【コラム】
風と土のカルテ(63)

腕はいいはずなのにもったいない

色平 哲郎


 先日、親しい友人から電話がかかってきた。彼は、ある大学病院で腹部のCT、MRI検査を受けたところ、膵尾部に腫瘍が見つかり、手術を検討している。本人に全然自覚症状はなく、元気に生活しているという。病院側は「見つかってよかった。ガイドラインに従えば手術しかない」との見立てらしい。
 友人は、開口一番、こう言った。「大学病院ってとこは、どうしてそれぞれの医者が勝手なことを言うんだい?」
 「どうした?」と聞くと、次のような話をしてくれた。

 友人は、膵臓の検査を受け、病棟のベッドに寝て、検査をした内科の主治医が説明に来るのを待っていた。事前に「検査が終わったら説明をするので奥さんも一緒に聞いてもらった方がいい」と言われていた。
 友人夫妻が何時間も待っていると、別の医師がやって来て、「検査は無事終了しました。後日、外科医の診察時に検査結果を含めて、詳しくご説明します」と告げられた。「今日、主治医の先生からの説明はないのですか」と聞くと「これでおしまいです」。
 友人だけが病室に泊まることになっており、奥さんは、「おかしいなぁ、待ちぼうけだったのかしら」と首を傾げながら、自宅に帰った。すると、しばらくして内科の主治医がベッドサイドに現れ、「あれっ、奥さんも一緒じゃなかったんですか」と言ったのだとか。

 友人は、こう語る。
 「こっちは、ひょっとしたら生命に関わる事態になるんじゃないかと不安でたまらない。ずっと待ってたんだ。なんで医者同士、最低限のコミュニケーションもできないの? 大切な説明でしょ。どうして余計なことして、混乱させるの。結局、自宅に帰っていた妻をもう一度呼んでね、一から説明を受けたんだ。大学病院ってあの程度なのかなぁ」
 私は、「残念ながら大学病院では、そういうことが時々起こる。彼らは悪気があってそうしているわけじゃないんだ。病気の治療に関しては、徹底的に研究し、一生懸命やっている。だけど、患者さんの気持ちとか、生活背景への配慮とか、ともすれば二の次になりやすい。治療技術は高いのに、もったいないことだ」と答えた。

●ベテラン保健師からの叱咤

 友人は、さらに不満を口にした。
 「とにかく、手術の予定が立たない。外科の担当医は、膵尾部の切除という治療方針を固めているけど、院内カンファレンスで言われたとかで、あの検査もしろ、この検査もしろと、当初の予定より検査が多くなっている。上の教授の診察を受けてくれと言うので教授の話を聞くと、またまた別の検査が必要だと。手術日程を決めるはずの診察で、どんどん予定がずれていく」

 「検査を重ねていくことが、診断上、必要なこともあるのだけれど、もしかしたら論文にしたいという考えがあるのかもしれない」
 「えっ? そんなこと言われてないぞ」
 「何度も言うけど、彼ら、悪気はないんだよ。万全を尽くしている。だけど、説明の仕方がうまくなくて、人の気持ちが読めていない」
 「でもさ、自分が患者の立場になったら、予定が立たないことがどれだけ大変か、分かるだろう。インフォームド・コンセントはどこにいったんだ」
 「大学病院には、そういうところもあるんだ。ただ、腕はいいはず。もう少し、我慢だよ」

 私は、自分が医学部を出て、山間の村の診療所に赴任したころを思い出した。私も当時、村人の心が読めていなかった。読もうともしなかった。ベテランの保健師から「患者さんの話をちゃんと聞いてください」と叱咤され、あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、ようやく人の気持ちが少しは分かるようになった。

 大学病院の改革は、内部のコミュニケーションを円滑にすることと、患者さんへの対応を見直すことからだろう。このままでは、とにかく、もったいない。

 (長野県佐久総合病院医師・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2019年7月30日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201907/561718.html

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