【視点】

表現規制問題からみる立憲民主党・日本共産党の敗北

岡田 一郎

 2021年10月31日に実施された総選挙において、立憲民主党と日本共産党(共産党)は選挙区調整をおこない、候補の共倒れを防いで選挙に臨んだにもかかわらず、立憲民主党は改選前の110議席から96議席へと14議席減、日本共産党は改選前の12議席から10議席へと2議席減の結果におわり、共に敗北に終わった。両党の敗因については、様々な観点からの分析が今後、発表されると思うが、私は表現規制問題の観点から両党の敗因を探っていこうと思う。
 というのも、今回の総選挙において、これまで表現規制に反対ないしは慎重の立場をとっていた両党がこぞって、表現規制へと舵をきり、インターネットを通じて少なからぬ衝撃を有権者に与えたからである。

 では、両党は具体的に、どのように表現規制に舵をきったのかを見ていこう。立憲民主党の総選挙の公約にはこうある。「メディアにおける性・暴力表現について、子ども、女性、高齢者、障がい者をはじめとする人の命と尊厳を守る見地から、人々の心理・行動に与える影響について調査を進めるとともに、情報通信等の技術の進展および普及のスピードに対応した対策を推進します」(『立憲民主党政策集2021』https://change2021.cdp-japan.jp/seisaku/detail/07/ 2021年11月1日閲覧)。

 これは、2014年の児童ポルノ規制法改正において、自由民主党(自民党)内からですら「漫画・アニメの規制につながる」として反対の声があがった「創作物が性犯罪を引き起こす可能性を調査する条項」の焼き直しに他ならない。この条項は、2009年に児童ポルノ規制法の改正が俎上にのぼって以来、枝野幸男議員(後の立憲民主党代表)ほか旧民主党の議員の多くが反対し、2014年の改正においては多くの人々の努力によって削除されたものである。それをなぜ、今になって、それも枝野議員が代表をつとめる立憲民主党がわざわざ公約に取り上げたのか、全く理由がわからない。

 2014年の改正の際に、自民党の橋本岳議員が指摘したように、日本のように誰の家にでも漫画やアニメのDVDなどが存在する国において、凶悪犯罪者の家から漫画やアニメのDVDが発見されたとしても、犯罪と漫画・アニメの相関関係を導き出すことは出来ない(拙稿「児童ポルノ規制法の改定について」『メールマガジン・オルタ』129号 2014年9月20日 https://bit.ly/3o8n8gT
 かつては、凶悪犯罪者が逮捕されると、犯罪者の家から漫画・アニメが発見されたという報道がなされていたが、最近では橋本議員のような考え方が定着したのか、そのような報道もなくなってきた。その矢先の上記のような立憲民主党の公約の出現である。私は「なんて周回遅れの公約だろう」と呆れてしまった。

 立憲民主党以上に呆れたのが、共産党の公約である。「児童ポルノは『性の商品化』の中でも最悪のものです。児童ポルノ禁止法(1999年成立。2004年、2014年改正)における児童ポルノの定義を、『児童性虐待・性的搾取描写物』と改め、性虐待・性的搾取という重大な人権侵害から、あらゆる子どもを守ることを立法趣旨として明確にし、実効性を高めることを求めます」(『2021年度総選挙政策』https://www.jcp.or.jp/web_policy/2021/10/2021s-bunya-007.html 2021年11月1日閲覧)。

 表現規制反対派は「児童ポルノ」という言葉は誤解を生みやすいとして、「児童性虐待記録物」と名称を変更し、実在の被害者が明らかに存在するものを指すことが明確になるようにせよと主張してきた。しかし、共産党のいう「児童性虐待・性的搾取描写物」という言い方では、実在の被害者が存在しない漫画・アニメ(現行法では漫画・アニメは児童ポルノの定義に含まれない)まで含まれる危険性がある。

 インターネット上で懸念の声が高まると、共産党はすかさず、つぎのような釈明をおこなった。「今回の『女性とジェンダー』の政策は、一足飛びに表現物・創作物に対する法的規制を提起したものではありません。日本の現状への国際的な指摘があることを踏まえ、幅広い関係者で大いに議論し、子どもを性虐待・性的搾取の対象とすることを許さないための社会的な合意をつくっていくことを呼びかけたものです」(『共産党は表現規制の容認に舵を切ったのですか』とのご質問に答えて」https://www.jcp.or.jp/jcp_with_you/2021/10/post-49.html 2021年11月1日閲覧)。

 しかし、共産党の釈明は表現規制反対派の懸念をさらに高めることとなった。「一足飛びにしない」ということは、「段階を経ておこなう」という意味ではないか、「社会的な合意をつくっていく」ということは「かつての悪書追放運動のような社会運動を起こして、漫画・アニメの撲滅をはかっていくのではないか」と解釈されたからである。

 さらに共産党の公約の次の文言も表現規制反対派に問題視された。「現行法は、漫画やアニメ、ゲームなどのいわゆる『非実在児童ポルノ』については規制の対象としていませんが、日本は、極端に暴力的な子どもポルノを描いた漫画やアニメ、CG、ビデオ、オンライン・ゲーム等の主要な制作国として国際的にも名指しされており、これらを適切に規制するためのより踏み込んだ対策を国連人権理事会の特別報告者などから勧告されています(2016年)。非実在児童ポルノは、現実・生身の子どもを誰も害していないとしても、子どもを性欲や暴力の対象、はけ口としても良いのだとする誤った社会的観念を広め、子どもの尊厳を傷つけることにつながります。『表現の自由』やプライバシー権を守りながら、子どもを性虐待・性的搾取の対象とすることを許さない社会的な合意をつくっていくために、幅広い関係者と力をあわせて取り組みます」(『2021年度総選挙政策』前掲)。

 「非実在児童ポルノ」という言葉は、2010年に当時の石原慎太郎東京都知事が「非実在青少年」なる造語をうみだし、東京都青少年健全育成条例において、漫画・アニメの規制強化をもくろんだことを想起させた。このとき、都議会共産党はこの条例改正案に強硬に反対し、表現規制反対派の喝采を浴びたものである。あのときの共産党の反対は何だったのか。共産党は石原都知事の政策だったから反対しただけで、頭の中は石原都知事と同じなのではないか、という印象を表現規制反対派に与えた。
 なお、非実在ポルノ規制の根拠とされている2016年の国連人権理事会の特別報告者の勧告であるが、「日本の女子学生の約30%(後に13%に訂正)が援助交際をしている」などといった荒唐無稽の国辱ものの内容であり(拙稿「国際連合に国連特別報告者の調査報告不採用と再調査を要求する」『メールマガジン・オルタ』143号 2015年11月20日 https://bit.ly/3kblWIv)、日本政府が抗議した内容である。

 共産党は、かつては表現規制に関して最も激しく抵抗する政党であった。例えば、1950年から78年まで京都府知事をつとめた蜷川虎三は、青少年条例の制定を強く求められても「往々にしてその条例で決めた規定以上に及んで、その条例が副作用を起こす危険がありはしないか」と述べて頑として青少年条例の制定に反対した(拙著『革新自治体』中公新書、2016年)。
 蜷川はこの手の規制が、表現・言論・思想信条の自由の侵害につながることを怖れていたのである。それは戦前の苛烈な弾圧を生き抜いた経験に基づく信念であったろう。現に戦前の日本は、エログロナンセンス表現の規制が反政府表現の規制へと発展していった。このような蜷川の姿勢に比べ、現在の共産党はあまりにもお気楽ではないか。
 内容も精査せずに国連人権理事会の特別報告者の勧告にとびつき、漫画・アニメの規制を簡単に口にする。やがて、漫画・アニメの規制が自分たちへの規制につながるという想像力を持ち合わせていないのだろうか。

 立憲民主党や共産党が漫画・アニメの規制を公約に加えるのに対して、自民党は『令和3年政策BANK』に「青少年健全育成基本法(仮称)」の制定を掲げているものの、表現規制につながる部分は山田太郎議員の尽力によって既に骨抜きになっており、エンターテインメント表現自由の会(AFEE)が実施した「衆院選2021 表現の自由に関する政策アンケート」では、それまで漫画・アニメ・ゲームなどの規制を主張していた議員たちがこぞって規制反対と答えるなど、表現規制に慎重な姿勢を打ち出すようになっている。
 また、国民民主党は玉木雄一郎代表が「国民民主党は、アニメ・漫画・ゲーム等の振興を後押しており、表現の自由を最大限尊重します。二次創作分野の発展も積極的に支援しています」と10月18日にツイートし、表現規制反対の立場を鮮明にした(https://twitter.com/tamakiyuichiro/status/1450093236618362883 2021年11月1日閲覧)。

 その結果、表現規制反対派の立場からするとリベラルとされる立憲民主党や共産党が抑圧的で、保守的とされる自民党や国民民主党のほうがはるかに表現の自由に親和的に見えるということになった。これまで表現規制反対派の中では立憲民主党や共産党を支持する声が大きかったが、今回の総選挙に関しては「今回は立憲民主党や共産党に投票するのはやめた」という声がネット上では多かった。

 振るわなかった立憲民主党と共産党とは対照的に苦戦を伝えられていた自民党はほぼ現状を維持し、国民民主党は議席を伸ばした。この結果が表現規制問題の対応の違いからのみ生まれたとは思わない。
 ただ、現在の40代から50代以下の人間にとって、漫画やアニメは彼らまたは彼女らの人生において重要な意味を持つ文化である。それを理解しようとしなかった立憲民主党や共産党が敗北し、一応の理解を示した自民党や国民民主党が善戦したのは単なる偶然だろうか。比較的若い有権者は各党の政策に詳しい知見を持たなくても、各党が自分たちの文化に理解があるかどうかを敏感に感じ取って、投票場に向かったのではないかと思えてならないのである。

 (小山高専・日本大学非常勤講師)

(2021.11.20)
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