■解散・総選挙・選挙制度を考える 木下真志

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1.わがまま解散
2.「参院否決→衆院解散」
3.民営化
4.選挙制度

◇1.わがまま解散

衆議院の解散は内閣総理大臣の専権事項であるとされている。今回、小泉首相は、参議院での郵政民営化法案採決を控え、「参議院で否決されたら→衆議院を解散する」と宣言し、8月8日、参院での否決を受けて、即刻、衆院を解散した。

このような展開は、いうまでもなく、日本の歴史上初めてのことである。

また、選挙運動期間中の街頭演説において首相は、「永田町では郵政民営化法案は否決された->だから衆議院を解散して国民の皆さんにきいてみたかった」、と述べた。

これらの発言に鑑みると、首相の意図としては、郵政民営化をめぐる事実上の「国民投票」を実施したかったことを意味する。衆院議員の任期は4年である。

これでは、もし、年内に郵政法案が成立したら、残り3年以上の議員の任期において、自公連立政権は何をするのかの説明がほとんどなされていないことになる。

小泉首相は「国民投票」と総選挙との意味の相違をおそらく認識していないのだろう。首相が問題発生のたびに、ひとつひとつ国民にきくまでもなく、国民の声を代表した議会で議論・決定され、議会の決定に従うのが代議制民主主義の基本的なルールである。

今回の前例は、以下の事態を招くことも意味する。今後もし、総選挙で、自公以外の政党(おそらく連立を組むことになろう)でも、過半数を獲得し、(参議院では自公以外の政党が過半数を制してはいないまま)連立政権を樹立した場合、「参院で否決されたら→衆院を解散する」と宣言し、参院で否決されたら、衆院を解散してもいい、という前例をつくったことにならないか。

実際、1989年の参院選において当時の社会党が圧勝し、参院では自民党は過半数割れを起こし、竹下政権、海部政権、宮沢政権は衆院では多数派でありながら、政局運営、法案成立に多大な苦労を要した例があった。当時の首相には、「参院否決->衆院解散」は思いもつかぬことだっただろう。

◇2.「参院否決->衆院解散」

今後、今回の小泉首相のことが前例となり、「参院では否決された->だから衆院を解散して国民の皆さんにきいてみたかった」、が繰り返される可能性がある。もしかすると、「参院否決→衆院解散」は、「してもいい」から、マスコミや世論の圧力により、首相が「しなければならない」事項になってしまうかもしれない。

すると、政局は安定せず、いつ落選するかわからない若手議員は、少なくとも6年間は身分が保障されることが確実な参議院にしか立候補しなくなる(あるいは、できなくなる)のではないだろうか。

日本国憲法が首相選出(第67条)、法律の制定(第59条)、条約の承認(第61条)だけでなく、予算先議(第60条)においても衆議院の優越を認めているのは、任期の長い参議院よりも民意を的確に反映しているからとされている。

しかし、首相の思惑通りに参議院が動かない度に衆議院が解散されることが今後、繰り返されれば、衆議院の立候補者がいつ失職しても構わない一部富裕層、弁護士、有名人、2世(3世)に偏る傾向に拍車がかかるのではないだろうか。首相選出、法律の制定、条約の承認、予算審議が、特定の勢力の代表や2世議員だけに任されることになりはしないだろうか。これでは衆院の人材が枯渇することにつながらないだろうか。

そもそも、衆議院を解散しても、参議院の構成メンバーや政党の勢力配置そのものは変わらず、今回の解散にどれほどの意味があったのか不透明である。また、参議院で否決される可能性は残っている(参院選はそもそも、頻繁な衆院選による翻意を想定して実施されてはいないはずであるし、二院制設置の主旨からして、そう簡単に想定されてはならないことだろう。防災大臣経験者某氏のように参院議員で翻意する者は今後出るかもしれないが。実際に、自民党参議院議員に影響力をもつ中曽根弘文参院議員他10数名も9月13日、翻意した)。

◇3.民営化

小泉首相は「民間にできることは民間に任せる」としばしば言う。現在の日本では、警備、図書館(本・CD等のレンタル、)、託児所、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、病院などの多くは、民間が経営している。首相の論理によれば、公立小中学校も、公立高校も、公立病院もすべて民営化しても何の問題もない、ということだろう。首相の警備も、衆参両院の速記も、国会図書館も民営化してもよいのだろう。市役所、区役所、税務署、保健所、パスポートの発行も「民間にできることは民間に任せる」論理で、民営化してもよいのだろう。既に、コンビニで住民票を取得できる地域がある(千葉県市川市、北海道小樽市など…申請は役所)。となれば、市役所・区役所も民営化できるのだろう。都道府県庁も民営化が可能なのだろう。

ここからは冗談だが、警察も消防も(一部救急車は既に民間に委託されている)自衛隊も、果ては大臣も総理大臣も民営化してもよいと考えているのだろうか。小泉首相には「民間にはできないこと」は何なのか、一度わかるようにわれわれに説明していただきたい。加えて、なぜ、郵政公社だけの民営化問題に固執するのか、についても説明していただきたい。改革の突破口として、郵政にこだわり続ける理由は何なのかの説明が足りないのではないだろうか。

◇4.選挙制度

最後に現行選挙制度のいくつか問題点を指摘しておきたい。

小選挙区制度は、各国で実証されているように、死票が多いことが問題である。今回の選挙では、自民党以外、とりわけ、民主党と共産党に投票した有権者の意思は過小に評価されている。民意を正確に反映した議席配分でないことは明確である。

他にも問題は多いが、なかでも問題なのは、重複立候補を認めている点である。重複立候補制は、小選挙区制での投票を無意味化するものである。小選挙区で落選した者が「復活」するようにみえるのは、先に小選挙区の開票作業・集計が終わるからである。先に比例区を開票すればこのような「誤解」は生じない。

しかし、比例代表に「惜敗率」制を導入し、名簿順位で同順位の候補者が多数存在するために、先に小選挙区の開票を済ませなければ、比例区での議席が確定しないというのが現状である。「復活」者を出した選挙区における(落選した候補の落選をよしとする)有権者の失望を考えると、現行の重複立候補制には大きな問題があるといわざるをえない。

加えて、拘束名簿式の比例制への疑問を提示しておきたい。例えば、今回の選挙で、自民党・東京ブロック、名簿1位の猪口邦子氏、2位の土屋正忠氏らは、投票日前から当選が確実である。投票日前に全国で相当数の候補者の当選がほぼ確定しているというのはいかがなものだろうか。

さらに、定数是正は真剣に考えられなければなるまい。今回の総選挙において、北海道6区の金田英行氏は、14万票強で落選、にもかかわらず、福井1区の稲田朋美氏は5万1千票強で当選である。12万票以上獲得しながら、「復活」もできなかった議員は6名いる。逆に、7万票以下でも当選した者が10名もいる。これを放置しておいてよいのだろうか。

ちなみに、今回の選挙での「復活」当選者は117名で24.4%、つまり4人に一人は「復活」組である。117の小選挙区の投票は何のために行われたのだろうか?

重複立候補者数に制限はないので、これら117の選挙区では、(泡沫候補は除いて)事実上、小選挙区で当選するか、比例代表で当選するかを区分けしたに過ぎない。大政党の公認が得られない候補は、小選挙区での当選は困難であるから、選挙のたびに、数人で小政党を立ち上げ、小党が乱立する可能性・危険性も捨てきれない。小党の乱立は歴史が証明しているごとく、政局の混迷を招くことが多く、重要な決定は何もできなくなる懼れがある。

「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。」というアクトン卿のことばを小泉首相には肝に銘じてほしいと思う。

信販会社や銀行の民間企業は、役所が把握しているのと同程度の個人情報は、既にもっている。もしかしたら、われわれは役所に提供する以上の情報を民間企業に提供しているかもしれない。いつ、誰が、どこで、いくら現金を引き出したか、など、役所にすら把握されていない莫大な個人情報を大銀行は掌握できるわけである。郵政民営化の反対論にしばしば個人情報漏洩が心配という意見が出されるが、宅配便業者やスーパーの割引カード等に既にわれわれは、個人情報をかなり提供しているのが現状ではないだろうか。郵政民営化反対論としては説得力に欠けると思われる昨今、企業の顧客情報が頻繁に漏洩し、信販会社や銀行も信用を失墜させてはいるが。

(筆者は県立高知短期大学助教授)