【オルタの視点】

見えてきた「アメリカ後」の世界(2)

久保 孝雄


◆◆ 1、トランプが加速した米国の世界的孤立

① トランプのアジア歴訪があぶりだしたアメリカの落日

 「(11月)5日午前、大統領専用機で(横田基地)に降り立ったトランプ大統領夫妻を歓迎し、スマートフォンを向けたのは米軍人やその家族らだった。(トランプが星条旗をバックに集まった米軍人を前に)「アジア歴訪を始めるにあたって・・・この基地ほどふさわしい場所はない」と熱弁をふるうと会場から「USA」のコールが起きた・・・」
 「(日米地位協定で米軍基地は事実上治外法権だが)主権国家としての機微にかかわる場所だけに、公式訪問でいきなり基地に降り立つ大統領は前代未聞・・・<占領下の日米関係を彷彿させる>(天木直人)」光景だった(「なぜ正面玄関から来ない」東京新聞、17.11.8)。

 安倍首相はトランプを迎え「日米同盟はかつてなく強固になった」と胸を張ったが、米軍基地からの入出国で主権国家として扱われなかった屈辱には口をつぐんだ。トランプは次の訪問国・韓国でも同じように振る舞っており、「日米韓の固い結束」も中身は「宗主国対従属国」の関係に過ぎないことを改めて鮮明にした。

 今回のトランプのアジア歴訪は日、韓、中への初訪問と、APEC首脳会議(ベトナム・ダナン)、ASEAN首脳拡大会議・東アジアサミット(マニラ)に出席するためだが、この機会にトランプがどのようなアジア政策を表明するのかが注目されていた。とくに北朝鮮の核開発をめぐる問題、米中関係の行方、日中韓との貿易赤字にどんな手を打つのかなどに関心が集まっていた。

 北朝鮮の問題では、トランプは国ごとにニュアンスを変えた。日本では安倍首相の圧力強化一本槍に同調し、北の脅威を煽り、これに備えるため軍備増強を促し、多額の武器購入(地上イージスなど)を約束させた。韓国でも多額の武器購入を約束させるなど北への厳しい対応を示す一方、「(一定の条件下で)対話の門は開かれている」とし、平和解決の可能性を追求する点でも意見の一致をみている。さらに中国では中国側が「北の核・ミサイル実験の停止、米韓合同軍事演習の停止、朝鮮半島の非核化、平和的解決」方針を堅持し、米朝に対話と交渉による解決を促したため、共同声明でも北朝鮮に対し国連決議を厳格に履行し「北が危険な道を放棄するまで経済圧力を強める」との表明で一致している。

 今回の訪中ではトランプを「国賓プラス」で接遇するなど中国側の周到な対応が目立ち、「奇跡的なこと」(鐘山商務部長)といわれた28兆円に上る超大口の民間成約で「ディールに成功」したこともあってか、トランプは終始宥和的、友好的雰囲気で対話を進めたようだ。トランプは「貿易不均衡は中国の責任ではない。その責任は放置してきた歴代大統領にある」との異例の発言をしたうえ、習近平主席を「偉大な指導者」と称賛するほどだった。明らかにトランプが中国に歩み寄ったのだ。

 APEC首脳会議やASEAN拡大首脳会議(東アジア・サミットは欠席)などの場でもトランプの発言が注目されたが、特段の戦略的発言はなかった。安倍首相の「インド太平洋」戦略に軽く唱和し、安倍とともに北への圧力強化、南シナ海問題への懸念などを説いたが、説得力に乏しかったようで、共同声明でもこれまで続いてきた南シナ海問題への「懸念」の文言が今回は消えていた。「ASEAN諸国は南シナ海の危機をあおる米国、日本と距離を置き、中国との協調を選択し始めた」(孫崎享、日刊ゲンダイ、17.11.18)。

 何よりもトランプがAPEC首脳会議などで保護主義的立場をとり、グローバル化を批判し、2国間交渉に重点を置く考えを強調したのに対し、習近平主席が自由貿易とグローバル化を支持し、多国間協調を重視したことで、米中の主張が鮮やかな対照を見せたことに各国が注目した。この結果、トランプより習近平への信頼感が広がり、東アジアにおける中国の存在感が高まる結果を招いた。「米国は長く東アジア、東南アジアを支配してきたが、もはや東南アジアではその影響力はすっかり低下した」(孫崎享、同上)。

 トランプのアジア歴訪直前に発行された米国の有力誌『タイム』は、表紙に英語、中国語で「中国が勝った」との大見出しをつけ、「中国はすでに世界の舞台で最も実力ある国であり、米国は2位だ」とするイアン・ブレマー(米国の国際政治学者)の論文を載せていた。さらに、中国の国際問題専門家の趙可金教授(精華大学グローバル共同発展研究院副院長)も、トランプの訪中について「(米中関係は)昔と違い、中国が経済的に米国に頼る時代ではない。・・・中国が米国に求めるものは大幅に減った。一方、トランプ氏は<米国第一>を掲げているが、安全保障上も経済的にも中国の助けを必要とするようになっている」(朝日、17.11.5)とコメントしていたが、米中関係に質的変化が起きていることを的確にとらえている。

② EUの米国離れが進む

 戦後初めてのことだが欧州の米国離れも著しいものがある。「米欧一体」が崩れてきたのだ。発端はいくつかあるが、まずNATOの首脳会議(5月)でトランプが「NATOは時代遅れだ」と批判し、米欧の結束に亀裂を入れた。6月には、2年前、米中の歴史的歩み寄りと議長国フランスの大奮闘により、195か国が結束して成立した地球温暖化防止の「パリ協定」から、仏、独など欧州勢の説得を振り切って離脱してしまった。米国への失望が欧州に広がったのは当然だ。

 さらに、メルケル独首相が議長を務めたG20首脳会議(7月、ハンブルグ)でのトランプの保護主義的言動が参加国の不信を買い、サミットが大きな成果を生み出せなかったことだ。トランプは自国第一主義の立場から貿易や地球温暖化問題への発言を行ったが、米国の利害に反することには一方的な対抗措置も辞さないやり方が各国の反発を招いてしまった。メルケルは「保護主義で問題を解決できると思うのは悲しい過ちだ」と強く反発し、さらにサミット後の演説では「他者に頼り切る時代は終わりつつある。欧州は自らの手で自分たちの運命を決めなければいけない」と欧州の自立を宣言している(5.30、各紙)が、これはメルケルが「トランプの米国と距離を置き、ドイツ、フランス中心の大陸欧州の主体性を重視していく考えを明確にした発言だった」(熊倉逸男、東京、6.20)。

③ 中東でも米国覇権が崩壊

 世界政治の焦点の一つ、中東でもパワーシフトが起こりつつある。11月9日、シリア政府はIS(イスラム国)に対する勝利宣言を行ったが、続いてイラク政府も11月17日に「IS掃討作戦が終了した」ことを宣言した。これを受けて11月21日、イランのロウハニ大統領は「イスラム国の滅亡」を宣言し、「ISの残党は今後も残るが、ISの基礎部分はすでに破壊された」と述べた。さらに最高指導者ハメネイ師は「ISの滅亡はISを創設し、支持してきた米国と、中東における米同盟諸国(サウジ、イスラエル)の敗北でもある」と演説している(「田中宇の国際ニュース解説」11.25)。

 国際問題専門家の田中宇は「ISはイラクとシリアの問題でなく、ISのテロが行われる中東全域、欧州、中央アジア、南アジアの広範な地域の国際安全保障の問題だ。米国が育てたテロリストを、ロシアとイランが退治したことは、南アジアから欧州までの地域で地域の安全を守る主役が、米国からロシアやイランに交代したことを示している」と書いている(田中宇、同上)。

 トランプがエルサレムをイスラエルの首都に認定し、米国大使館の移転を決定したことに、パレスチナが猛反発したのみならず、中東に新たな動乱を持ち込むことになるこの決定にアラブや欧州など世界中から批判の声が上がった。12月20日の国連安保理には米国の決定取り消しを求める決議案が上程されたが、反対は米国一国のみだった。21日の国連総会でも128:9の圧倒的多数で可決された。パレスチナを侵略し続けるイスラエルを支援するトランプのオウンゴールが止まらない。

④ 古くからの同盟国―豪・加にも米国離れ

 最後に、これまで最も忠実な米国の同盟国であり続けてきたカナダとオーストラリアまでが、トランプの米国と距離を置き始めていることに注目したい。米国の外交問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』は最近号で「トランプと同盟国―海外の見解」を特集しているが、これによるとトランプがカナダ、オーストラリアを米国から引き離しているという。オーストラリアではオバマへの信頼度が84%もあったのに、トランプでは29%まで激減してしまった(同誌、17年9・10月号)。

 「トランプ政権は、これまで70年間にわたる戦後歴代米国政府とは異質だ。トランプは国際社会に顔を向けていない。他国がうまくいくことはアメリカにとっても良いことだ、と彼は見ていない。他の国が躓き、失敗することを願っているように見える。彼は、アメリカにとって有意義な役割を果たしてきた国際諸機関を忌み嫌い、アメリカが国際秩序を中心的に担うことを蔑視している。彼は同盟関係の価値を疑っている。トランプ政権は同盟国を含む他の国を疎外し、それによってアメリカの利益をも損なっている」(同上誌)

 この論文を「オルタ」(11月号)に紹介した初岡昌一郎は次のようにコメントしている。「先進国世界と発展途上国世界のほとんどすべての国において、トランプの登場がアメリカとの距離を置き、自主的な国際的なスタンスをとる動きを産み出した。トランプに密着して国際的に行動を共にしようとする国は、日本を大きな例外として、ごく少数のマイナーな国しか見当たらなくなっている」(初岡昌一郎「海外論潮短評(122)」本誌11月号)。

 しかし、ここまでくると、トランプが自らの乱暴な言動で米国の威信や信頼を傷つけ破壊しているのは、彼の大統領としての資質が欠落しているからなのか、それとも、米国の世界覇権を壊すことで米国の新しい生き方―イアン・ブレマーの言う「国内回帰」―分断と疲弊に苦しむ米国を世界の模範となる福祉国家に作り変え、新たな存在感を高める―を模索しているのか、との疑念を抱かせるものがある。(田中宇は次のように書いている「トランプは無茶苦茶なことを言いつつ、米国の覇権を放棄する策略を世界各地で展開している」<田中宇国際ニュース解説>18.1.7)。

◆◆ 2、超大国になった中国―世界史の「大転回」

① 19回党大会の歴史的意義

 他方、米国と並んで世界の動向に大きな影響力を持つ大国に台頭してきた中国は、昨年も引き続きその存在感を高めてきた。イアン・ブレマーをして「中国が(今の世界で)最も実力ある国であり、米国は2位だ」「(国や企業などが)影響力を拡大するにあたり、どの国が最も有利な位置にあるか一国だけを挙げるならば、米国を支持することは賢明でない。中国にベッティングすることが賢明だろう」(前掲誌)と言わしめた中国は、昨年10月、5年に一度の第19回共産党大会を開いたが、この大会の帰趨に世界中が注目した。「中国のみならず、世界の発展方向を左右する」(米WP紙、チャイナネット、17.10.19))からだ。

 大会のハイライトは習主席の3時間半に及ぶ長大な政治報告だが、詳細な分析・解説は朱建栄論文(「第19回党大会政治報告の解読」本誌11月号)に譲り、ここではいくつかの特徴点に触れたい。

 第1は、1978年の改革・開放以来40年ぶりに、中国が国内的にも国際的にも新段階に入ったことを明示したことだ。習主席は政治報告の中で「(18回大会以来の)この5年間は・・・非凡な5年間だった・・・長期にわたり解決しえなかった難題を数多く解決し・・・党と国家の事業に歴史的変革をもたらした」と述べていたが、著名な経済学者胡鞍鋼(精華大学教授)も18回大会以降の中国経済の発展について次のように書いている。「(この5年間に)中国経済の実力はさらに新たな段階に達した…成長率は平均7.1%で、世界平均を大幅に上回り、GDPが世界全体に占める割合は17.1%に高まった・・・世界経済への寄与率は34.3%に達し、世界経済成長の主要な動力源、スタビライザーとなった」「(この成果が)新時代に新たな征途を拓くための重要な基礎を固めた」(人民日報日本語版、12.22)。

 こうした実績への自信と、中国がすでに大国であるとの自覚に立って、「站起来・起ち上がる」(毛沢東時代)、「富起来・豊かになる」(鄧小平時代)の段階を経て、「強起来・強い国(富強、民主、文明、和諧の社会主義近代化国家)になる」(習近平時代)ことを新たな国家目標に掲げたのだ。

 第2に、今後の中国発展の中長期展望を3段階に分けて明示し、中国が向かうべき将来像を内外に示したことだ。①2020年までに小康社会(いくらかゆとりある社会)の全面的完成の決戦に勝利し、②2035年までに新時代の特色ある中国社会主義の偉大な勝利を勝ち取り、③2050年までに中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現を目指すことを明らかにした。この中長期展望が2021年の中国共産党創立100周年、2049年の中華人民共和国成立100周年―記念すべき「二つの100年」を意識していることは言うまでもない。

 第3に、「一帯一路」「人類運命共同体」の提唱など、「大国として国際的な義務と責任を果たす」一環として壮大なプロジェクトや世界ビジョンを明示したことだ。「一帯一路」は中国と中央アジア、欧州を結ぶ「陸のシルクロード」と、中国、東南アジア、インド、アラビア半島、アフリカ、欧州を結ぶ「海のシルクロード」のことで、関連地域の人口は低所得の途上国を中心に69か国、44億人(世界人口の60%)、GDPは21兆ドル(同30%)に及ぶ史上空前のプロジェクトだ。すでに「86の国や組織とあわせて100件にわたる協定文書に調印し・・・中国と欧州を結ぶ定期貨物列車の走行本数は7,000本近くに達し、市場の自由化が進んでいる」という(CRIonline、17.12.23)。

 人類運命共同体についても、中国の考え方がかなり明らかにされた。この考えはローマクラブの「成長の限界」(1972)や「宇宙船地球号」(フラーやボールディング)の考えがルーツにあると思われるが、習近平は政治レベルでより具体的に提言している。「これまでの西側世界で主流を占めてきた競争原理、ゼロサム思考の延長線上に人類運命共同体はありえない。最終的に運命共同体を構築するには衝突の回避、実務的な協力、利益の最大公約数の確保が必要で、これを唯一可能にするのが<新型国際関係の構築>」(中国外交学院院長秦亜青、Chinanews、12.15)で、それは<相互尊重、公平と正義、互恵・共栄>を内容とするものであり、「従来の弱肉強食原理の放棄がその趣旨」(王毅外相、前掲誌)である。そしてこの新型国際関係の中心は米中の「新型大国関係」であるとされ、<ツキジデスの罠>(新興大国と旧大国が戦争で覇を争う)を避けるためには差違、溝、対立をいかに適切にコントロールするかがカギだとされている。

 第4は、あくまで平和的発展の道を歩み、覇権を求めることはないことを宣言し、新しい大国の在り方を示したことだ。習主席は早くから「強国必覇」(強国は必ず覇を求める)を否定(2014.3.28、ベルリン)し、「中華民族には他国を侵略する遺伝子はない」とまで言明(2014.5.15、中国対外友好協会)し、中国台頭に伴う「中国脅威論」をけん制してきた。今回の大会でもこの方針を鮮明に打ち出している。「ツキジデスの罠」論が盛んだが、中国の主張を見る限り、これ(米中戦争)を最も避けたがっているのは中国であることがわかる。ただし、中国の核心的な利益が危険にさらされた場合は、断固国益を守り抜くことも明言し、そのため中国を軍事的にも近代化を進め、世界一流の軍事強国にすることも明言している。

② 新段階に入った中国と世界―新型国際関係へ

 大会が明らかにしたように、中国は国内的にも、国際的にも新しい発展段階に入った。米国と並ぶ超大国の一つになった。ということは世界構造そのものが新しい段階に入ったということでもある。19世紀初めまで中国は有史以来一貫して世界一の大国だった(1820年の中国のGDPは世界の32%を占めていた)。200年ぶりに中国は再び世界一の大国の座に就こうとしている。世界史的「大転回」が起こりつつあるのだ。

 世界はこの新しい現実にどう対応するかが問われている。とりわけ、隣国の日本は対米従属一本槍で生きてきた存在基盤そのものが大きく揺らいでいる。最近、安倍の中国敵視政策にしびれを切らした経済界に押されて、政府もようやく「一帯一路」やAIIBへの協力姿勢を見せ始めているが、遅まきながら注目される。

 これからの世界は超大国となった中国、衰退しつつも依然超大国の力を持つ米国、歴史と伝統と存在感をもつEU、「経済的には中級国だが、地政学的には超大国」(下斗米伸夫『宗教・地政学から読むロシア』日経新聞社)であるロシアを軸に、南米、アフリカ、アラブ、インド、ASEAN、日本などをサブとする多極共存・協調の世界になっていくだろう。国連なども米国一極支配の組織から多極共存を推進する新たなグローバルガバナンスの組織へと緩やかに脱皮を続けるだろう。

 毛沢東は1957年11月、モスクワ大学で留学生を前に講演し「東風(社会主義)が西風(資本主義)を圧倒する。未来は君たちのものだ」と述べ、一時有名になった言葉だが今は古語だ。だが、60年後の今日、当時とは別の意味で「東風(中国を先頭とする新興国・途上国)が、西風(米欧日の先進国)を圧倒する」新しい時代の幕開けが始まりつつある。

<付記> 私事ながら1949年、東京外語中国科に在学中、翻訳のアルバイトに通った(社)中国研究所で、息詰まる思いで新中国の誕生を見つめていた私が、68年後の今、超大国の一つに躍進した中国の動向を見つめ続けるのは、誠に感慨深く、貧しく、弱く、侵略され続けた昔の中国(2人の兄が中国戦線に行き、次兄は22歳で散り、長兄は徴兵後8年、骨と皮で還った)を思い、胸に迫るものがある。(2018年1月11日)

 (元神奈川県副知事・アジアサイエンスパーク名誉会長)

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