【社会運動】

貧困対策に必要なのは連帯への意識転換

阿部 彩

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 最近になって「子どもの貧困」についてのニュースや記事を多く見るようになった。
 そうした報道に触れると、私たちは不安を感じ、未来を暗く考えてしまう。
 阿部彩さんは、データを元に子どもの貧困や連鎖を正しく理解し、個人の問題として
 ただ不安に思うのではなく、社会問題として取り組んでいく大切さを説いている。
 2013年に「子どもの貧困対策法」が成立してから4年目を迎えたが、
 状況が改善しているとは言い難く、阿部さんは
 「この問題を本気で解決するためには、貧困に対する認識の大きな転換が必要」
 と訴える。
 では、どのように子どもの貧困を認識すればいいのか。
 いくつかのデータを見ながら貧困の実態に迫ってみたい。
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◆◆ 中流階級の貧困に対する過度な自己防衛

──最近、子どもの貧困の問題がテレビや雑誌などで大きくとりあげられています。まず、この現象についてどう思いますか。

 子どもの貧困問題を多くの人が知るきっかけになるということで、それ自体はもちろん歓迎しています。しかし、危惧しているのは、そのような報道に触れた中流階級の過度な自己防衛です。中流以上の子どもがフリーターになり貧困に陥るといったケースや、若く結婚した娘が離婚をして母子家庭になって生活が困窮する、あるいは貧困層が増えることによって中学が荒れているという記事などが巷に溢れています。それを読んだ人の中には、子どもの教育に過度に投資する、公立の学校は荒れているから私立に入れようとする人もいる。自分と自分の家族の生活水準を守ろうと躍起になる。

 このような人びとは、税金を上げることに反対し、「私たちだって大変なんだから」と、貧困層のための社会保障の財源がなくても仕方ないと考えがちです。さらに子どもが貧困に陥る不安から、祖父母が援助する家まであるので、孫への教育費の贈与が免税になりました。こうしたことの結果として、減税により、財源も減るので、子どもの貧困対策を全体的に遅らせてしまい、むしろ格差が広がっています。

 中流層や年収が1,000万円以上もある階層の、このような過度の自己防衛、これは現在の貧困問題にとってはよくない現象です。それよりもまず隣の人、子どもの友だち、同じ職場の非正規の方などが、実際に貧困で厳しい状況にいると知り、自分の子どもだけでなく子ども全体の貧困をなくす方向に意識が動いていくことが必要だと思います。

◆◆ 子どもの相対的貧困率

──では、子どもの貧困は現在どのような状況なのでしょうか。

 子どもの貧困の手がかりとなる確かなデータは、行政が行っている就学援助の受給率です。低所得世帯の子どもの学用品や修学旅行費など義務教育にかかる費用を国と自治体が支援する制度です。所得制限があり、一人ひとりの申請を役所がチェックしているので、信頼性の高いデータです。この割合が1995年度には、公立小中学校に通う子どもたちの6.1%でしたが、受給数が急増し、2010年度頃からは15%以上で高止まりした状態が続いています(資料1)。

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  資料1 要保護及び準要保護児童生徒数の推移

 そして一番よく使われているのが、子どもの相対的貧困率[注]です。グラフ(資料2)を見ると、この数値も1985年度の10.9%から、2012年度には16.3%まで上昇していることがわかります。

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  資料2 相対的貧困率の推移

[注]相対的貧困は、「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員」のことをいう。この割合を示すものが相対的貧困率である。

 子どものいる世帯の平均所得は600万円以上ですが、母子世帯などの貧困世帯では、二人世帯で年間所得が約180万円以下です。その生活水準で暮らす子どもたちが6人に1人いるということです。子ども期の貧困は、その後の人生にも大きな影響を及ぼします。貧困層の子どもは、学力や学歴が低く、健康状態も悪い傾向にあるため、大人になっても貧困であるリスクが、そうではない子どもに比べて高くなります。子ども期の貧困は、成人となってからの賃金や生産性を低くするので、社会経済全体にも大きな損失となります。高齢者の貧困ももちろん問題ですが、子どもの貧困はその社会的インパクトという点でより大きな問題なのです。
 ユニセフの推計(2012年)によると、日本は先進20カ国中4番目に子どもの貧困率が高く、国際的に見ても子どもの貧困率は決して低くありません。また日本の貧困の特徴は、働いても働いても豊かになれない「ワーキング・プア」が多いことであり、その背景には巨大な低賃金の労働層が存在しています。

◆◆ 貧困世帯の子どもの極端な学力不足

──貧困による学力格差が気になります。深刻な状況なのでしょうか。

 教育学においては、親の所得と子どもの学力がきれいな比例の関係にあることが実証されています(資料3)。グラフを見ると、国語と算数の成績が悪い子どもは、親の年収が低いということがわかります。

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  資料3 学力格差:親の年収と子どもの学力(小学5年生)

 貧困世帯で育つ子どもたちの極端な学力不足もわかっています。例えば、中学校に行くときに九九ができなかったり、高校受験の時にアルファベットを最後まで言えないというような、小学校低学年で学力が留まっている状況も多く見られます。
 ここで見ていただきたいのは、子どもが学校外で勉強をする時間と、成績の関係を調査したものです(資料4)。子どもを四つの社会階層に分け、一番左のグループが貧困家庭で、右にいくにつれて収入が多い階層になっています。

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  資料4 平日の学習時間と教科の平均正答率の関係の例〈小学校・国語A〉

 どの階層でも、勉強時間が長ければ長いほど正答率は高いのですが、一番上の階層で全く勉強しない子と、一番下の階層で1日3時間以上勉強する子の学力を比べると、全く勉強しない上の階層のグループの方が成績が良い。
 つまり各階層で子どもを塾に行かせたり、習い事をさせたりドリルを買って一緒に勉強したりすることによって学力は上がりますが、挽回できない程の社会階層ができてしまっていることがわかります。
 貧困と学力格差の関係が明確に理解できる、こうしたグラフはとても説得力があるものだと思います。

 日本では誰もが平等に扱われるべきという意識が浸透しているので、誰かが特別な給付をもらったり、サービスを受けたりすると「私たちだって大変なのに、なんであの人だけ受けられるのか」と受け取られがちです。しかし、これらの子どもの貧困に関するデータを示し「みんなが同じスタートラインに立てるようにしませんか」と不公平感を解消できるように訴えるとわかってもらえるのではないかと思います。

◆◆ 貧困の連鎖は想像以上に複雑

──貧困の連鎖とは実際にはどのようなものなのでしょうか。

 親の年収と子どもの学力の関係は先ほど示しましたが、30~40年前であれば中卒の人でも、それなりの給料がもらえて、世帯を築ける職に就けました。しかし、今は高卒でさえ非常に厳しい状況ですし、まして高校中退・中卒であれば、その後きちんと手に職をつけて、子どもを育てるという生活を望めるような状況ではなくなっています。
 そして当然ですが貧困の連鎖が起こります。しかし、連鎖といっても単純なものではありません。
 資料5は、子ども期の貧困から成人後の生活困窮へ、いくつかの経路があることを示しています。
画像の説明
  資料5 貧困の連鎖

 「子ども期の貧困」から始まって、「現在(成人後)の生活困窮」(この場合は「過去1年間に家族が必要とする食料が買えなかったことがありますか」という問いで、生活困窮を定義している)に至るまでの、いくつかの要因の因果関係を図式化したものです。

 これを見てもわかる通り、一番よく知られる「経路」は子ども期の貧困が低学歴を誘引し、低学歴が非正規労働者となるリスクを高め、それが現在の低所得を誘発して生活困窮になるというパターンです。これはもちろん一番強い経路としてあるので、図では黒の矢印で示しています。この経路を「学歴―労働パス(経路)」と私は呼ぶことにしました。
 この分析の特徴は、学歴―労働パスだけでなく、それぞれの要因が、それぞれ独立して直接に「現在(成人後)の生活困窮」に影響する経路も考慮していることです。

 それから矢印の横にあるマークにも注目してください。このマークは、経路の強さを示しています。20~49歳の約3,200人のデータで推計した結果であり、「+」がその経路の影響が認められる場合、「×」が認められない場合です。
 このマークでも、様々な要因によって生活困窮に陥ることがわかると思います。
 一番長い矢印で示しているのは、「子ども期の貧困」が「低学歴」や「非正規労働」「現在の低所得」を介さないで、直接、現在の生活困窮に与える影響です。この経路には「+」が二つついているので、このような経路もかなりあるということです。
 たとえば、貧困層の母子家庭で育った子どもが、頑張って大学を卒業し、正規雇用され安定した収入もあるが、母親が働きすぎでうつ病になってしまい、その看病のために仕事を辞めざるをえなくなり、家族が必要とする食料が買えなくなるような生活困窮になるという例です。

 この分析でわかることは、私たちが想定しているよりも様々な経路が、学歴―労働パス以外にも存在するということです、
 貧困の連鎖を断つために学校教育や労働環境に対してだけアプローチすればいいと思う人が多いのですが、どれか一つの介入では不十分で、複合的に働きかける必要があるということなのです。

◆◆ 対策の効果を測る客観的なデータが必要

──複合的な働きかけが必要とはいえ、優先順位をつけて、貧困の削減に対して少しずつ取り組んでいかなければならないと思います。その優先順位はどうつければいいと思いますか。

 基本的には、まさに国民的議論を経て国が決定していくことだと思います。ですから、子どもの貧困に対する政策は、世論から支持されやすいものであることが大切です。

 しかし、別のアプローチも必要です。一つは、数ある政策の選択肢の中から実施する政策を選ぶための、長期的な収益性の観点です。子どもの貧困に対する政策は、短期的な社会への見返りはあまり期待できません。しかし長期的に見れば、これらの政策は、その恩恵を受けた子どもの所得の上昇につながり、彼らが税金や社会保険料を支払い、GDPに貢献するようになるので、見返りがあると考えられます。つまり、子どもの貧困対策は「投資」と考えられるのです。子どもが成人するまでに、長くは20年かかるので、この「投資」は長期的な観点でみなければならないと思います。
 そう考えることによって、政策の優先順位も変わってくると思います。たとえば、貧困の子どもに、ただ単に最低限の「衣食住」だけを提供するプログラムと、その子どもに「衣食住+教育」を提供するプログラムがあった場合、後者の方が費用が高いとしても、投資のリターンとしては前者よりも後者の方が優れていることは自明だと思います。

 次に、プログラムの実施では、そのような「投資」の収益性が測定できる制度設定やモデル事業を取り入れるべきです。効果を測る客観的なデータが必要なのです。今ある多くの「効果」として用いられているデータというのは、たとえば何人がプログラムを受講したか、いくらの予算が使われたのかという「事業実績」なのですが、これでは効果を正確に測ることはできません。貧困対策プログラムでこのようなことを貧困層の子どもに行ったら、こうした効果があったと測定できなければいけないと思います。効果把握のためのデータの収集自体にはお金がかかります。しかし、その手間と財源は、政策立案のうえで不可欠であると私は考えています。
 今すぐにはできませんが、将来的にはこうしたデータを踏まえ、収益性の観点から、政策を決定すべきではないでしょうか。

◆◆ 「食事だけは摂れるように」という政策

──それでは今、具体的に、対策として何をすべきか。昨年は給付型奨学金が話題になりましたが、どのような政策が必要だと思いますか。

 奨学金は大学進学に必要です。しかし問題は、貧困の子どもの中には、「大学に行きたい」という意欲がもてなくなっている人も多くいるという事実です。
 貧困は、子どもの学習意欲に大きな影響を与えます。
 資料6は、内閣府による中学3年生を対象とした調査です。「テストでよい点がとれないとくやしい」という項目に対して「そう思う」とした子どもは、貧困層では45.3%であるのに対して、貧困でない層では60.3%と大きく離れています。

画像の説明
  資料6 「テストで良い点がとれないとくやしい」と思う中学3年生の意見

 これには、かなり小さい時からの学力格差が根底にあります。小学生の低学年でわからなくなると勉強が好きになれず「俺はどうせ勉強ができないんだ」と思いがちです。いくらまわりから「一生懸命勉強しなさい」「大学には行った方がいい」と言われても後ろ向きになるのは当然です。繰り返しますが、この学力格差は貧困の影響が非常に大きいのです。
 だから学力という一つの分野で見ても、私は義務教育で「落ちこぼれ」をゼロにするための対策が非常に重要だと思っています。
 大学の奨学金も重要ですが、その前に小中学校の教育を充実すべきだと私は考えています。しかし、今、財務省が教員5万人を削減すると言っているので、給付型奨学金政策を同時に打ち出しても、貧困対策として前進しているのか後退しているのかわからない状況です。

 政策の優先順位をつけるのは大変難しいです。なぜなら、教育関係の人はどの年齢にも教育投資が必要だと言いますし、医療関係の人は、中学生以上の子どもの医療費無料化や健康が大事だと言うからです。
 私自身がいま一番推しているのは、「食事だけはきちんと摂れるようにしましょう」ということです。その理由は、規則正しい食事と栄養の充足は子どもの成長に欠かせないからです。また、政策を実施するには財源が必要ですので、一般市民の方々にも受け入れてもらえることが大切だと思うからです。貧困世帯への現金給付は対策として非常に有効ですが、世論からは支持されづらいので、「食」というアプローチは現実的でもあります。

◆◆ 財源問題を解消するには、意識転換が必要

──近年は「子ども食堂」が話題になっていますが、「食」に関しては、具体的にどんな政策が有効なのでしょうか。

 子ども食堂は地域の市民の素晴らしい取り組みだと思いますが、そこでカバーできる子どもの数はどうしても限られてしまいます。そこで、私がまずやるべきだと思うのは、すべての公立中学校で給食を出すことです。小学校はほとんど出していますが、全国の公立中学校で給食のない学校が18.5%もあり、特に神奈川県は82%にもなります。中でも横浜市は子どもの数が圧倒的に多いので、実施されるとかなり状況が改善されます。
 給食がない学校ではお弁当を持って行くことになっていますが、用意できない家庭も多く、菓子パン1個だとかカップラーメンで昼食をすませることも少なくありません。栄養も偏るので、肥満体質になってしまう問題もあります。

 いくつかの小さな自治体では給食の完全無償化も始まっています。アメリカでは学校で朝ご飯を出す取り組みもあります。2017年度に川崎市が全中学校に給食を導入することはニュースになりましたが、これはとても重要な一歩でしたし、横浜市や未実施の多い西日本にもつなげていきたいと思っています。

──20年後、高齢化がさらに進み、私たちの子どもが迎えるリスクはどのようなものでしょうか。

 もちろん高齢化も子どもの貧困に影響があります。このままでは医療費が増加し、財政赤字になり、どんどんサービスが縮小していきます。20年後、今の高校生や大学生が40代になった時には、社会保障がほとんどない社会になっているかもしれません。
 財政赤字を借金で穴埋めすると、借金返済が膨らみ、社会保障への財政支出が少なくなるので、さらに生活が苦しくなっていきます。そのため過剰な自己防衛に走り、格差が広がり、犯罪が増えます。20年後は、その悪循環が展開している可能性があるかもしれません。日本は格差が大きい割には、社会的な分断があまり見られませんし、犯罪もそこまで拡がっていません。しかし悪循環に陥る前に、私たちは大きな意識の転換をして、一番の大きな問題の元である財源問題を解消する必要があるのです。

 日本は、ヨーロッパ諸国と比べると、自分のお金は自分のものという意識がすごく強いので、税の累進性も低く、社会保険料は非常に逆進的です。そんな状況で財源を確保するためには、何よりも連帯する、助け合う意識が必要なのです。
 子どもへの教育投資のために、高齢者医療の自己負担金を増やしたり、年金を減らしたり、みんなでもう少しずつ税金を払ったりする痛みを伴う改革をするしか解決策はありません。高齢者の貧困率も決して低くないので厳しい状態です。しかし団塊の世代にも、我慢するところがなければ、どうしようもありません。
 ただ子どもの貧困に投資しましょうと言っても、埋蔵金や余剰金など夢物語のような財源を当てにするようでは結局何も進みませんし、責任放棄です。

 みんな厳しい中で、一人ひとりが歩み寄って、「ここまでは負担しましょう」と打ち出さなければ、社会保障の制度は崩れていくでしょう。本当はこれらのビジョンを政治家が示すべきだと思うのですが、政治家は負担が増えることについては言いませんし、そういう政治家を選ぶのは国民ですから、その責任は私たちにあるわけです。
 (構成・大芝健太郎)

<参考図書>
『子どもの貧困Ⅱ─解決策を考える』阿部 彩/著 岩波新書(2014年)

<プロフィール>
阿部 彩 Aya ABE
首都大学東京教授。
国立社会保障・人口問題研究所を経て、現在は首都大学東京都市教養学部人文・社会系教授。2015年、同大にて「子ども・若者貧困研究センター」を立ち上げセンター長となる。著書に『弱者の居場所がない社会』(講談社新書2011)、『子どもの貧困Ⅱ』(岩波新書2014)。

※この記事は季刊社会運動426号(2017年4月号)から著者の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。(http://www.cpri.jp/

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