【オルタの視点】

「太極拳外交」の真骨頂:習近平・トランプ会談の真実とその後の急展開

朱 建栄


 約20年前、日経の記者O氏に、「米国外交のスタイルはボクシング、中国外交は太極拳」と話し、引用されたことがある。両者の特徴は今日に至って変わっていない。習近平・トランプ会談、北朝鮮をめぐる中国の対応について、この角度から面白い真実とその行方が見えるのかもしれない。
 中国の俗語に「打太極拳」がある。その意味は、①責任を取りたがらず、ごまかしをすること、②本音を明かさないこと、である。ネットで日本語の訳を調べたら、「のらりくらりとやり過ごす」との訳が出ている。
 ただここではごまかしの「打太極拳」ではなく、太極拳の達人によるその真骨頂の意味を念頭に置いて使っている。自分に向かってくる力をかわすだけでなく、更にその力を、相手自身を動かすのにうまく使う、との発想とテクニック、三千年の歴史的知恵を指す。

 圧倒的な軍事力をもって相手に対するノックダウンを狙う米国の外交スタイルはトランプ政権になっても変わっていない。しかし今日中国の「太極拳外交」には毛沢東時代になかった重みが加えられている。習近平政権はその権力(国内ではもはや弱腰と批判され、牽制を受ける心配なし)と実力(経済力と軍事力の両方)を背景に、今回は太極拳外交の極致を演じており、トランプの振り上げたこぶし、北朝鮮対策を中国に迫るその圧力を逆に最大限に利用しているように感じられる。

◆◆ 1.米中首脳会談の再検証

 4月6日と7日、米中首脳会談はフロリダ州「マー・ア・ラゴ」別荘で行われた。日本のマスコミはそれに関して大抵、「大した成果はない」「平行線で終わった」との論調で報じた。近年に頭角を現す中国人研究者、日本企業(中国)研究院の陳言・執行院長は日本の報道ぶりにヤジを飛ばした。

 ① 日本新華僑報網170421 分析中日美三國関係的新視點
  http://www.jnocnews.jp/news/show.aspx?id=90713
 要旨:1、安倍首相は去年11月にトランプ氏を表敬した際、40分間の会談予定が34分で終わったのに、「信頼関係が樹立された」と自賛し、マスコミも鵜呑みにした。それに比べ、トランプ・習近平会談は二回とも15分の予定から2、3時間に大幅に延長されたのに、「ほとんど成果なし」とこき下ろされた。その論理はおかしくないか。
 2、米中間は東シナ海、台湾海峡、南シナ海で必ず衝突が起こるとの希望的観測が日本のメディアに満ち溢れたが、米中はかつての米ソと違って、経済面の密接関係はすでに「不可分」のレベルに達しているとの要点が見過ごされているのではないか。
 3、(戦後)米国の前で独立した試しがなく、対米従属以外に外交戦略をもたない日本と米国との関係に比べ、中国は経済規模において間もなく米国を追い越す段階に来ている。この基本構造を理解しなければ、米中関係に関する日本マスコミの報道および日本外交の方向に大きな問題が常に生じる。

 では米中首脳会談の再検証に入る。
 確かに、一日目の会談で、トランプ節がさく裂。「長い時間話し合ったが、今のところ何も得られていない。まったく何も」とズバリと言い、更に「シリアへのミサイル攻撃」を発令した後、夕食会で習近平主席にそれを伝えた。外交礼儀上、失礼に当たることだった。決して米中首脳会談は最初から成功が約束されたものではなかったことがわかる。
 ところが、二日目の首脳会談が終わってから、トランプ氏は上機嫌、何度も習近平氏を褒めた。

 以下は会談5日後の4月12日、トランプ大統領がウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで語った内容(日本語版、抜粋)。
 ② WSJ170413 トランプ氏と習氏、緊張関係が友情に変わるとき
  http://jp.wsj.com/articles/SB12580682065743184470104583081640979587184
 「われわれの相性はすごくいい。互いに好意を持っている。私は彼のことがとても好きだ。彼の妻も素晴らしい。」
 インタビュー記事はさらに次のように書いた。
 米中首脳会談の最初の協議は「10分から15分の予定だったが、3時間に延びた」。さらに「2日目に10分間の予定で組んでいた会談は2時間に延びた。われわれは本当に相性がいい」とも述べた。

 では何がトランプの印象を逆転させたのか。同記事を引き続き引用。
 ここにきて急速に進展している米中首脳の対話の中核を北朝鮮問題が占めているのは明白だ。実際、トランプ氏は一種の大きな取引を習氏に持ちかけたと話した。北朝鮮の核の脅威を阻止するために中国が力を貸せば、難航が予想される貿易交渉でより有利な条件を中国に提示すると申し出たという。
 インタビュー原文ではトランプ氏は続けてこう話した。
 「あのような国(北朝鮮のこと)が核能力、核兵器を保有するのを認めてはいけない。大量破壊につながる。彼(金正恩)は今はまだ(ICBMという)運搬手段を持たないが、いずれ持つだろう。それで、我々(トランプと習)は北朝鮮について非常に開けっぴろげの話をした。」
 その発言を受けて、トランプ氏はもう一度習近平氏を褒めた。
 「我々は非常によい関係を築いた。大いに気が合った。お互いに好感を持ったし、私は彼がとても好きになった。」

 北朝鮮の核をめぐって米中が共同作業し、中国も汗を流す、この合意がトランプの対中姿勢を対立から協調へ変えた転換点になったと見ることができる。事前、大統領本人もティラーソン国務長官も何度も「成果」を求め、北朝鮮問題が試金石と強調していたためだ。

 中国側はそもそも、今回の首脳会談に何を求めていたのかを振り返ってみる必要がある。それによって、会談が成功したのか失敗したのか、もっと分かりやすくなる。
 以下は首脳会談の10日後、崔天凱駐米大使が中国メディアに話した「総括」。
 ③ 人民網170417 駐美大使崔天凱談中美元首會晤:中美関係已經翻開新的一頁
  http://world.people.com.cn/n1/2017/0417/c1002-29214548.html
 要旨:1、習近平・トランプ両首脳は7時間以上の会談を行い、その半分以上は通訳のみ参加した差しの懇談。互いに個人の経歴、治国の理念および発展ビジョンを語りあい、「共通に関心を持つ国際と地域の問題」について突っ込んだ意見交換をし、「良好な交流関係と個人間の友情」を築いた、
 2、外交と安全対話、包括的経済対話、法執行とサーバーセキュリティー、社会と人的交流といった四つの新しい政府間対話・交流の枠組みを設立、
 3、北朝鮮の核開発問題を、首脳会談の「最も中心的なテーマ」の一つと据え、相手側の関心と立場に対する相互理解」を深めたのが「最重要成果の一つ」になった、
 4、経済貿易摩擦の早期解決を目指す「百日計画」は中国側が提案したもので、年内のトランプ訪中まで、両国間の協力レベルを一段と高めることに合意。

 さらに一週間後の4月24日、崔天凱大使は全米州知事会議などが共催するシンポジウムで基調演説。
 ④ 人民網170425 崔天凱全面闡述中美元首海湖莊園會晤後的中美関係
  http://world.people.com.cn/n1/2017/0425/c1002-29234154.html
 前述の「成果」を紹介する以外に、崔大使が述べた要点:
 1、習近平主席が会談で「我々は中米関係をよくする1,000の理由があっても、それを悪くする理由は一つもない」と語ったのを引用し、対米協調が国策と強調。
 2、中国側は両国間の経済貿易関係の大幅改善に努力する決意だが、米側も中国への輸出制限を緩和し、中国からの投資に対する過度な安全審査をやめよと要求。
 3、「一帯一路」に対する米側の積極的参加を呼び掛ける。

 2011年、バイデン米副大統領が訪中した際、北京や四川に同行した習近平副主席(当時)に付きっきりだったのが崔天凱(当時は外交部副部長)。それにより、習近平・崔天凱ホットラインが樹立され、それが今回の米中首脳会談を成功させた重要な背景の一つと自分は見ている。

 ところで、今回の首脳会談は共同文書が発表されていない。では成果をどう評価するか。米政府の3重鎮(ティラーソン国務長官、Mnuchin 財務長官、Ross 商務長官)は首脳会談の直後、共同記者会見を行ったが、この3人の話から米側による会談成果の採点は大概読み取れる。
 ⑤ Briefing by Secretary Tillerson, Secretary Mnuchin, and Secretary Ross on President Trump's Meetings with President Xi of China
  https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/04/07/briefing-secretary-tillerson-secretary-mnuchin-and-secretary-ross
 中国語訳)白宮官網:中美両國元首會晤簡報全文翻譯
  https://commondatastorage.googleapis.com/letscorp_archive/archives/117950

 米側がまとめた8項目の合意は以下の通り。
 1、相互尊重の基礎の上で相違をコントロールし、協力の分野を拡大していくことに合意
  President Trump and President Xi agreed to work in concert to expand areas of cooperation while managing differences based on mutual respect.
 2、北朝鮮の核開発は深刻な段階に入っていると認識し、その核放棄を迫るのに協力を強化することに合意
  They agreed to increase cooperation and work with the international community to convince the DPRK to peacefully resolve the issue and abandon its illicit weapons programs. I think President Xi, from their part, shared the view that this has reached a very serious stage in terms of the advancement of North Korea’s nuclear capabilities.
 3、経済貿易分野の摩擦解消をめぐる協力(略)
 4、貿易赤字を解消するため、「百日計画」に合意(略)
  補足:Ross 長官は「百日計画」の合意は「最も意義あるもので、両国関係を前進させる非常に重要なシンボルになる」と語った。
  I think in many ways, the most significant thing was a 100-day plan.
And I think that's a very very important symbolization of the growing rapport between the two countries.
 5、地域と海洋の安全問題。トランプ大統領は東シナ海と南シナ海で国際的規範を守ることの重要性、および(南沙での)非軍事化の約束、人権と価値観の問題を強調(中国側のおそらく異論を呈した反応に言及せず)
 6、四つの新しい協議枠組み(前述)の樹立とトランプ大統領訪中の合意(略)
 7、トランプ大統領はシリア空軍基地に対するミサイル攻撃を説明(略)
 8、中国は米側の行動に理解を示した
  President Xi I think expressed an appreciation for the President letting him know and providing the rationale and said, as it was told to me, indicated that he understood that such a response is necessary when people are killing children.

 この会談内容と合意内容について、中国学者による分析は以下の通り。
 ⑥ 新浪170413 中國作出重大讓步 中美開啓全面合作
  http://cj.sina.com.cn/article/detail/1680937367/216122?column=onlinebank&ch=9
 要旨:1、これまで20年の対立・警戒・競争が中心だった米中間の雰囲気と実体を大きく変えた「歴史的転換点」になった。
 2、中国国内では反米勢力がかなり強いにもかかわらず、習近平氏はそれを押し切って「最大限の誠意」を示し、対米重視をトランプに印象付け、今後数十年間にわたる米中関係の軌道構築に成功した。
 3、首脳間の信頼関係と四つの対話枠組みの樹立、北朝鮮問題の重視で一致(前述)。この積み重ねで「米中は全面協力の『戦略的パートナー』になるのは必至」
 4、中国側が「重大な譲歩」を見せ、最大のトゲである経済貿易摩擦の解決に取り組む「百日計画」の合意
 5、「予想以上の成果」であり、今後の国際関係に大きく影響する。

◆◆ 2.中国側の狙い、事前の作戦計画と成果の再点検

 これら中国側の事後の総括と評価から遡って、習近平主席がトランプとの会談に臨む際に練った作戦案と目標値は割り出すことができよう。いきなり、経済貿易摩擦、南シナ海、台湾、THAADなどの問題で合意に達するのはありえない。この点はだれでもわかっている。中国側が設定した目標値は以下の三つだと筆者は推定する。
 1、オバマ政権から次期新政権へのシフトをスムーズに乗り切り、トランプ新大統領との協力・信頼関係を構築すること(これによってトップダウン方式で今後、個々の問題を解決できるとの考え)
 2、米新政権と幅広い交流・協議の枠組みを作ること(四つの枠組みの合意)
 3、中国経済発展の平和的国際環境を確保し、「戦略的機遇期」(米国と深刻な対決局面を避けた外部環境)を更に4年から8年間保持し、その間に、経済・国力の面で米国との比肩を達成すること

 その後の推移から見て、習近平主席の訪米の希望値はほぼ達成したと言える。では波乱含みの首脳会談を目標達成に持ち込んだ中国側の繰り出した「必殺技」は何だったのだろうか。
 ロス商務長官が習近平主席の説明を聞いて一段驚いたのは、中国が自ら貿易不均衡の改善を目指して提案した「百日計画」だった。「アメリカンファースト」を掲げ、経済、貿易、雇用を最重視する姿勢を見せていたトランプ大統領に対し、中国が事前に用意した最大のお土産はこれだったと考えられる。
 北朝鮮の核問題をめぐる協力の申し出は、おそらく当初は二番目に位置づけられたお土産だったと思われる。ところが、トランプ氏が「これこそ重要」と強調し、会談の最重要課題と位置付けたから、一回目の会談が終わったその夜、中国側はすかさず作戦を練り直し、北朝鮮問題をめぐる話し合いに重点を移すことを決定したとみられる。そこで二日目の一連の会談で習近平氏は「中国と朝鮮半島の千年以上の歴史」を丁寧に説明し、その上で米中協力を約束した。
 この二番目のプレゼントは結果的に一番ヒットした。帰国した数日後、習近平主席はまたトランプ氏と電話会談をし、北朝鮮の核実験阻止に関する具体的な措置に言及し、これで首脳間の協力関係が成立した。A選手が繰り出した北朝鮮に関する拳を、C選手は毛沢東時代のように硬く押し返すのではなく、江沢民・胡錦濤時代のようにただとぼけて時間稼ぎするのでもなく、いったん胴元の近くまで受け入れて、そこから相手の拳の力を自分の望む方向に向かわせたのである。

 それを可能にした背景を理解するのに参考になる記事を紹介する。
 中国の微信や複数のネットで「習近平は中央党校の高級幹部学習班で、中国はEUのような対米協調路線を取るべきで、『反米戦略はそもそも誤りである』と語ったことがある」とのスクープが広まっている。
 ⑦ 中國のネット170411 「習近平主張聯美走歐盟道路」
  http://gongwt.com/shows.php?ID=219129
 同記事の出所は以下のサイトである。
  http://www.open.com.hk/content.php?id=3154#.WQ8vvjuLSUk

 習近平主席は、これまでの中国外交がこだわるプライド、「対等」に頓着することなく、本来は米国大統領が先に訪中する番であるにもかかわらず、ワシントンDCへの公式訪問を避けて、フロリダで首脳会談を実現させた。その背後に、習近平氏は鄧小平以来の対米最重視という国策を継承・発展させる、という考え方の持ち主であることが明らかになった。
 玉石混交のネット情報の中で、このスクープはどこまで信用してよいか。確認のしようがないが、今年に入ってからの中国側の対米動向、習近平主席自身がトランプ氏の前で語った「中米関係をよくする理由は1,000あっても、それを悪くする理由は一つもない」という表現から見て、あながちでっち上げではないようだ。

 一方、一回目の首脳会談後の夕食会に、トランプ大統領は「シリアへのミサイル攻撃を始めた」と突然切り出し、習近平主席は10秒ぐらい考え、通訳に確認した後、米側の行動に理解を示した。このことは日本のマスコミでは習近平に恥をかかせたとの解説が多い。重要なのは、習近平主席がこの「アクシデント」を冷静に切り抜けた思考様式を理解することだ。
 複数の北京の専門家によると、トランプ氏の「不規則な言動」に習主席は一定の心構えをしており、また、中国外交の全権を掌握しているからこそ、それまでの中国外交部の(シリア問題に関する)スタンスを一部変えても、トランプ氏と共通の理念(反人道の国や行動に反対)を持ち、共同作業ができる相手だと信用させることを優先した。その結果、トランプ氏に、「習近平主席は国内の反応を気にすることなく決断でき、権力基盤が固まった」と印象付け、CEO同士の手打ちが可能と判断させ、首脳会談後の米中協調の基礎を打ち立てることに成功した。

 米中間の政治パイプの開通は、トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏がホワイトハウス入りし、またティラーソンが国務長官に就任してからの1月末だったようだ。2月1日、大統領の長女イバンカ氏が、チャイナドレスで着飾ったその娘を連れて中国大使館を訪れた。その日、崔天凱大使がクシュナー氏と秘密会談を行った。数日後、首脳同士の長時間の電話会談が行われ、トランプ大統領は「一つの中国」の政策を守る重要性を理解していると伝え、習近平主席は「高く評価する」と答えた。一週間後、ティラーソンと王毅外相の会談がG20の外相会合に合わせてドイツで行われた。ほぼ同時に、ムニューチン米財務長官は中国の汪洋副首相らと初めての電話会談をした。
 一連の会談を通じて、トランプ新政権と中国とのパイプが樹立され、双方が貿易摩擦、軍事対決にいきなり突入する事態が回避された。日米首脳会談直後の記者会見で安倍首相が指名した日本人記者は、米国のアジア太平洋地域の方針に変更はあるかと質問し、「日米対中国」との発言を引き出そうとしたが、トランプ大統領は、自分は「中国の主席と素晴らしい電話会談をした。私たちは仲良くなろうとしている。日本にとってもそれはとても利益になる」と答えた。

◆◆ 3.「太極拳外交」の収獲は

 トランプ氏が北朝鮮の核問題の解決を最優先にすべきだと習近平氏に迫り、「中国が解決しなければ、米国がやるぞ」(4月3日付英紙フィナンシャル・タイムズとのインタビュー)と米国流のボクシング外交を性急に押し付けた。それに対し、習近平氏は「借力発力」(相手の力を借りて自分の目的を達成する)という太極拳の手法を駆使し、北朝鮮問題をめぐって弁解や「米国の責任」などを一切言わず、まずその拳の力を真正面から押し返すことなく、やんわりとかわし、その共同対処に真剣に応じると表明した。まさに北朝鮮の対応をめぐる協力体制の樹立を梃子に、首脳間の信頼関係と政府間の協力関係が樹立され、両国間の対立の緩和と「発火点の封じ込め」にこぎつけたのである。

 それ以後、中国は確かに、北朝鮮の6回目の核実験の阻止に全力を尽くし、しかも実際に成果を上げた。
 北朝鮮のプルトニュウムによる核実験はいったんセットされたら長い日にちは持たない。中国は少なくとも4月15日(太陽節)と25日の人民軍記念日の二回にわたって、6回目の核実験をねじ伏せた。
 この間における中国の北朝鮮外交も、中国の熟語「釜底抽薪」「借刀殺人」「一不做二不休」など一連の表現を使って説明できるが、スペースの関係上、この号では詳しく検証しない。ただはっきり言えるのは、
  6回目の核実験を阻止するのに中国が主に汗を流した、
  これからの半島非核化に向けた長いプロセスでは米中の共同作業が必要、ということをトランプ政権に理解させた、
との中間結果を出したことである。

 それによって中国は何の見返りを得たか。大げさに言えば、「一本万利」(わずかな資本で巨利を得る)であった。
 以下の事実はご存知であろう。
 1、「為替操作国」認定の見送り。トランプ氏は「北朝鮮の問題を解決することは貿易赤字を帳消しにするだけの価値がある」と首脳会談で語っており、その後、「中国が北朝鮮問題で汗を流しているとき、中国を為替操縦国と認定するなんてできない」と語り、実際に認定を見送った。
 ⑧ 時事ドットコム170413 中国と北朝鮮問題で取引か=「為替操作」認定見送り-トランプ氏
  http://www.jiji.com/jc/article?k=2017041300744&g=prk

 2、台湾問題。当選直後、トランプは「蔡英文と電話して何が悪い」との姿勢で実際に電話会談をしたが、4月末になると、蔡英文氏は「トランプと再度電話するかもしれない」と語り、明らかに裏工作で手ごたえを感じたところだったが、トランプ氏から拒否された。
 ⑨ レコードチャイナ170428 トランプ大統領が台湾総統との電話を却下、「習主席怒らせたくない」
  https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/recordchina/world/recordchina-RC_176687
 ここで引用された台湾紙によると、
  大統領は「自分と習近平国家主席との関係は良好で、彼はわれわれが大きな困難を乗り切るために最善を尽くそうとしている」「習主席との間にもめ事を引き起こしたくない」などと語った。
という。
 さらに、5月に入って、トランプ政権は台湾への武器売却まで遅らせていると、ワシントンポストの記事が暴露した。
 ⑩ The Washington Post170507 Taiwan arms deal in limbo as Trump courts China
  https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/taiwan-arms-deal-in-limbo-as-trump-courts-china/2017/05/07/37ee5654-31ba-11e7-8674-437ddb6e813e_story.html?utm_term=.560d7674255d
 それを紹介した中文記事:
 世界新聞網170508 華郵:川普向北京示好 對台軍售打入冷宮
  http://www.worldjournal.com/4961331/article-%E8%8F%AF%E9%83%B5%EF%BC%9A%E5%B7%9D%E6%99%AE%E5%90%91%E5%8C%97%E4%BA%AC%E7%A4%BA%E5%A5%BD-%E5%B0%8D%E5%8F%B0%E8%BB%8D%E5%94%AE%E6%89%93%E5%85%A5%E5%86%B7%E5%AE%AE/?ref=%E9%A6%96%E9%A0%81_%E5%8D%B3%E6%99%82NOW

 3、南シナ海での「自由航行作戦」の遅延。
 ⑪ CNN170505 米国防総省、航行の自由作戦の要請を却下 中国に配慮か
  http://www.cnn.co.jp/world/35100731.html
 (南シナ海での「自由航行作戦」に関する)米軍の要請が国防総省に断られていたことが5日までに分かった。
 北朝鮮問題の解決を目指すトランプ氏が改めて中国に譲歩したものとみられている。

 なお、次のVOA記事は「中国が太平洋軍司令官ハリスの罷免を要求」という共同ニュースを中国側が否定したことを伝える中で、この二か月間、米国防総省は太平洋軍が出した南シナ海「自由航行作戦」の申請を3回も却下したと紹介した。
 ⑫ VOA170509 中國否認要求川普撤換太平洋司令 美批中國抹黑
  http://www.voachinese.com/a/china-us-20170508/3843511.html

 4、アセアン首脳会議への影響。
 ⑬ BIGLOBEニュース170501 ASEAN首脳会議、ドゥテルテ大統領が中国批判を封印
  https://news.biglobe.ne.jp/international/0501/rec_170501_0990473574.html
 今回のアセアン首脳会議で中国一辺倒の局面が現れたのは、米国が圧力を加えなかった、というのは重要な外部要因だったからであろう。
 その間、中国海軍艦艇が7年ぶりにフィリピンに寄港し、ドゥテルテ大統領が自ら乗艦した。

 5、THAADの配備に関する姿勢の微妙な変化。
 ⑭ KBS170417 「THAAD配備は次期大統領が決定すべき」米高官
  http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=63271
 4月後半、トランプ大統領は更に、THAADの配備に韓国側に10億ドルの費用負担を求めると発言。

 6、米中政府間ハイレベルのホットラインと協力体制の樹立。北朝鮮問題をめぐって両国間で極秘に作業グループを設立したと言われる。王毅外相とティラーソン国務長官はほぼ週一のペースで電話会談(中国側の報道による)。

 それ以外にも、直接的、間接的に、様々なインプリケーションが出ている。
 たとえば、
 7、トランプ大統領は首脳会談でAIIBへの協力に言及し、習近平主席は米国内への大規模なインフラ投資を提案、との取引が進行中の情報。ここでは米中首脳会談に厳しい目線を向けた記事を紹介。
 ⑮ ジャパン・インデプス170423 北朝鮮エサに米翻弄 高笑いの習近平
  http://japan-indepth.jp/?p=34043

 8、日中関係を好転させる背景要因に。
 二階・自民党幹事長が5月中旬に北京で開かれる「一帯一路」サミットに参加することになった。NHKなどは、横浜で開かれたアジア開発銀行の年次総会で、日本政府は中国への対抗を意識したと報じたが、中国の新華社通信は「ADBの中尾総裁、『一帯一路』を高く評価」との記事を発した。
 ⑯ 新華網170504 亜行行長稱願與中國合作推進“一帯一路”建設
  http://news.xinhuanet.com/world/2017-05/04/c_1120919782.htm

 横浜で日中財務大臣会談が行われ、一連の分野における協力の「深化」に関する共同声明が出された。このことは日本のマスコミで小さく伝えられたのに対し、中国では大きく報道された。
 ⑰ 重磅!中日聯合聲明:雙方同意在貿易、投資、經濟領域深化合作 170506
  http://mp.weixin.qq.com/s/9Ht0BdTnHiAxcPRy9_ydUg

 さらに、そのような歩み寄りは米中関係の改善という「大背景」と切り離しては語れないと分析した記事は以下の通り。
 ⑱ 新浪財経頭條170507 昨天,美中和解讓日本徹底夢碎,含淚向東轉
  http://cj.sina.com.cn/article/detail/1925611061/241452?column=forex&ch=9

 ただ、この5月から、日本の巨艦「いずも」が南シナ海に出航。これが日中間の新たな火種になりかねないと専門家は警告している。以下の記事をご参照。
 ⑲ BUSINESS INSIDER JAPAN170507 「いずも」南シナ海活動を警戒する中国 尖閣強硬策で対抗する可能性も
  https://www.businessinsider.jp/post-33336

 米中関係の一連の劇的変化はすべて首脳会談で始まり、その後も、習近平流の「太極拳外交」に誘導される形で、一連の難しい問題の対処が進められている。
 今後、米中関係はすべて順調に行く保証はないし、イッシュごとに対立が生じる可能性は十分にあるが、予想以上にいいスタートを切ったこと、これまで解決できなかった難題をめぐっても協力して取り組む体制と一定の信頼関係ができたこと、事実上のグローバル的協力関係が前進しつつあることは紛れのない事実だ。
 習近平主席の「太極拳外交」はいつまで続くか、次にどのような成果を期待しているか。一緒に観察していきたい。中国外交に関しては、外部の物差しや心理に基づいて当て嵌める視点ではなく、その思考様式、内在的論理およびその古来の伝統を理解することが真実につながる第一歩だと、締めくくりで強調したい。

 (東洋学園大学教授・オルタ編集委員)

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