■ 海外論潮短評(13)

誰が世界を動かしているのか・番外編       初岡 昌一郎 

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 おなじみのロンドン『エコノミスト』7月5日号は、「世界を動かす方法」を
特集している。表紙にブリューゲルのバベルの塔の絵をパロディにして掲げてい
る。この壊れた塔の上部には「G8-空席なし、ノー・インディアン、ノー・チ
ャイニーズ」の看板がかかっている。バベルの塔に書き込まれている他の落書き
には、「わが国の拒否権は他国より大きい―安保理事会」とか「NATO―内部争い
が得意」などがある。そして、日本語を含む多くの言語で「ノー」が、一面に書
き込まれている。

 巻頭の論説では、G8をはじめ「国際会議は、自分のわかっていないことを喋り
捲るひとたちで一杯だ」という、シニカルなコメントで始まる。日本に集まった
主要民主主義7ヶ国とロシアのサミットが、産油国抜きで石油を議論し、最大の
米国国債保有国、中国抜きでドル防衛を語っていると冷やかされている。

 国連安全保障理事会がイランに核開発の中止を決議しても、まったく効果がな
い。安保理改革は方向性も見えない。サミットをアメリカ、EU, 日本、中国の経
済的超大国だけにするという構想もあるが、プーチンやベルスコーニがその席を
断念するとは思えない。

 国際機関改革に直面して、富裕国、特にアメリカが選択のカギを握っていると
見るこの論説は、先進国だけでも決められる世銀と国際通貨基金(IMF)で先ず
、改革の模範を示すべきだとする。先進国だけで世界の主要決定権を握るクラブ
を構成するのに固執すれば、中国やインドは別のクラブを組織すると予言してい
る。

 特集の中心をなす解説記事「ブリーフィング―誰が世界を運営しているか」の
大胆な要約的紹介を以下にしてみる。


◇影響力を求めて鬩ぎあい


  戦後の国際機関はそれなりによくやってきたが、新興国と増大する脅威がその
あり方に挑戦している。戦勝国のような強国だけが歴史を書くのではない。第三
世界だけではなく、多くの国は、大国が手前勝手に構成したサミットをインフォ
ーマルな寄り合いで世界を牛耳ろうとするものとみている。

 しかし、ヒト、カネ、モノがかってないほど動き回る時代に、この小さなグル
ープはこれまでのようにグローバル経済と国際金融を最早支配してはいない。今
日のサミットは、長ったらしいコミュニケと集合写真を発表する機会に過ぎない
。そして、民主主義から国家資本主義に退行したロシアの参加が、このクラブの
政治的トーンを引き下げている。

 昨年のドイツと同じく、日本も、ブラジル、中国、インド,メキシコ、南アフ
リカの5大新興国を招待した。しかし、20世紀の優等生たちの握手は、旧い世
界秩序を如何に革新するかという、21世紀の課題を手つかずに残したままだ。
G13, G15ないしG16に増やすことで、世界の運営を改善できるのだろうか。

 他方、戦後設立された国際機関も将来を厳しく見つめなければならない。国連
安全保障理事会はその頂点に立っているが、ますます時代錯誤的になっている。
  地域のローテーションで選ばれる国連事務総長の下に、巨大な官僚機構と百以
上の専門機関等の下部組織がある。 

 1930年代のような大恐慌を防止する役割は、世界銀行と国際通貨基金とい
う、ブレトン・ウッズ諸機関に委ねられている。 このほかに、 金持クラブの
シンクタンクである経済開発協力機構(OECD)や、世界貿易機構(WTO)、国際
決済銀行などがある。

 これらの国際機関を支えているのが、多数の条約、会議、宣言、裁判所、紛争
解決機関である。また、EU, AU, ASEANなどの地域機関が各地域に存在し、役割
を増大させている。その結果、20世紀前半のごとき破滅的な状況は阻止されて
きた。

 このようなメカニズムが、現在、3つの大きな圧力下で緊張状態にある。第一
は、中国、インド、ロシア、ブラジルなどの新興経済諸国の力量が高まり、安保
理やサミットなどの既存の枠組みが機能不全に陥る危険である。第二は、国連シ
ステムが深刻な地域紛争やジェノサイドなどの大規模な人類に対する犯罪に有効
に対処していないこと。第三は、地球温暖化などグローバル化の諸問題に対処す
る緊急な必要性である。一方に、西欧諸国の豊かで、強力な世界があり、他方に
多くの貧しい開発途上諸国が存在するという、二分法的な世界像が崩壊途上にあ
る。


◇一国一票制か、大株主支配か


  世銀やIMFなどの国際金融機関は、発足時より国連の枠の外で、実務的な機構
として設計されたものである。これらの機関は、1国1票の国連的決定システム
をとらず、出資額に比例した株主総会的な投票権配分により、先進経済大国が主
導権を確保してきた。

 今年4月、IMFは新たに複雑な投票権配分法を導入し、決定権と分担金を経済
規模、準備金、その他の経済的条件にリンクすることにした。中国は投票権のシ
ェアを3.8%に増やしたが、その経済的ウエイトから見ればまだ小さい。

 国際金融機関では、旧経済大国が依然として力を発揮しており、トップの役職
を手中に決定を牛耳っている。世銀はアメリカ人、IMFはヨーロッパ人を最高執
行職につけるのを慣行として維持している。

 1990年代後半までは、IMFが為替交換率をモニターし、財政金融面で加盟
国政府の最後の拠り所として多くの仕事をしてきた。しかし、かつては主要なお
得意であり、その利付債務の大口返済者だった新興経済諸国が、今日では潤沢な
資金を抱えるようになった。今年の初め、IMFは将来の資金不足に対応するため
に、職員を削減し、金準備の8分の1(約400トン)を売却することを決定し
た。IMFは現下の金融株式市場の動乱に対処するうえでさしたる役割を持ってお
らず、将来は経済的アドヴァイザーとして行動するだけではないか。

 一部の人は、究極的な国際的資金供給機関としてまだ必要とされていると見る
が、批判者たちはIMFの時代は去り、その資金は開発のためにより有用に活用で
きるとみている。さらに、ヘッジファンド、政府系投資ファンド、銀行と金融市
場を規制するために、新たな国際投資管理機構が必要という人たちもある。

 世銀は明確な一定の役割をもっているものの、改革が必要だ。ダム、道路、港
湾などのビッグプロジェクトのために、過去には世銀の援助を必要とした政府の
多くが、資源の売却で豊富な収入を得る様になっている。

 アフリカでさえ、中国やインドが石油と資源を求めて無条件の資金を投入しだ
した。スーダンやコンゴは、世銀からキャッシュを手に入れても、付帯した条件
には知らぬ顔だ。

 それでも、世銀は人気のない事業目的やドナーが関心を寄せない国にとって貸
し付ける役割を負っている。また、エネルギーインフラ、気候変動プロジェクト
、農業などにグローバルな公共財を提供する役割がある。

 世銀とIMFが株主方式なのに対して、世界貿易機構は、提案作成には代議的幹
部会制をとっているものの、全加盟国のものである。この平等主義は長所でもあ
るが、短所にもなっている。

 少なくとも政府法律専門家によって賞賛されているのは、WTO紛争解決メカ
ニズムの運用を規制している、60,000ページに上る判例集だ。これが、多
くの貿易紛争の解決に役立っている。WTOは加盟国が相互に差別することのな
いように監視している。ある国に与えた最良の条件は、他の国にも適用されねば
ならない。これが取引の平準化をもたらし、世界貿易を拡大した。

 ロシアがWTOに加盟していない、唯一の経済大国であるが、それは自らの選
択によるものだ。

 サービスなど残る課題の交渉が手間取り、難航しているので、二国間協定FT
Aが広がっている。現在のドーハ・ラウンドの行方は予断を許さない。もし決裂
すれば、先進国と途上国の亀裂が深まり、気象変動対策も合意困難になる。


◇一極構造に代わるもの


  中国の急速な発展とアジアの経済的ダイナミズムが、大西洋の世紀であった2
0世紀とは異なり、21世紀は太平洋の世紀になると語られている。現在のトレ
ンドがつづけば、中国にインドと日本を合わせると、経済規模でアメリカを20
25-30年の間に追い抜くと見られ、これがアメリカを苛立たせている。

 ソ連崩壊後の短期間、アメリカ一極集中が語られた。冷戦時代とは違う意味で
強国として復活しつつあるロシアは、中国、アメリカ、EU, 日本と肩を並べて大
国の仲間入りを果たした。これにインドを加えると、世界人口の54%、GDPの7
0%がこれらの国に属する。

 グローバリゼーションによる情報、技術、資本、商品、サービス、人間のフロ
ーの増大が、力のあるものたちの機会と影響力を無拘束的に拡大した。中国とロ
シアの復活にインドが加わっただけではなく、ブラジル、メキシコ、南アフリカ
、サウジアラビア、韓国、オーストラリアが新しい勝者として登場した。

 安保理事会をはじめ国連諸機関は、創立当時予期しなかった世界の構造的な変
化に不十分な対応しかできず、機能不全に陥っている。これに対して、地域的な
諸機構の役割が増大した。EUはその代表格である。まだ討議の場から抜け出せな
いが、拡大したASEANと日中韓のプラス3カ国,アフリカ諸国を網羅したAU、アメ
リカ抜きで、インドとオーストラリアを加えた新東アジアサミットなどが、それ
にあたる。NATOなど西欧の域内における影響力に対抗する上海機構が、中国、ロ
シア、中央アジア諸国によって結成された。様々な規模と形態による問題解決指
向型国際機関も増えている。核拡散防止、コソボ管理、北朝鮮問題6者会談等々

 アメリカももはやブッシュのような単独主義が通用しないことを学んだ。マケ
イン共和党大統領候補もブッシュ政策の後継ではなく、民主主義同盟による新し
い国際主義を主張している。これまでアメリカは、必ずしも民主主義国だけを同
盟国としてこなかった。

 新しい勢力とプレイヤーが増えているとしても、もはや19世紀的な力による
支配が通用しなくなったのは朗報だ。当時の各国政府には、相違を解決するため
に軍事力以外の手段がほとんどなかった。今日でも軍事力は幅を利かせているが
、世界の紛争を解決するのには他の道が多くある。


◇コメント


  世界には、国家のような強制力を伴う権力機関はない。世界が独裁国や覇権主
義的な大国に支配されている時代には、このような国際権力は危険である。しか
し、世界的に民主主義が拡大し、超大国支配が消滅すれば、こうした超国家機関
の創出が課題に上る。今はその過渡期であろう。

 実際に、軍事紛争の防止と解決、地球温暖化と資源管理、国際的所得再分配な
どの課題は、国家の同業組合的な国連の手に余るものである。現在の国連諸機関
は、現実の国際的諸課題の解決期間というよりも、解決のための処方箋を作成す
るシンクタンクとしてよりよく機能しているように思われる。国連諸機関の報告
には、社会民主主義的な理想が反映されたものが多く見られる。

 しかし、現実の国連は色男のように、金と力はなかりけり。カネの問題は、力
が落ちてきているとはいえ、IMFと世銀が握っており、これらは大株主である
欧米先進国ががっちりと支配している。チカラは、国連軍の形式を採ろうがとる
まいが、アメリカの一極構造が揺らいではいない。

 国連は財政的に貧弱な割には、大きな官僚機構を抱えている。私は、いわゆる
小政府論者ではないが、絶えず組織機構は見直しが必要だと思っている。国連諸
機関は戦後一貫して増え続けている。多くは新課題に対応するためのものだが、
任務が終たり、必要が低下しても、そのまま存在しているものが少なくない、

 たとえば最近重要性が増している、食糧、農業、緊急援助などの課題は多くの
国連機関で重複して取り組まれている。ローマには、伝統的な世界農業機関(F
AO)に加えて、世界食糧プログラム(WFP)がおかれている。前者に4,0
00人、後者にいたっては10,000人という職員数は、それらの機関の限定
的な予算からみてあまりにも多すぎ、予算の大きな部分が管理費と人件費に食わ
れている。援助など計画実施の段階では、NGOなどのボランティアに多くを依
存していることから見て、事務管理監督部門の肥大化が目立つ。自らの重みにた
えかねて崩壊したバベルの塔とならねばよいが。

 グローバルガバナンスなしのグローバル化とよく言われるが、国際社会は、ま
ったくの無政府状態にはない。法による統治は、安全保障、環境、海洋などかな
りの分野で、十分とは云えないものの、整備されている。特に、人権と労動基本
権の分野では、包括的かつ発達した国際法が存在しており、ILOによる監視監
督手続きなどはかなりの有効性を発揮してきた。

 EU的な地域的統合機関が近い将来ますます重要になるだろう。200前後も
の国を単位として構成する国際機関は機動的な運営を図りがたい。地域統合のう
えに、グローバルな機関が構築されるのが望ましい。

 世界的に国家を超えて活動を拡大しているのは企業だけではなく、様々な市民
団体、NGOがある。地球市民の意識は発達しつつあり、これが国際政治の諸ア
クターを動かしてゆく度合いは高まるだろう。しかしながら、すべての国が民主
的政府によって統治されるようになっても、国家が最終的な主権者としてとどま
る限り、グローバルな民主主義は実現されない(ガルトゥンク)という問題が残
る。

 イギリスの歴史家、アクトン卿の名言のように「ナショナリズムが悪者の最後
の拠り所」としてまかり通るかぎり、政治のグローバル化はおぼつかない。ナシ
ョナリズムを内側からアク抜きし、単なる文化的お国自慢のレベルにする方法は
ないものか。

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