の自由な発想が必要である。サイバー空間への規制を強化すれば、自由な発想とエネルギーを圧迫しかねない。同時にグローバル化したサイバー空間で、国境をまたぐ情報や流通を遮断するのは現実的ではない。情報化の急速な浸透は、トレードオフ(隘路)にどう対処するか重い課題を突き付けている。

●サイバー主権、国際規範、軍事利用

 最後に十分に展開できなかった問題を列挙して、議論の下敷きにしたい。中国共産党にとって死活的な課題は、安定した環境の下の統治である。サイバー空間は境界を越える性格を持つから共産党統治を揺るがしかねない。不安定をもたらす情報はブロックしなければならない。監視社会になる恐れがあるだけに、注目すべき論点だ。それを分類すると、①共産党支配を揺るがす外国勢力の浸透 ②民主化運動など不満勢力 ③経済を混乱させる投機的活動や金融犯罪―などであり、中国共産党はこれを遮断するため「インターネット主権」を主張する。
 それは「中国内のインターネットは中国主権の管轄内にあり、インターネット主権は尊重と保護をうけるべき」というものである。米国家安全保障局(NSA)の元職員・エドワード・スノーデンが「NSAは中国本土も含め世界中でハッキングを行っている」(2013年6月)と暴露した効果でもあろう。中国当局はこれを契機に米IT企業への締め付けを開始した。サイバー統治は特殊中国の問題ではない。情報遮断とハッキングを通じた統治は、資本主義社会も貫く普遍性を持っている。サイバー空間をコントロールする国際規範は整っていない。国際規範の主導権をめぐる争いは一層激しくなるだろう。

 第2は、米中ロが進めるAI技術の軍事利用である。AI技術は汎用性が高く、米中競合の新たな磁場になる。中国の場合、軍事転用は軍民融合という軍と民間の高度な結合で進められる。トランプ政権が警戒する国家主導のAI戦略である。トランプ大統領が12月18日に発表した「国家安全保障戦略」は、中国企業が知的所有権を盗みサイバー攻撃を通じて「アメリカの革新的技術を不当に利用している」と非難した。経済と技術の発展が軍事競争に発展した歴史に、また新たな一頁が加えられるだろう。

●「ポスト冷戦後」時代の始まり

 中国がAIを駆使した国家統治モデルを摸索する背景について呉軍華・日本総合研究所理事は「国家モデルをめぐる米中競争の時代」で「アメリカの一極体制、普遍的価値としての民主主義への信任、グローバリゼーションという三つの柱で支えられてきた『ポスト冷戦時代』の終焉」を挙げた。第二次世界大戦後に構築され、ポスト冷戦時代に集大成した国際政治秩序が大きな岐路に立たっているという認識である。
 彼女は「欧米が主導してきた経済、政治、社会体制の『失敗』、あるいは魅力の減退が、いまの中国を生みだした大きな要因になっている」とし、中国を西側民主主義の世界に引き込もうというなら「民主主義の魅力を今一度示すことから始めるべき」と「挑発」する。

<注>
[注1]ETとは 「組込みシステム(Embedded System)」の略語。大半の工業製品にコンピュータが組み込まれ、その上で稼動するソフトウェアによって製品の機能が実現されていることを指す。
[注2]「習近平氏『ビッグデータ独裁』の中国目指す」(WSJ日本語電子版17年12月18日)
[注3]「中国のサーバー安全保障政策と日本への影響」(「東亜」2018年1月号)

 (共同通信客員論説委員)

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