臆子妄論                西村 徹

-NHKスペシャル「硫黄島 玉砕戦~生還者61年目の証言」

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 表題の番組が8月5日午後11時45分から翌午前0時34分までの間再放
送された。昨年夏放送されて放送文化基金賞を受賞したものの再放送である。私
は昨年これを見て強い感銘を受けた。そこで今度の再放送を知って何人かの知人
に知らせた。私はもはや齢でNHKのほかあまり民放を見ることはないが、若い
人はたぶんその逆でNHKをあまり見ないだろうと思ったからだ。地上波の中で
はNHKが政権に対してもっとも踏ん張って、ぎりぎり目いっぱいの抵抗線をま
もっていると思うからでもあった。
 再放送が最初に番組表に出たのは7月16日だったが、地震で当日の放送は取
りやめ延期になった。延期ならば次の放送予定はいつになるかをNHKに問い合
わせた。返事がきた。またしても知人に8月5日を知らせた。よくよく老人はヒ
マというわけだ。
 そこでこの放送を見た人からの反響があった。今月はその一部を紹介してお茶
を濁すというのでなく、その見逃すことの出来ない重い内容をお伝えして、私は
もっぱらプロデューサーをつとめたい。


●三十過ぎの女性(車椅子の身で外資系製薬会社で働いている、オルタ執筆者
佐藤美和子さんの大学で一年先輩)

◇昨晩、NHKドキュメンタリー見ました。直視できない場面が…多々ありました。
以下、仕事の合間(?!)に感想をまとめてみたので送ります。
 
 これまで小学校・中学校時代の8月6日は平和登校日で、修学旅行は広島・長
崎へと行き、出発前には皆で千羽鶴を折り、そして旅先では被爆者の方から体験
談を聞きました。原爆資料館ではすさまじい光景の写真や遺物を、被爆者からは
戦争はこんなに悲惨だ、だから繰り返してはいけない、と何度も伝えられました。
 その時は「本当にひどい、戦争なんかしてはいけない」と素直に思いましたが、
「こんなにひどかったんだ!こんなに悲惨だったんだ!」という状況ばかりを繰
り返して教えられるうちに、だんだんと「またその話か」と子ども心に思ったの
も事実です。今思うと、「なぜそういう事態になってしまったのか」という事が
伝えられなかったからかもしれません。

 昨晩のドキュメンタリーで印象に残ったのは元アメリカ兵の言葉です。
「穴からなかなか出てこない日本兵たちに対し、その愛国心には脱帽したが、
そういう教育を徹底されていたために被害が広がってしまった。その責任は
指導者たちにある」という意味の事を言っていたと思います。

 日本は唯一の被爆国で、時にそれを被害者意識の塊のようになって世界に訴え
てきましたが、加害者は本当にアメリカだけだったのでしょうか。
本当に語り継がなければいけない事は、日本中で起きた悲惨な状況だけでは
なかったはずで、日本側が事前に撮影していた硫黄島の映像をさも日本軍優勢
のように放映していたなど、今の内輪ウケの北朝鮮みたいな事をしていたこと、
捕虜になることも自害することも許さず、生きて帰ることが恥だという教え、
それを信じた多くの日本人、命の尊さを口に出来なかった状況、そういう事実と
共に戦争の悲惨さを伝えて欲しかったです。
 そしてそれを伝えてこなかったからこそ、逆に日本がアジア諸国に行ってきた
過去の卑劣な行いを外から知らされるような恥ずかしい日本人(私も含めて)
が少なくないのではないでしょうか。

 従軍慰安婦問題にしても、少し違いますがJR福知山脱線事故にしても何度も
謝罪しているはずなのに相手にはその思いが伝わっていないことは、これまでの
日本のそういう姿勢(態勢)と重なるように思いました。
 本当に戦争を繰り返さないためには、なぜそういうことになってしまったのか
を知らなければいけないのに、その姿勢が欠けていたような気がしますが…
どうでしょう。
 実際に戦争を体験していない者が、そんな事を言ったところで後からならどう
とでも言えます。だからこそ、硫黄島から生還された皆さんが、ご自身の抱えて
おられる思いとは対照的に、決して声高に語らなかった言葉は、静かに語られれ
ば語られるほど深く伝わってくるように感じました。

 また数年前に、あるニュース番組で広島の被爆者数名と、元アメリカ兵(広島
に原爆投下した飛行機に乗っていた人だったように記憶しています)との対談が
ありました。そんな対談を企画していいものかと信じられない思いで、見入って
いました。
 その時にも元アメリカ兵の男性は「あの原爆のおかげで多くの日本人の命は救
われた」と被爆者側を前に言い切りました。おそらく、アメリカではその考えが
浸透しているのでしょう。しかし、ただ会って一言、アメリカ側からの『謝罪の
言葉』が欲しかった被爆者側は、その言葉に面食らったと思います。私も驚きま
した。
 対談のあと、被爆者側の男性も女性も怒りで震えておられました。
 「亡くなっていった人たちにあの世でなんと報告していいのか」と、うなだれ
ておられたあの方たちは、この先の人生をどのような思いで過ごしていかれるで
しょう。
 それを思うと今もやりきれません。

 久間大臣の「しょうがない」発言にしても、当時の状況としては本当にそうだ
ったのかもしれません。しかし、まるで他人事のようにそんな事を日本側が言っ
てはいけない言葉です。そういう事を政治家が言ってしまうほど、いろんな事に
対して日本人はすっかり鈍感になってしまったのでしょうか。
 昨日のドキュメンタリー番組がたとえ再放送であっても、日曜日のあんな時間
帯にしている事がすでに今の日本人の意識レベルを表しているように思いまし
た。そして私にしても、教えていただかなければ見なかった番組だったと思いま
す。
 なので…教えていただいて本当にありがとうございました。


●四十代の女性(大学教員、文学博士)

◇今晩は。「硫黄島・玉砕戦」を観ました。
何も知識がなかったので、驚きました。沖縄のことはほんの少し知っていたので
すが、その直前にこういうことが起こっていたのですね。ご連絡をくださらなか
ったら、この番組を観なかったし、何も知らないままだったと思います。
ありがとうございました。
地震で放送日が変更になりましたが、今日という日の放送も良かったですね。


●八十一歳の真宗僧侶(小学校の友達。60歳で出家。ケータイなので短い)

◇硫黄島見ました、私も志願して岐阜の各務ケ原航空隊におり、B29の攻撃を
受け友達(戦友)もたくさん亡くしました、硫黄島は悲惨を通り越した戦いで言
葉がありません、問題は、その時々の国の指導者ですね、人間の行動の最も愚か
な事が戦争ですね、安倍なんかもそう言う意味では非常に危険な存在と感じられ
ます、しかし、人間は何故このような極まりない愚かなことをするのだろうか。
※ そして翌日の便に「昨夜は戦時中の悪夢の日々を思いだした、でも不思議に
懐かしさもある」とあった。


●クチコミも捨てたものでない


 クチコミといっても実際に口は利いているわけでなく対面しているわけでも
ないのでメルコミというほうが正しいかもしれない。メルコミはクチコミの超省
エネ版である。何十分の一かのエネルギーでクチコミと似たことができる。
 老人のお節介からこれだけの反響が得られるとは初めは思っていなかった。
事実返ってきたのは一部でしかなかった。しかし返ってきたものは重かった。
返ってこなかった中にも、じつは見て重く受け取っている人もいるだろう。また
クリント・イーストウッド監督の硫黄島映画が二本大きく評判になっていて、な
おかつ硫黄島を知る人は多くはないらしいことも分かった。学校で全く教えない
から無理もない。なにしろニューギニアとニュージーランドをごっちゃにしてい
る某社専務が私の知人の中にいた。しかしそういう人がこの番組を見たのはよか
ったと思う。お節介の甲斐があったと思う。
 さて最後に、なぜNHKのチョウチンを持つか。まえがきに触れたところと重
なるがNHKにはやたらに扇情的な政権御用の牛太郎キャスターはいないから
だ。自分に不都合な発言は出鼻をはたくようにして封じてしまうヒトラーのよう
に粗暴な司会者はいないからだ。NHKにはBBCになってもらいたいからだ。
政府が公共放送にくちばし入れるのはロシア、中国、北朝鮮と日本だけだ。そし
てこの4国とも死刑を廃止していない。まだ「脱亜」の余地が残っているわけで、
こんな北東アジア連合では困るからだ。そしてNHKは礼儀正しい。放送延期に
ついてつぎのような返事があった。


 いつもNHKスペシャルをご覧いただきありがとうございます。
またこのたびはメールをいただきありがとうございました。
7月16日にお届けする予定だった「硫黄島 玉砕戦」は、下記の日時で改めて放
送いたします。
■第33回 放送文化基金賞 テレビドキュメンタリー番組部門本賞受賞
 「硫黄島 玉砕戦 ~生還者61年目の証言~」
 2007年8月5日(日) 午後11時40分~午前0時34分 総合

放送日時が変更になり、大変ご迷惑をおかけいたしました。
何卒ご了承いただけますよう、お願い申し上げます。
これからもNHKスペシャルをよろしくお願いいたします。

                                     NHKスペシャル番組センター

※前掲八十一歳の僧侶はこれに感心していた。前にドラマで「病院に坊さんが来
るなんて」という台詞があって「僧侶差別でないか」と抗議の電話をしたら即刻
プロデューサーが寺にとんで来て平身低頭して詫びた。民放なら来ないよ、との
こと。そうだろうと私も思う。「あるある」の局に番組の問い合わせをして黙殺
された経験からしてそうだろうと思う。民放は広告主にばかり顔が向いているか
ら視聴者一人なんて芥子粒だ。民放のほうがNHKより権力的だし官僚的だ。ま
た今度の選挙で開票速報などNHKは他局を圧して早かった。歌舞伎も能も文楽
も他局では見ることができない。「日本の名峰」も見ることができない。NHK
で見ることができないのはコマーシャルだけだ。だから途中でトイレに行くこと
が出来ないだけだ。
 というわけでちょっと小っ恥ずかしいほどNHKをヨイショしてしまうこと
になった。
                  (筆者は大阪女子大学名誉教授)

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