【コラム】風と土のカルテ(47)

藁にもすがりたい癌患者の家族に伝えたこと

色平 哲郎


 昨年末、友人から奥さんの癌治療について相談を受けた。50代の奥さんの体調がいまひとつで病院を受診したところ、ステージIVで余命半年と告げられたという。
標準治療の説明を受けたが、「もっと長く人生を送らせてあげたい」と藁にもすがる思いで、こちらを訪れたとのことだった。

 「どんなことをしても妻を助けたい。全財産をはたいてアメリカで治療を受けてもいい。免疫細胞療法というのがあるそうですね。特効薬のオプジーボと併用してくれる病院もあるらしいけど、効くでしょうか」

 思わず声が詰まった。何と答えようか。絶望の淵に落とすようなことは言いたくない。しかし……都会には、「免疫細胞療法」に免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボをごく少量併用し、最先端療法と称して患者に提供しているところもあるという。医学的なエビデンスは決定的に欠落している。「実は……」と私は、免疫細胞療法の方にはエビデンスがないことを説明し、こう申し上げた。

 「癌の標準治療は、本来、ベストの治療なんです。さまざまな治療ケースのデータ、エビデンスが蓄積され、最善の治療と認められたものです。もちろん、現段階で標準治療が完璧というわけではありません。他にいい治療法を探したい気持ちはわかりますが、まずは日本の医療を信じてください」

 友人は次第に落ち着き、「やれることをやってみる」と納得した表情で帰って行ったが、そこに至るまでには1時間半程度の時間を要した。友人は、医師の余命宣告の仕方に不信感を抱いていたようで、その思いを解きほぐす必要もあったからだ。時間の経過に沿って改めて症状を聞き、診療経過の一つひとつを確認。夫として、診療と医師の説明についてどう感じたかを語ってもらい、友人としてというより医師としてある程度信頼してもらえた、と感じたところからようやく標準治療の説明に入った。

 それにしても、エビデンスの乏しい癌治療が、なぜここまで蔓延してしまったのか。
 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・勝俣範之氏は、「いま、最も問題視している治療は何か」と問われ、次のように語っている。

 「今はびこっているのは“免疫療法”と銘打っているものです。何百万円単位と高額ですが効果はありません。免疫という言葉は響きが良い上に、保険適用の免疫チェックポイント阻害薬と混同しやすい点も問題です。免疫チェックポイント阻害薬は抗体治療ですが、巷に溢れる免疫療法と称しているのは、自分の細胞を採って培養して戻すというようなもの。これは何十年も前から大学病院などで研究していたが芽が出なかったものがいまだに行われているのです」
 (日本医事新報 2017;4871: 10-11.)

 見過ごせないのは、エビデンスのある免疫チェックポイント阻害薬と併用する形で、エビデンスがない免疫細胞療法を行っていること。包装紙だけ整えて効果のはっきりしないものを売りつけているかのようだ。「しかも『オプジーボ』を通常の10分の1の量とかで投与している。用量通りに投与したら高額なので儲けが少ない上に、副作用の恐れもあるので、こうしたやり方をしている。非常に悪質です」(同上)と勝俣教授は述べている。

 はびこるエビデンスの乏しい医療、癌を含む末期患者の看取りを担う病棟、在宅医療の提供不足……。超高齢社会を迎えて、癌医療は足元から見直さなければいけないのではないだろうか。

 (長野県・佐久総合病院・医師・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て 日経メディカル 2018年1月31日号から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201801/554627.html

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