【コラム】酔生夢死

脱市場こそ性差解消の必要条件

岡田 充

 大学病院の待合室で診察の順番を待っていると、突然「パチ、パチ、パチ」と大きい拍手が沸き上がった。前の席の中年女性が「何かあったんですか?」とつぶやくと、隣の女性が「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本が勝って優勝、世界一になったのよ、おめでとう」と興奮気味に説明した。
 「静粛」がモットーの大学病院で拍手が沸くって珍しくない? 衰退が加速度的に進行するこの国で、「世界一」と自慢できる領域はどんどん狭まっている。アニメ・漫画と並びスポーツのいくつかの種目は、数少ない自慢の種になった。
 そんな現状を浮き彫りにした光景。この日のNHKニュースは一日中、「日本が世界一」がトップニュース。まるで日本が「スポーツ国家化」したようだった。かつて世界に誇った日本の製造業や技術力はどんどん衰退、生産性や賃金の下降は主要先進国G7で最低。
 1990年代から始まる衰退が顕著になったのは、7年8か月にわたり最長政権を維持した安倍晋三政権時代だ。片山杜秀・慶応大教授は安倍時代の特徴として、「日本の国際的な地位低下への不安と、日本の強い存在感への希求」と分析、「日本の国はまだまだ強い」と思いたい民衆の願望を満たした、とみる。世界一に沸くのは、衰退の「逆立ち現象」であり、TVがあおる「日本ホメ」と同じだ。
 野球だけじゃない。23年7月からのサッカー女子ワールドカップで、日本代表が強豪スペインに4対0で勝ち、決勝トーナメントに進むとNHKは夜7時のニュースで長々とトップで伝えた。
 女子サッカー人気は2011年のW杯優勝をピークに下降線をたどっているという。プロ化をうたった「WE(ウィー)リーグ」は2021年に開幕したが、観客数は低迷している。男子リーグとは比べものにならないほど、マーケット(市場)がないということだ。
 そのころ、女子W杯で優勝した選手たちがエコノミークラスで欧州入りしたのに対し、男子代表は同便のビジネスクラスを利用するなど、男女格差(ジェンダーギャップ)が、注目されるようになった。
 米国では女子サッカー人気は高く、日本より市場は大きい。にもかかわらず報奨金が男子の3分の1に満たないとして、女子選手が米雇用機会均等委員会に訴え、報奨金を男女均等にする和解を2022年に勝ち取った。市場に見合う待遇をすべきという論理だろう。
 世界経済フォーラムによると、日本のジェンダーギャップ指数は2023年、146カ国中125位と、前年から9ランクダウンした。男女の待遇差を市場主義から説明し、正当化し続ければ、性差は永遠に解消しない。
 日本が「スポーツ国家」を目指すなら、市場主義で選手の待遇を決めてはならない。性差別を当然視する集団的な社会意識にメスを入れるのが必要条件だ。パート労働者、看護師、介護士など、日常生活に欠かせない女性労働者の待遇改善もまた、市場主義から決めてはならない。コロナ禍の中で我々はそのことに気づかされたはずだ。(了)

画像の説明
2023年7月女子サッカーW杯で、強豪ス ペインを下した日本チーム(日本サッカー 協会HPから)

(2023.8.20)
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