■ 表現規制の動きと国政・都政         岡田 一郎

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 メールマガジン・オルタ第75号において、筆者は東京都青少年の健全な育成に
関する条例改定案(以下、改定案と表記)の問題点とそれに対する反対運動につ
いて触れた。(拙稿「東京都青少年の健全な育成に関する条例改定案にまつわる
動き」)拙稿では、3月17日の都議会総務委員会で、改定案が継続審査となった
ところで記述が終わっているが、その後、改定案をめぐる動きがあったので、そ
れを紹介し、さらに表現規制をとりまく様々な問題点について触れていきたいと
思う。
  まず、改定案だが、3月30日の本会議でも全会一致で継続審査となり、その後、
都議会総務委員会では、5月に改定案の賛成派・反対派を呼んで、参考人質疑
がおこなわれた。また、3月議会後、日本弁護士会をはじめとする弁護士団体・
演劇団体・日本映画監督協会などから改定案に対する反対声明が発表された。
 
一方、都議会民主党は改定案の内容を審議するためのプロジェクト・チームを
立ち上げ、漫画・アニメ業界や書店などを視察し、改定案が求めるこれ以上の表
現規制は不要という結論を出した。これまでの度重なる青少年育成条例の改正に
より、現在では成人向けの漫画・ビデオ・ゲームなどの販売店における区分陳列
は厳格におこなわれており、コンビニエンスストアでは成人向けの雑誌はひもや
セロファン等で立ち読みが出来ないようにされている。

また、成人向けの雑誌漫画などの表示も目に見える形でされており、規制賛成派
が主張するような「子どもがうっかり間違って成人向けの漫画などを買ってしまう」
などという事態はほとんど起こり得なくなっている。こうした自主規制の取り組み
は書店やコンビニエンスストアに行った経験のある者ならば、一度は目にしている
はずである。
また、行政から半ば強要されて実施している自主規制は出版社などの経営を圧迫
するほどの重荷となっている。これ以上の表現規制は日本の文化産業を押しつぶ
しかねない。そのことを都議会民主党はプロジェクト・チームを通じて知ったの
である。
  5月30日、民主党千代田区支部の主催でプロジェクト・チームの報告会が開か
れた。この報告会には、私も参加したが、立ち見が出るほどの聴衆が会場に押し
掛け、問題に対する市民の関心の高さがうかがえた。一方、民主党側も民主党東
京都連代表代行の海江田万里代議士・児童ポルノ規制法改定問題を民主党で扱う
山花郁夫代議士、そして参院選での改選を控えた蓮舫・小川敏夫両参議院議員が
報告会に駆け付けるなどこの問題を重視している姿勢をアピールし、改定案に反
対し、拙速な児童ポルノ規制法改正もおこなわないことを聴衆に約束した。

都議会民主党からは主催者である栗下善行都議(千代田区選出)のほか、伊藤ま
さき都議(葛飾区選出)・浅野克彦都議(練馬区選出)・西沢圭太都議(中野区
選出)・松下玲子都議(武蔵野市選出)が参加した。(ほかに吉田康一郎都議
(中野区選出)が参加予定だったが、急用のため参加できず)この報告会では3
月議会で都議会民主党が改定案を継続審査とした背景には、会派離脱の可能性ま
で示唆した松下都議の必死の説得と蓮舫参議院議員の働きかけがあったことが紹
介された。

参加した(または参加予定だった)都議のうち、栗下・西沢・松下・吉田都
議は当初から改定案反対を表明していたが、こうした議員の説得や数多くの市民
からの訴えに慎重派だった伊藤・浅野都議も心動かされ、反対にまわったと各都
議はこの報告会で思いのたけを赤裸々に述べた。以後、都議会民主党は改訂案廃
案に向けて動いていった。また、共産党都議団も総務委員会に幹事長の吉田信夫
都議(杉並区選出)を送り込み、青少年育成条例改定問題に並々ならぬ関心を抱
いていることを示した。
 
このように都議会野党が改定案の審議を熱心におこなったのに対して、行政・
都議会与党の対応はあまりにもお粗末であった。改定案を実質的に作成した青少
年・治安対策本部は反対運動を一部の人間による煽動と考え、担当者の見解をウ
ェブサイトで掲示し続けた。しかし、担当者の見解は担当者が変われば解釈も変
ってしまうものであり、条文本文が広く流布している以上、青少年・治安対策本
部の見解に賛同する声は少なかった。

猪瀬直樹副知事は改定案を取り上げたBSフジの「プライム・ニュース」に出演し、
現行条例ではこのような漫画が取り締まれないとして2冊の漫画の単行本を持ち
込み、漫画の作者を口をきわめて罵った。
しかし、2冊のうち1冊は性交が一切描かれていない漫画であり、もう1冊は成
人向け漫画であり、未成年が買えるものではなかった。そのことを同じ番組に出
演した藤本由香里明治大学准教授に指摘されると、猪瀬副知事は藤本氏を大声で
威嚇し、とても討論とはいえない状況に番組は陥ってしまった。猪瀬副知事が取
り上げた漫画の作者には番組放送後、いやがらせが相次ぎ、番組で取り上げられ
た漫画は作者の申し出により出荷停止となる事態を引き起こしている。改定案の
提出者である石原慎太郎知事は改定案の見直しを記者会見で示唆したものの、
「非実在青少年」を「非現実青少年」と言い間違えるなど、無知をさらした。

 石原知事の見直し発言にもかかわらず、6月議会には改定案がそのまま提出さ
れた。しかし、都議会民主党と生活者ネットワーク・みらいは石原知事が改定案
の内容を理解していないとして改定案撤回を東京都に要求しており、改定案反対
の姿勢を明らかにしていた。共産党は当初から改定案に反対しており、野党多数
の都議会では廃案が濃厚であった。そのため、自民党・公明党は「非実在青少年」
など問題となっている文言を別の言葉に置き換え、3年ごとの見直し条項をい
れる修正案を提出した。

しかし、修正案は改定案が抱える問題点を何ら解決するものではなく、さらに総
務委員会での趣旨説明では改定案審議に述べたことと矛盾する内容を自公都議が
発言し、民主党の都議から失笑されるなど、与党側の迷走が明らかとなっただけ
であった。総務委員会では改定案だけでなく、修正案も否決され、形勢不利と見た
都議会与党は総務委員会・本会議で聞くに堪えない野次を野党都議にとばし続ける
という醜態をさらした。このことは総務委員会・本会議を傍聴した多くの人々が証
言している。6月16日、都議会本会議において民主党・共産党・生活者ネットワー
ク・自治市民'93(1人会派。会派としては最初に改定案反対を訴えた)の反対で改
定案は廃案となった。
 
6月議会の後、改定案を廃案にした民主党・共産党・生活者ネットワークに対
する支持はいやがうえにでも高まった。7月11日の参議院議員選挙において、全
体的に民主党が不調であったにもかかわらず、東京都選挙区では2人の候補者が
そろって当選し、蓮舫候補にいたっては東京都選挙区史上最高の得票で当選した
のは、改定案廃案に感謝した多くの都民が民主党支持にまわったことをうかがわ
せる。

また、改定案反対を訴えた有田芳生候補も出版業界の支持を得て、民主党
比例区候補の中で最高の得票をした。一方、民主党候補のうち、表現規制賛成派
とみられた候補の多くが落選し、民主党支持層において表現規制反対派が多数を
占めることが明らかとなった。一方、改定案廃案に尽力した共産党は伸び悩んだ。
これは民主党不利という情報が事前に流れて、表現規制反対派の票が民主党に
ながれてしまったことや表現規制反対派が加わっただけでは挽回できないほど支
持層が融解しているためと思われる。
 
しかし、民主党もまた参院選やその後の政局で表現規制反対という主張を有権
者にアピールすることに東京都以外では失敗している。菅直人首相が首相談話で
「恋愛とか好きな絵を描くとかいうことに政治は介入してはいけない」と述べた
り、表現規制反対派の枝野幸男代議士を幹事長に、蓮舫氏を行政刷新会議担当大
臣に抜擢するなどしたため、菅内閣は表現規制反対派の中では人気があった。に
もかかわらず、菅首相の不用意な消費税10%発言や選挙中に枝野幹事長がみんな
の党との連携を口にするなどしたため(みんなの党は参院選で表現規制推進派の
後藤啓二弁護士を擁立したため、表現規制反対派には評判が悪い)、表現規制反
対派は菅内閣の支持層から次々に離れていった。

さらに、参院選後の7月27日の犯罪対策閣僚会議でインターネット上の児童ポ
ルノ画像のブロッキングの方針を決定したことで(児童ポルノのみをブロッキン
グすることは技術的に不可能であり、無関係なサイトが多数巻き添えになる危険
性がある。現にブロッキングが導入されているヨーロッパではブロッキングされ
ているサイトのほとんどは児童ポルノとは無関係である。また、児童ポルノサイト
とレッテルを貼って、政府批判を展開するサイトをブロックすることも可能とな
る)表現規制反対派は完全に離れた。9月の代表選を機に民主党が方針転換をアピ
ールできなければ、民主党は貴重な票田を失うであろう。
 
東京都では、都側が9月議会への改定案再提出を断念する公算が高まってきている。
しかし、都側が改定案成立のために今後も都議会民主党に対して切り崩し工作を
してく
る可能性が高い。表現規制反対派は、今後も都議会野党に働きかけていく予定で
ある。
 
最後に、表現規制問題に対するマスコミの対応について一言触れておきたい。
3月の時点で、私はマスコミが改定案の問題を十分理解しておらず、関心も低いと書
いたが、残念ながら3月議会以後もマスコミの無理解・不勉強ぶりは変わらな
かった。
東京都側の言い分を鵜呑みにし、反対運動を「一部の人間による煽動」と報道す
る全国
紙があとを絶たなかった。産経新聞に至っては、2次元児童ポルノ・漫画児童ポ
ルノな
る造語を作り出し(児童ポルノは被害者が存在するものを指し、被害者が存在し
ない2
次元創作物は含まれない)、改定案問題を民主党叩きに利用した。このような表
現の自
由の侵害に対する大手マスコミの鈍感さに私は戦慄を覚えざるを得ない。大手マ
スコミ
の記者や編集者は、「たかが漫画・アニメ」と見下しているのかもしれない。し
かし、
「たかが漫画・アニメ」が規制された後に今度は自分たちの言論活動が規制され
る可能性を彼らは自覚するべきである。ナチスに抵抗したドイツの牧師、マルテ
ィン・ニ―メラ―は「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」という詩において、
共産主義者・社会主義者・学校・新聞・ユダヤ人がナチスに攻撃されたときに立
ち上がらなかった自分が、教会が攻撃されてようやく立ち上がった時、「私のため
に声をあげる者は、誰一人残っていなかった」とうたっている。漫画家・アニメー
ターやサブカルチャー愛好家を見下し、彼らの自由が奪われているのを黙殺あるいは
推進するならば、マスコミが権力によって規制されるとき、マスコミのために声をあ
げる者は誰もいなくなり、ニ―メラ―と同じ苦痛を味わうこととなるだろう。
  (小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)

【おわび】
  第75号の記事において、衆議院法務委員会で児童ポルノ規制法が審議されたの
は2009年7月と書きましたが実際は2009年6月でした。おわびして訂正いたします。

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