中国単信(4)

習近平の「倹約令」に思うこと

                     趙 方任


 二週間ほど前、仕事で雲南省昆明にある国立雲南大学へ行った際、一般人も利用できる大学直営のレストランに入った。その壁面にかなり大きな文字のスローガンが掲げられていた。「勤倹節約、加入光盤活動中:唱議以“光盤”為栄、以“剰宴”為恥、吃光盤中餐、今天不剰飯」(倹約、節約で完食推進。“完食”を栄誉とし“食べ残し”を恥として、食事を残さないようにしましょう)。

 オヤッと思った。それというのも日本ではあまり大きく報道されていないが、習近平が打ち出した「倹約令」の影響が出ているらしいと感じたからである。

 1980年以降の改革開放後、一般庶民の関心、話題はつねに進歩、発展に関わる前向きの「変化」だった。ところがここ二年というもの、庶民の「話題」は「中国の高級レストランは相当数潰れる」といった類のマイナスの「変化」への関心が強まっている気配がある。

 社会主義国を標榜する中国には国営企業が多く、この国営企業による豪華接待、飲食遊興などの「公款消費」、つまり公費接待はレストラン、特に高級レストランの最大の収入源となっている。「公款消費」する組織が莫大な数に及ぶだけに、国や地方の財政を圧迫する規模も大きい。しかもこうした接待にはアルコール類は付きもの。その原料に穀物等が消費され、食料の自給自足を目指す中国の国策にも支障をきたしているほど。

 この「公款消費」は官僚の特権ともいえ、官僚の腐敗を招いてきただけに、庶民の目は常に冷たい。それだけに歴代の政権はたびたび「公款消費禁止令」を出してきたのだが、改善の兆候はいっこうに見られなかった。だからこそ庶民は「中国に役人がいるかぎり、高級レストランは未来永劫、左うちわだ」と揶揄してはばからない。

 それでは今、なぜ「高級レストランが潰れる」との声が一段と高まってきているのか。
 それは習近平政権が「公款消費禁止令」ではなく、「倹約令」を発令したことに由来する。「倹約令」発令直後、広東のある地方財政長官が禁止令違反によって罷免されたことが、庶民の「高級レストランが潰れる」という呟きにつながったと言われている。無論、歴代政権の「公款消費禁止令」と同じく、一過性に過ぎないとの観測も多かった。

 だがそれから一年。「高級レストランの多くが破綻の危機に直面している」との声は消えていない。それはデータとしても、2013年8月28日の中国商務部姚堅報道官の発表が裏付けている。「2012年の全国飲食業売上高の伸び率が、「SARS」の影響を受けた2003年を除き、1991年以来の最低を記録した」というのである。中国の飲食業が厳しい状況に直面し始めてきているのはまちがいないようである。

 今回の「倹約廉潔」(倹約簡素)運動は官僚の「豪華飲食」に留まらず、庶民の伝統的な生活にも影響が及んできているようで、例えば「中秋」時期の月餅を食べる習慣が挙げられる。中国ではこの時期に月餅を贈答品として送る習慣があるのだが、近年は官僚だけでなく、庶民も月餅の贈答が高級化し、さらに過剰の付加価値をつけて、贈賄の手段として用いられてきていた。それが習近平政権の「倹約廉潔」推進で、月餅販売量が激減したというのである。

 習近平政権の「廉潔運動」がこれまでのところ、歴代政権のそれより多少なりとも功を奏しているように見えるのは、腐敗官僚の取り締まりだけに的を絞るのではなく、庶民の生活に直結した「贅沢な消費」にメスを入れ、いわば庶民の「もったいない」意識を喚起して、民意による官僚への監視の目を強めようとする点にあるだろう。国民全体の問題として反腐敗に向けた「廉潔運動」をさらに具現化していけるなら、官僚の腐敗を抑制する大きな効果をもたらすかもしれない。

 しかしやはり心配になる。今回の「倹約廉潔」運動がいつまで持つかと。
 そもそも中国の官僚が豪華接待という贅沢消費をすることが、なぜ「習慣」になってしまったのだろうか。
 その原因には、およそ三つが考えられる。

 その一。「国のモノは俺のモノ」という“親方五星紅旗”意識にほかならない。したがって、一時的に厳しく取り締まっても、のど元過ぎればで、元の木阿弥というわけである。
 その二。中国人にとって、官僚や商人に限らず、庶民にとっても飲食、宴会はコネ作りの最も有効な手段となっている。「権力・金銭」との接点になる「飲食接待」は万国共通だが、中国は特にその傾向が強い。
 その三。接待漬けになる役人は飲食そのもより、接待される(できる)という心理的な優越感、自己満足感にはまってしまっている。しかもこの心理は下級役人ほど強い。

 このような社会的、心理的な要因からほぼ歴代の政権が「公款消費禁止令」を出しながら、いずれもみじめな結果に終わってきたと言える。現在、接待の高級化、贅沢化はますますエスカレートしている。その究極が会員制クラブである。贅沢な飲食はもちろん、マッサージもあれば、朝までの女性付きまでもある。エスカレートする最大の理由は、もはや「公款消費」以上に「官商」(「官」がなんらかの形で参与している企業)と「権商」(利益提供で「官の権力」に頼る企業)による激しい「接待消費」の競い合いだろう。
 おそらく中国の贅沢な接待習慣はそう簡単にはなくならない。ただ習近平政権が「公款消費禁止」ではなく、「倹約」を前面に押し出したことで、役人には少なからず警戒感が生まれる可能性が出てきた。「公款消費禁止」なら“上に政策有れば、下に対策有り”とばかりに、あの手この手で法の網の目をかいくぐるにちがいない。しかし「倹約令」なら、民衆に“もったいない”意識が定着するにしたがい、役人を監視する目に厳しさが増していくはずで、民意の最大活用が可能となるからである。

 あるいはひょっとすると、この「倹約令」が有効的に機能すれば、豪華接待、飲食遊興などの「公款消費」を抑え、「官商」「権商」と官僚の癒着を打破できるかもしれない。
 ただそのためには息の長い倹約運動が条件となるだろう。密かな期待を込めて習近平政権にエールを送りたい。

 (筆者は大妻女子大学助教授)


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